断ちきれぬ未練
所長席にもたれながら考えを巡らせていた。
あの女性の霊は……。
あそこに残っているということは、天国からの導きの光を拒否したのか?
確かに天国は自殺には厳しい。だが、情状酌量も大いにある。
悲しい過去を背負ってたり相応の事情があるなら、自殺でも受け入れてくれるであろう。
ならば何故、あそこにいたのか……。
「祐さぁん、今度は何を悩んでるんですかぁ?」
バッチリ分かってしまったのか、幸に指摘された。
「そうだねぇ。自殺をした女性の霊が、霊のまま自殺を繰り返す、ってのを見てね」
「あぁ、あり得ますねぇ。よく聞くのは自分が死んだと思えない場合に、その瞬間が何度も再現されるようですよ」
幸の言っていることは正しい。自分が死んだことを理解できない、もしくは受け入れられないまま、この世に居続ける。
一種の未練のようなものだ。多少の未練を残しての死ならば、天に昇る。未練が晴れる、もしくは諦めれば、これも天に昇って行く。
しかし、死を認めないとなると導きの光が届いても、受け入れない。
「それって、生きているつもりの魂だけ切り離されたってことだよね?」
「そうなりますね。でも、祐さんの祝福の手なら、強引に天国に送れるのでは?」
それは可能だと思う。ただ、そんな方法で魂を天に返して良いのか……。
女性は生きる意味はないと言った。なのにあそこにいるのは?
「まあ、話しはできるっぽいから、色々と話してみようかな」
「相変わらず人が良いですねぇ。でも、記憶は残らないと思いますよぉ?」
「…え? それって毎回リセットされるってこと?」
「です。死を繰り返すのは、その時に強い思いを抱いたからです。なので、その間しか覚えていません」
これは参った。説得しようにも、短時間だと難しい。
ただ、あのままにしておけば、最悪、呪縛霊になりかねない。
見捨てるのなら、見捨てるのも1つの考えだ。
だが、萌香も幸も俺のことを見捨てるようなことは言わなかった。
それなら俺も諦めずに努力をしなければ。
それが悲しい結末になったとしても、やらないよりはマシだろう。
「それじゃ、霊と仲良く話せるような話題を持っていかないとね」
「祐さんのヘタレな女性関係の話で十分なんじゃないんですかぁ?」
「いくら女性でも、そんな話で盛り上がれる訳ないだろう……」
女性は恋愛関係の話は好きだろうが、自殺をした女性に話せることではない。
何を話するのが良いか思案していると、予定の時間が近くなった。
幸に帰る旨を伝えて車で向かう。女性が死を選んだ場所へ……。
・ ・ ・
女性が自殺する場所に選んだ近くに車を停めた。
陽が沈んでいきそうな時間だ。
この時期だと風が吹けば、木々のざわめきも寒々しく聞こえる。
風と同じく寒々しいものを感じた。女性が雑木林の入り口から姿を現した。
腕時計で時刻を確認する。
午後5:43か……。
先ずは女性に近づく。とりあえず話すしかない。
「やあ。こんな寂しい所に1人で来るもんじゃないと思うよ?」
爽やかに言ったつもりだが、果たしてどうだろうか?
女性は何も返して来なかった。
からっていたと思われる荷物を地面に下ろして、取り出している仕草をしている。
もちろん、そこには何もない。
「おいおい、無視とは寂しいじゃないか。死にに来るのも良いけど、少しは喋らないか?」
「何で知ってるの……?」
「そりゃ、あなたは幽霊だからね。それに俺、死ぬの見たし」
女性と話はできそうだ。嫌がられたら、どうしようかと思った。
「……私は死んだの?」
「多分ね。でも、霊がここに残っている。君は天国にも地獄にも行ってないね」
「そんな……。じゃあ、私は何の為に……」
悲しみに満ちた声で話してくるが、自殺への動きは止まらない。
「どうして…、どうして…、あの人の所へ……」
踏み台を地面に置く動作をした。思ったより行動が早いな。
「さぁ、どうしてかな? ただ、君はその人の所へは行けない。今のままだといずれは、自我を失くし、最悪…呪縛霊になりかねない」
「何で!? 私はあの人の所へ行きたいのに」
誰かの所へ行きたいか……。その先の世界で本当に出会えるのかは分からない。
ただ、そう思いたい。そんなロマンチックな幻想と共に死を選んだんだ。
「まぁ、今の状況を変えることができるとしたら君自身だ。
今の君は生きていないし、死にきれていない。この世にもあの世にも居場所がない状態だ」
厳しい言葉を口にしたことは百も承知だ。
だが、このままでは女性は自殺を繰り返し、いずれはその思いも消える。一番悲しいことだ。
女性の顔色は変わらない。話せても、彼女の自殺への行動は止められない。
踏み台の上に乗った……。
「ただ、可能性はある。それは君が未練を断ち切ること。それが何かは分からない。でも、それに縛られている」
「それ…なら…お願いします…、私の未練を断ち切ってください。お願いします……」
女性は悲しみを必死に堪えた声で俺に依頼をした……。
枝に縄を掛ける仕草をした。
「分かりました。では、あなたのお名前を教えてください」
「山野…、山野 涼子です。お願いし」
最後の言葉を口にすることなく、山野 涼子は死を選んだ。
・ ・ ・
初めて山野 涼子と会話をしてから4日経った。
先ずは彼女が何者かを知る為に、情報屋の元締めの服部に依頼をした。
すぐに情報が届くと、なんてことはなかった。彼氏の死が切っ掛けだ。
なんてことはないとは失礼だが、死を選ぶ動機としてはトップ10には入るだろう。
献身的な所があり、それを思いやりと感じる者もいたそうだが、山野は彼氏にかなり依存していたようだ。
愛情というよりも固執に近いようなものだ。
彼が今何をしているのか? どこにいるのか? 誰といるのか? などなど……。
どこかで気にはなっても、普通は信用してそのまま過ごす。
だが、山野は違ったようだ。思い入れが強すぎたのだ。
死んだことへの悲しみもあるだろうが、死んだ彼が自分の知らない場所へ行ったことが許せないのかもしれない。
それが未練なのだろうか? それは違うと思う。
死を繰り返すのは死んだことを受け入れられない霊が多い。
つまり死んだと思いたくない、死んだとは思っていないのだ。
死にたいと思って自殺した人の霊が、自殺を繰り返す。
死を受け入れている人が何故……。未練があるならば彼以外だ。
しかし、彼女の霊と話しても、彼の話と死んだ悲しみしか言ってこない。
それであれば死んだ時に目的は達成できている。
彼のことを思い自殺を行いながらも、彼女は未練を残した。
未練なんてものは必ず残る。ただ、未練を受け入れていないから死ねないのも事実だ。
人は過去を捨て、未練を断ち切りながら生きていく。
ただ、全ては捨てられない。だからこそ、苦しみ嘆く。
捨ててはいけない事もある。それが生きてきた証になるなら尚更だ。
女性の未練が何かは分からない。
ただ、女性は彼だけが全てではないと思う。
彼に対して固執していても、思い入れが強すぎても、それが女性の生きた世界の全てではない。
自殺……。自分の存在理由を否定する……。自分の存在価値が、人を悲しませる為だけのものだったなんて思いたくない。
女性にはそんな思いを引きずったまま、自殺を繰り返して欲しくない。
その思いだけを胸に雑木林の中に向かう。




