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別れの朝、旅立ちの光

 寝付くまで、文の今後のことをずっと考えていた。


 目を覚ませば朝日が昇り始めていた。

 爽やかな朝ではあるが、心の中は重く暗い。


 文の性格や気持ちを考えれば、自分にできる事をしたくなるだろう。

 ただ、それは良い事ではない。それを伝える必要がある。


 食卓に向かうと、安原と文がすでに面を合わせていた。

 すでに始まっていたのだ。


 「おはようございます、安原さん。あの…昨日は本当に申し訳ございませんでした」

 言いながら、頭を下げる。悔しさがこみ上げてきた。

 文が無事だったにせよ、嫌な世界に巻き込んでしまったのだ。


 「守屋さん、謝ることではありません。それにこちらがお礼を言うべきです。

 文を助けていただき、ありがとうございました」

 安原の言葉で頭を上げる。助けた…訳ではない。黒い気は処分した……。

 だが、文を助けたのはあの仮面の女性のお陰だ。


 「…昨日はありがとうございました」

 文にしては珍しく、しおらしい声で俺にお礼を述べた。

 その手には、あの仮面が握られていた。


 「いえ……。その、今後はどうされるか……。お話しはされたのでしょうか?」

 俺の問いに安原は首を横に振った。

 娘の…文の言葉を聞きたくて待っていたのかもしれない。


 「私は! この力で人を助けたいと思いました」

 「文ちゃん、それは、」

 「思いました! でも…この人の力は、この人のものなんです……」

 文の言っていることは正しい。仮面の中に住み着いた霊の力を使ったものなのだ。


 「だから…、この仮面の中の人を解き放ってください。お願いします……。」

 思わず仮面に目をやった。この中の人を解放する。

 それはこの人の霊…力を仮面から無くすという事だ。


 「それで良いんだね?」

 最終確認だ。自分の思いを、確固たる意志に変えてほしい。


 「はい。…この仮面の人は多分、私に話し掛けていてくれていたと思うんです。

 どんなことかは分かりませんでした。でも、幸せそうな気持ちが伝わってきました」

 大事な人が女性を残したくてデスマスクを作った。

 女性はその思いを汲み取って、霊となり仮面に宿って時を過ごしていたのだろう。


 「でも、このまま仮面の中に居続けることは悲しいことだと思います……。

 その先を知らないまま、暗い世界にいて欲しくない……。そう思いました」

 悲しみの色を顔に浮かべて、絞り出すように文は言った。


 暗い世界……。誰にも声が届かない世界のことを言っているのかもしれない。

 文はそれを感じた。でも、自分以外の人は仮面の力は感じても、思いまでは感じ取れていなかった。


 「分かった……。安原さん、よろしいですね?」

 分かりきったことではあるが、娘の思いを理解してもらいたかった。


 「…はい。…守屋さん、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 安原は静かに頷き、俺に目を向けて頭を下げ言った。

 「分かりました。文ちゃん、せっかくだから境内に行こうか」


 冬の朝日が低い角度から神社を照らしていく中、俺と文は昨日の戦いの場に立った。


 文は仮面に目を落としている。

 最後の別れを伝えているのかもしれない。


 そう思うとして、左手に力を込める。

 文と仮面の語らいの時間は今日で終わる。

 だが、2人共、その先の世界が待っている。


 2人が進む世界に幸あらんことを祈りながら唱える。

 「天よ。この世に過去の思いと共に残りし者に祝福の光をお与えください。

 …願わくば、この世で最後に語らいし者へ、別れを伝える力をお授けください」

 天が俺の願いを聞いてくれるかは分からない。だが、せめて別れの言葉ぐらいは……。


 右手を文に差し出すと、その手に仮面を乗せてきた。

 右手にある仮面に目を向け、少しだけ目を瞑った。

 この人と文の思いが天に届けと念じて、左手を仮面に当てる。


 天から柔らかな光が降り注いできた。

 仮面から吸い出されるように、1人の女性が現れた。

 格好は文と同化した時のものだが、顔は穏やかで柔らかなものだ。


 そのまま天に昇って行くかと思われたが、途中で留まっている。

 俺の思いが…いや、女性と文の思いが届いたのだろう。


 「ありがとう……。私と語らってくれた日々…、幸せでした。その事は忘れません」

 女性は寂しげな声色ではあったが、笑顔を見せている。


 「私…も……。私も! 幸せでした! だから、2人でもっと幸せに……なりましょう!」

 寂しさを堪え、文は女性に力強く自分の思いを伝えた。

 女性の声の全ては文には届かなかった。

 だが、それでも2人は話しをして、楽しかったのだろう。


 仮面の女性も文も、笑顔を見せている。

 2人の別れが新たな世界へと繋がり、その世界で幸せを見つけられるように。

 お互いが思い、それを伝え合っているのかもしれない。


 2人の女性の笑顔は、仮面の女性が光に溶け込むまで続いた。

 この世に残った文の顔には、笑顔が残っている。


 2人で築いた優しい思い出は消えない。

 仮面が大事な人との思い出を抱き続けて過ごしていたように、文にも大切な思い出として必ず残る。

 そして、今度は文も同じように大事な人と思い出を作って、別の人に伝えるのだろう。

 

 そうして、優しく幸せな思い出は形を変えながら語り継がれていく。

 仮面の女性から始まった大切な思い出の先に、祝福の光があらんことを願う。


      ・    ・    ・


 安原家の食卓で朝食をいただいた。


 安原も文もどこか晴々としているように感じた。

 お互い、割り切りが付いたのだろう。

 少し安心して、食後のお茶を口に含んだ。


 「そういえば守屋くん、昨日の話なんだけど」

 安原の言葉に含んだお茶を噴き出した。

 むせて、せき込む俺に文が大丈夫かと声を掛けている。


 「いや、だからそんなに簡単に、」

 「そうじゃなくてね。多分、もう大丈夫かな……」

 安原は微笑みながら、俺の噴き出したお茶を掃除してくれている文を見ている。

 文に謝りながら、俺も掃除をする。

 

 「そうですね。大丈夫でしょう」

 安原の言葉をそのまま返すようだが、そう思う。

 文は自分の思いで、仮面の女性を解放した。


 欲していたかもしれない力を持つ、物の中に宿っている者を思って……。

 それは1つの決別であろう。女性の生きた世界とは違う、別の世界で生きる為の。


 「2人して何で笑ってるの? 変なこと考えてないよね?」

 勘が良いのか何なのか。文は力強い目で俺達を見てきた。


 「いやぁ、文ちゃんは良いお嫁さんになると思ったんだよ。

 すごい気が利くし、俺が噴き出したお茶を拭いてくれるなんてさ」

 「また適当に言わないでください。…今日はありがとうございました。

 お陰で何かスッキリしました」

 俺の茶化した言葉にいつも通りの返しを文はした。

 ただ、最後は言葉通り、晴れやかな顔でお礼を述べてきた。


 「それなら良かったよ……。2人での思い出を忘れないようにね」

 笑顔で俺の願望を文に伝えた。

 それを文は快く受けてくれるように、満面の笑顔を俺に向けてくれた。


 「あ! 守屋さん、まだお暇ですよね?」

 「ん? まあ、暇っちゃあ、暇だけど。どしたの?」

 「お正月に向けての準備を手伝ってください」

 すごく大変なことを清々しい声色で俺にお願いしてきた。


 「あ! そういえば、仕事あったの忘れてた」

 「嘘をつかないでください。いつも冗談ばかり言うんですから、今のも冗談ですよね?

 ということで、飾り付けを手伝ってください」

 まさか今までの軽口が、こんなところで仇になろうとは。


 「分かったよ。じゃあ、文ちゃんの手料理で手を打つよ」

 「できないって言ったじゃないですか? …分かりました、作ります。どうなっても知りませんからね!?」

 「よし! やる気が出てきたよ。ちゃちゃっと終わらせて、楽しい思い出を作るとしますかね」

 膨れっ面をしている文に向けて、俺の本当の思いを伝えた。


 明るく温もりを感じる空間での思い出。

 文と仮面の女性が蔵の中で築いた思い出のように、俺も大切な思い出を作りたい。


 元気よく玄関から外に飛び出していく文の背中を見つめながら、彼女が進もうとしている世界が幸せであることを願った。

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