生と死の狭間で
腕時計で時刻を確認する。午後5:42……。
女性は午後5:43に現れ、7分後に自殺を決行した。
なかなかの速さではある。あまりためらいがないと思っても良いぐらいだ。
ただ、それだけの覚悟があったのだろう。
その覚悟を確認させてもらおうと、雑木林の入り口に目を向ける。
半透明な女性がこちらに向かって歩いてきた。
「や、山野 涼子さん。彼氏が死んだから、後追い自殺とは……。見てて気持ちの良いものじゃないね」
もう何回も話している所為か軽い口調になってしまう。
「何で私の名前を? それになんであの人のことを……?」
「あぁ、君から聞いた、何回もね。時間を省きたいんだ、俺は君の事を知っている。だから教えて欲しい」
「嫌だ、って言ったら?」
「また聞くだけさ。君に聞くチャンスが多すぎてさ。ただ、早く終わらせたいんだよね」
やはりいぶかしんでいる声をしてはいるが、上々の滑り出しだろう。
「それなら前置きはいらないんじゃない?」
ありがたいことに山野は早々に俺を受け入れてくれた。
あとは俺の考えが間違っていなければ……。
「そうだね。じゃあ、単刀直入に失礼して、……君は彼氏にあんまり思い入れがないだろ?」
あまり信じたくない言葉を口にした。しかし、これが根幹ではないのか?
「そんな…訳ないじゃない! だから私はこうして、」
「自殺した、か? まぁ、それは結果論だ。ただ言える事は、君は自己愛が強いってことだ」
「何を言ってるの……? 私はこうして彼の為に、」
「そこが自己愛……。まぁ、ナルシストだな」
女性が彼氏の為に行った自殺を、俺は真っ向から否定した。
彼女はおそらく自己性愛症候群だ。
自分を特別な存在だと思わせたい。過剰な賞賛を受けたい。
そして、理想的な愛という空想に思いを馳せる。
女性は彼氏に対して、その思いが強く出た。
彼氏に尽くす良い彼女、それを自覚し、周りに見せびらかす。
献身的なふりをして、独善的に愛を押し付ける。
しかし、周りから見れば一途な愛に見えることも多いだろう。
そして彼女のナルシシズムの最終駅が彼氏を思っての後追い自殺だ。
「それでも私は彼を愛してたのよ!?」
「かもね。でも、彼の元へは行けなかった。じゃあ、君は何でここにいて自殺を繰り返す?」
「そんなの……。知らないわよ」
知らない訳がない。愛していた者を追っても死を受け入れきれず、残ってしまう程の未練が……。
未練……。諦めきれないもの……。
女性は彼氏を自分の愛し方をして、己の欲望を埋めていた。
それでも尚、彼女の欲望を満たせなかった者がいるはずだ。
この自殺は彼氏への独善的な愛を賞賛してもらう為だけのものではない。
「…君は……、親を振り向かせたかったんだろ?」
「急に何を、」
「自己愛が強い人間にはありがちだ。小さい頃に親との関係が不良だったり、過剰な期待を押し付けられたり……。
どちらも子供には重くて辛い。そんな自分が嫌で特別な存在、必要な存在、ありのままの存在として認めて、受け入れてもらいたい」
「そんなことない!」
今までにない強烈な勢いのある声で否定してきた。ただ、それこそが本当の理由なんだろう。
彼女は悔しそうな声を上げながら、自殺の準備を進めている。
それが終わる前に話を終わらせなければ。
「親は選べない……。ただ、君の存在価値を…君がいたことを押し付ける為だけに死を選んではいけない。
そんなことじゃ伝わらない。君が伝えたいと思っている親ならね……」
「なら、これ以外に何ができるのよ!?」
「それは自分で考えるんだな。短絡的に考えるなってことさ。方法は1つじゃない。
劇薬のように即効性のものもあれば、温泉の湯の効能のように何度も行うことで効果が出るのもある」
女性が選んだのは死という劇薬だ。ただ、それも相手によっては何の効果もない場合もある。
彼女の死が近づきつつあった。
これが最後の言葉になるだろう。それで分かってくれるか……。
「君の思いの伝え方も1つの方法だ。でも、別の方法もある。
君の自己愛からではない、愛を育むことも方法の1つじゃないか?
夫婦円満で、子供に君が受けたような苦しみを与えず、幸せな家庭を築く。
なかなかに皮肉な認めさせ方の1つだと思うけどね」
今言ったのは数多くある方法の1つだ。ただ、女性にとっての幸せと合わせての方法を言った。
彼女が踏み台に足を掛ける動作をした。
もう時間が無い。
「そっかぁ。そんな方法もあるんだ……。…それなら彼が一緒に…一緒に…いてくれたら……」
彼女の本音が漏れてきた。親も愛している、彼氏のことも愛している。
ただ、その愛し方や認められたかった思いが強すぎた。
彼の死に殉ずる愛。そして、親に自分のことを認めてもらいたい愛。
2つの思いが合わさった自殺に、片方への未練が残った。
避けられなかった死ではなく、変えることができる世界の愛に……。
「時が戻らないように彼も戻らない……。
でも、彼が喜ぶ生き方はできる。君が彼を心の中で思えば彼にも届く。
残された君に彼が残したものを、君が捨てるようなことをしてはダメだ」
「…そうだよねぇ……。私だったら死んで欲しくないかなぁ……。
ねぇ、私はどうしたらいい? もう自分が分かっちゃったんだけど……」
顔からは伝わらないが声からは分かる。
女性の魂を縛っていたものが外れていっていることが。
「好きなようにしたら良いよ。自分を認めた君なら何でもできるから……。
あっ! もしダメでも何度でも来るよ? 君の独善的な愛のようにね」
女性に言えることはこれだけだ。
自分を認めた。少しの変化かもしれないが、女性には初めての世界を知ることになるかもしれない。
「面白い人ね……。それも楽しいかも……」
「かもね。でも、こんな俺を愛してくれる子がいるんだよねぇ。だから…君も出会えるさ」
「そうね……。そうならなきゃね……」
女性が枝に縄を掛けるところで姿を消した。
天からの導きの光はなかった。
それは女性が無数の選択肢がある世界へ帰っていった証だ。
・ ・ ・
数日後
天野原大学病院へ弥生に呼び出された。
今日が退院の日であったので、退院祝いを持って行こうと思ってはいたが…。
自宅に帰る為の足代わりに使われるとなると悲しくなってきた。
「弥生ちゃんさぁ、退院祝いを持ってきた人に荷物を持たせんの?」
「こっちは病み上がりなのよ? 女性には優しくする主義なんでしょ? はい、これも」
弥生の入院の間に増えた荷物で、俺の視界が埋め尽くされそうだ。
何とか車に荷物を詰め込み、退院の手続きをしているであろう弥生の元へ行く。
病院の窓口の近くに来たところで声を掛けられた。
「あの……、ちょっと良いですか?」
横からの女性の声に何気なく振り向いた。
車いすに座っている、女性の顔を見て嬉しくなった。
「どうかしましたか?」
「えっと…、以前、どこかでお会いしませんでしたか?」
「う~ん……。 人間、生きていればどこかで会ったかもしれませんね」
冗談めかした感じで女性に返すと、微笑みが返ってきた。
「暗い顔より、そっちの方が良いですよ……」
「そうですよね。この方が良いですよね」
彼女の中に、俺とのやりとりが少しだけ記憶に残っているのかもしれない。
未練に捕らわれた悲しい自殺の記憶があっても笑顔を出せる。
これは彼女なりの選択の1つだろう。
「ちょっと、祐くん。病院でナンパ? 天ちゃんに言いつけるわよ」
「ち、違うって。世間話みたいなもんだよ。ほらほら、車に乗ろう」
これで天に変な話がいったら、たまったものではない。
弥生を押し出すように病院を出て行く。
振り向いて女性に少しだけ笑って見せた。
女性も笑顔だ。ただ、女性の口が少しだけ動いたのが見えた。
生きるか死ぬかの狭間で彼女は生きる事を選択した。
肉体が生きていたから、できたことではある。
だが、それでも辛い現実を選び、生きる事を選択した。
誰もが認められる世界ではない。
選択したことで努力をしても、必ず実るとは限らない。
それなら自分だけは、自分のことを認めよう。
そこから人に認められる為の一歩目を踏みしめるのだ。
これにて、処分屋 守屋祐の怪異譚・『追』は終了となります。
本編に続き、こちらもお読みになって下さった方に、この場でお礼を申し上げます。
今後、更に精進いたしますので、次なる作品もごひいきにしていただけると嬉しいです。




