仮面の意志、かぶる者の意志
暗闇の中を悲鳴が響いて来た方へ向けて走っていた。
地面から怪しい気がこみ上げて来ている。
これは何かを封印していたとしか思えない。
意識を集中して悪い気が大量に発生している場所に辿り着くと、数人の少年が地面にへたれこんでいた。
近くを見ると祠が壊されているのが見えた。
「おい! これはお前達がやったのか!?」
少年達に大声を上げ問いただした。
その間にも周りから、悪い気が噴出してきている。
周りは黒い何かに覆い尽くされている。
この悪い気は空気中に拡散し、疫病や流行病を蔓延させる類のものだ。
これを下手に放置してしまえば、集合してドデカい怪異になりかねない。
少年達を見ると、恐怖におののきながら何度も頷いている。
この黒いものを普通の人が見えている。
それ程までに強力なものが、この神社の地下に封印されていた。
「お前等、目を閉じてろ!」
少年達に向けて大声を上げると、すぐに左手を天高く突き上げる。
手から光が溢れ始めた。
「天よ! この場に漂いし悪しきものを祓う力をお与えください!」
天に願いを唱えると、左手が眩い輝きを放った。
その光が治まるのを確認し目を開けると、周りに黒いものはいなくなった。
「おい、君達。こんなことして、ただじゃ済まないからな。明日、ここに謝りに来い。あと、さっさと帰れ」
少年達に冷たく言うのもどうかと思うが、物を壊すような罰当たりな者に優しい言葉を掛ける気にはなれなかった。
とりあえず、壊れた祠を少しでも元通りにして、もう一度しっかりと封印できるように形だけは整える。
少し壊れた祠に霊力を込める。あとは自分の専門分野外なので、安原にお願いして誰かに封印を頼もう。
そう思い、安原家に足を進めると、地面からまた悪い気が立ち込めてきた。
今ので全てではないのか? 黒いものが地面から浮かび上がってきている。
このままにしておくわけには……。
しかし地面から湧いてくるという事は、この地の下に封印されていたということだ。
少年達が祠を壊したことで、封印が壊れて地中からその姿を現そうとしている。
しまった! 文が蔵にいる。
もし、この黒いのに囲まれでもしたら、悪い気によって体を蝕まわれかねない。
俺ですら嫌な空気と感じるのだ。よほど修行でもしていないと、身を守ることはできない。
全力で走ると神社の境内に文が立って、空を見上げていた。
思わず俺も空を見上げると、空中に悪い気が凝縮されている。
すぐに気を取り戻して、この場を去るように言わねばと文に目を向ける。
すると、文は黒い気に向かって歩き始めた。
「文ちゃん、ダメだ! 戻って! ここは俺が何とかするから」
駆け寄りながら文に声を掛ける。それでも止まらなかったので、肩を掴んでこちらに振り向かせた。
その目はしっかりした目をしていた。何かに魅せられている訳ではない。
なら、何故あんな見た目から危なさそうなやつに……。
文から心地よい気が漂ってきたのを感じ、そちらを見るとあの仮面があった。
「文ちゃん! 何かしようとしているならダメだ! 早く家の中に戻って。そうす、」
「守屋さん……。この人が…自分なら助ける事ができるって」
文は仮面に目を落としたまま、静かに言った。
助けることができる? どうやって?
その困惑している時が仇となった。
気付くと目前に黒い気の塊が襲い掛かってきていた。
すぐに祝福の手の力をと思っていると、猛烈な頭痛と吐き気を感じた。
立っているのがやっとなくらいだ。
その黒い気が通過し終わったのか、夜空に軽く照らされた境内が見えた。
「うおぇっ! ったく…あったまいてぇなぁ……」
不死の体の修復が始まったようだ。
不調を訴えていた体の調子が良くなりつつある。
そんな自分の心配をしている場合じゃないことに気付いた。
文は? 大丈夫なのか?
傍にいる文に目を向けると、そこには文であって、文でない人がいた。
基本的には文だが、髪がセミロングの先から白く長い髪が伸びている。
着ていた服もパジャマではなく、うっすらとした巫女装束を着ている。
「文ちゃん……? 文ちゃんなの?」
霊力を感じ取ると文の力を感じる。
だが、文でない者の力も感じる。
「はい。私は大丈夫です。仮面の…いえ、この人のお陰です」
文は俺を見ると柔らかな笑顔を見せた。
仮面? この人とは誰のことなのか。
そんな疑問をぶつける前に、空中に集まった黒い気がまた凝縮し始めた。
またあれを受けると思うと気が滅入ってしまう。
それよりも文を何とかする必要がある。
「とりあえず、あれから逃げて。あとは俺が何とかするから」
「いえ、この人も手伝いたいと言ってます」
何を言っているのだ? それに手伝うとは?
「ん~…、 分かった! 何ができるの、その人は!?」
「ごめんなさい。それは私にも分からないんです。でも、何かをしようとしてます」
何かって、と聞く前に黒い気が向かってくるのが見えた。
その時、文の手が動き出した。
星を描くように指を宙をなぞった。五芒星?
これは五行の力を使うということか。それならば……。
向かってきた黒い気に向けて放たれた光は淡い水だ。
おそらくここから……。
黒い気が水に包まれて、俺達の間を抜けるように飛んで行った。
そのまま何とか宙に逃げようとした時、その影が現れた。
土の壁が黒い気の行く手を遮ったのだ。
水に包まれた黒い気は土に吸い込まれて張り付いている。
「文ちゃん…っていうか、その人、すごいね。じゃ、後始末してくる」
そう言ってすぐに左手に力を込めて光を溜める。
土に捕らわれている黒い気に向けて、祝福の手の輝きを浴びせた。
光が治まると、どこからも悪い気は感じなくなった。
いつも少しだけ感じていた悪い気の正体はこれだ。
おそらく、ここに封印されていたものが、微かに漏れていたのだろう。
封印も時間が経てば弱くなる。
そんな時に一部の封印が解かれたことで完全に外に出たのだろう。
ただ、それもなくなった。全て消え去ったのだ。
文であり、文じゃない者の所に向かう。
近づいていると文が顔に手を当てると、顔から浮き出すように仮面が現れた。
その仮面を文は無表情で眺めている。
これからどうすべきなのか。まだ分からないが話しをしないことには分からない。
「守屋さん、ごめんなさい!」
近くに行った時、文はすごい勢いで頭を下げて言った。
いきなり出鼻をくじかれてしまった。何と言えばいいのか……。
「ええっと……。とりあえず無事だったのは良しとしよう。
で、その文ちゃんと一緒になった人って誰なの?」
その人の力で文は助かり、俺もやり易かった。ただ、良い者なのかが気になる。
「私もよくは分かりません。ですが、前から声を掛けていたんです。
分かっているのは、この仮面はこの人のようです」
少し切ない顔をして文は仮面を見ながら口にした。
その文の言葉に驚かされてしまった。
人の仮面……。それは似せて彫った仮面ではない。
死んでいった人を思いを、形として何か残したかった気持ちから作った物。
おそらくはデスマスクだろう。
「その女性って、嫌な感じはしてないんだよね? 怨んでいるような感じはないよね?」
一応は聞いてみたが、感じた気からは心地よいものしかなかった。
とても悪いものとは思えない。
「だと思います。仮面に入れたことを喜んでいるように感じました」
仮面に入った……。おそらくは霊として仮面に宿ったのだ。
憶測になるが、その人の顔をした仮面に宿って、大事な人と時を過ごした。
その思いが今も彼女の中で良いものとして残って、あの心地よさを発していたのだろう。
「とりあえずは分かった。ただ、その人の力で今回は何とかなったけど……。
今後はダメだからね。あんなのはもうこれっきりにして欲しい」
「でも! 守屋さんも、お父さんや誰かの為に頑張ってるじゃないですか……」
文は思いを口にしながらも目を背けた。
俺の姿を見て、そう思わせてしまったのなら、悪い事をしてしまった。
「確かに文ちゃんに偉そうには言えないけどさ……。
力を使わなくても、人を助けることはできるよ? それは文ちゃんだからできることだと、俺は思う。
俺が人を助けるには、この力しかないんだ……。だから、そっちも考えて欲しい」
俺は呪いのような力を使うことでしか、人を助けることはできない
だが、文は違う。彼女の明るさや優しさは霊力から作られたものではないのだ。
文の顔を見ると、まだ顔を背けている。
色々と悩んでいるのだろう。
すぐには答えもでないだろうと思い、声を掛ける事にした。
「ま、とりあえずは早く寝よっか。
話しはまた明日聞くからさ。文ちゃんの思いをキチンと考えてね」
そう言って安原家に向かって歩き出した。
後ろから文が歩いている音が聞こえた。