非日常な生活
処分屋 守屋祐の怪異譚
『狙われし、怪異の頂点(後編)』と『処分屋の苦悩』との間の話です。
通常では見えないものが見えてしまう事を幻覚、もしくは幻視という。
見えるものは人それぞれだが、原因の多くはアルコールや薬物などの所為と言われている。
だが、全ての幻視がアルコールや薬物の影響で見ている訳ではない。
人に見えないもの、見えてはいけないものを見てしまうことがある。
その幻視が本物であれば、本物ではないにしてもそれと同等であればどうなるか。
それはその者にとって実在するということになる。
人には幻肢痛というものがある。
これは四肢を失ってしまっているにも関わらず、無い四肢を動かそうとすると痛むといものだ。
あるはずのないものから痛みを受ける。
それはかつて存在していたものだからこそ、感じる痛みだろう。
では、幻視から何を受けるのだろうか。
見えない存在が見える者は何を受け、何を感じるのだろうか。今回はそんな話をしよう。
・ ・ ・
3月上旬
祐は家の食堂兼台所にて、ヴァンパイアと食後のティータイムを楽しんでいた。
「シュタルクさん、いつもありがとうございます」
それぞれのお茶を作ってくれるのはシュタルクだ。
家事全般を手伝ってくれているので、大変助かる。
「いえ、祐さんのお屋敷にご厄介になっている身なのでこれぐらいは。
それに、皆さんに美味しく飲んでいただけることが嬉しいですから」
言葉も顔も爽やかさに満ち溢れたシュタルクが、微笑みながら言った。
「化け物人間に入れさせたら、飲めたものではないからのぉ」
全く家事をしないリリエールが楽しそうに厳しいことを言った。
「リリエールさんも家事を覚えたらどうですか? 私達に手料理を振る舞ってくださいよ」
「断る。シュタルクの料理がわしは好みじゃ。お主は血液は美味いが、料理は美味くないぞ。精進せねば女子が寄って来ぬぞ?」
とりあえずリリエールは家事をやる気がないことだけは分かった。
しかし、血液を褒められるのもどうかと思う。
それに料理が美味くても、家に連れてこないとその力は発揮できない。
ヴァンパイアがいるから家に連れて来れないので、精進しても無駄だと思った。
「おい、守屋。酒選びも、もうちょい上手くなんねぇか? 当たり外れが激しいぞ」
これまた家事をしない居候のマゴロクから、酷い要求をされた。
「マゴロクさん、我慢してください。私は下戸なんで味が分からないんですよ? 頑張って調べて買ってるんですから」
全くお酒を飲まないのに、妙にお酒に詳しくなってしまった。
「ま、お前の金だからな。あぁ、つまみも頼むぜ。シュタルクもそこんとこは分からんようだからよ」
更に酷い要求をされた。お菓子なら推薦できるが、酒に何が合うのか分からない。
「まあ、適当に調べてみますから……。では、そろそろ私は仕事に行きますね」
そう言って、食堂兼台所を出ようとした。
「おお、そんな時間か。見送りついでに血を吸ってやろう」
顔を明るくしたリリエールが楽しそうに近づいて来る。
その顔を見ると照れくさくなるので、少し後ろに下がってしまう。
「なんじゃ? まだ照れておるのか? 初心なやつよのぉ」
「それはそうですよ。ああ、もう! ゆっくり近づいて来ないでくださいよ」
リリエールは意地悪な顔をしながら、少しずつ距離を縮めてくる。
「やれやれ。この程度で照れておっては、お主の女子遊びの話は当分聞けそうにもないのぉ……」
「別に良いでしょ? 私に彼女ができるところでも、妄想していてください」
目と鼻の先に来たリリエールの人を小馬鹿にした言葉に、ぐうの音も出なくなりそうだったが何とか返すことができた。
「妄想する事すらできんわ。幻覚でも良いから見せてもらいたいものじゃのぉ……」
抱きつきながら耳元でささやかれると、すぐに気持ちいい世界を味わった。
・ ・ ・
事務所の鍵を開けて入ると、幸が事務所の中にいない。
電灯が点いていることから事務所にいるとばかり思っていたが……。
事務所の中に入り所長席に座っていると、事務所のドアが開いた。
幸が大きな袋を抱えて、事務所に入ってきた。これを見ると改めて驚かされる。
「幸ちゃん、おはよう。今頃、洗濯とお風呂に行ってたの?」
「おはようございまぁすぅ。昨日は読書に熱中し過ぎましてぇ」
事務所を借り宿どころか、完全に家として使っている。
近くのカプセルホテルで、入浴と洗濯を済ませているのだ。
何日おきに行っているのかは分からないが……。
「もうちょっと体をキレイにしとかないと。女の子なんだし」
「大丈夫ですよぉ。動かないから、キレイなもんでぇす」
幸は動かないことを自覚しているようだ。確かに出歩くことは少ない。
生活に最低限のことか、精々プレシャス・タイムでお茶を飲むぐらいだ。
俺のツケで……。
「それもどうかと思うけどねぇ。動かないのも体に悪いよ?」
「動いても祐さんは悪い顔のままなんですから、動かなくても体に悪くないですよぉ」
「どういう理屈だよ!」
幸とどうでもいい会話を続けていると携帯のメロディーが流れ始めた。
ディスプレイを確認すると、神尾 誠治と表示されていた。
それを確認し、通話を選択した。
「もしもし、守屋です。神尾さん、どうされました?」
「守屋さん、おはようございます。早速で申し訳ありませんが、少しお時間をいただけないでしょうか?」
神尾の切り出しの速さに少し驚いた。普段は都合の確認を先に述べてくるのだが……。
「ええ、大丈夫ですよ。警察署に向かえば良いでしょうか?」
「はい、ご足労をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします」
神尾との話しを早々に切り上げて、警察署へ向かうことにした。
・ ・ ・
警察署に到着すると神尾が、駐車スペースまで案内をしてくれた。
「神尾さん、わざわざすいません」
「いえ、守屋さんをお呼び立てしたのは私ですので」
相変わらず引き締まった顔と声をしている神尾の後を付いて行った。
通された部屋には神妙な面持ちをした立花がいた。
珍しいと思っているとこっちを向き、顔を明るくした。
「守屋さん、こんちわっす。いやぁ、ホントに助かりますよぉ」
やっぱり軽い立花に安堵というか、少し呆れてしまった。
「立花くん、まだ何か分かってないんだから期待しないでよ」
いきなり期待されても困る。怪異絡みだったとしても、すぐには分からないのだ。
「立花、もう少し敬意というものを、」
「まぁまぁ。神尾さん、大丈夫ですよ。それで…、こんな狭い部屋で何の話をするんですか?」
立花を責めている場合ではないと思い、神尾に用件を切り出した。
「お話しづらいことなのですが、私達の同僚が絡んでいる事件なのです」
苦々しい顔をして、神尾が口にした言葉に息を飲んだ。