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優しき者達

 安原家にて安原家族と共に夕食を取っていた。


 「すいません、安原さん。お世話になってしまって」

 「いえいえ、こちらこそ何度もお世話になっているのですから」

 やはり少し気が退けて、安原に頭を下げ言った。

 それに対して安原は微笑みながら返してくれた。


 「大体、お父さんは気が利かなさすぎ。

 いつもお世話になってるんだから、これぐらい考えないと」

 厳しい口調と湿った視線を文は安原に送っていた。


 それを受けて安原は苦笑いしかできなかった。

 的を射ている言葉なのかもしれないが、娘に指摘されて反応に困っているのだろう。


 「まあまあ。安原さんは優しいからお仕事で頭がいっぱいになっちゃうんだよ。

 それに手伝いに来るのも、安原さんだからこそだよ? ま、文ちゃんに会いに来ているのもあるけどさ」

 「守屋さんまで甘やかさないでください。それに適当な冗談も止めてください」

 冗談めかした言葉に、文はなかなかに痛烈な言葉を返してきた。

 思わず笑みがこぼれてしまった。どちらの言葉も本当なので、冗談とは取って欲しくはなかったが。


 安原もこれを聞いて、また苦笑いをしている。

 文は変わらず俺と安原に湿った目を向けてくる。


 「いや~、守屋くんは文の事をよく話しているから、楽しみに来てくれていると思うよ?」

 「それなら、お父さんはしっかりと守屋さんにお礼をしようと考えてよ」

 「分かってるって。キチンと考えるから。でも、文が考えてくれた方が守屋くんも喜ぶんじゃないかなぁ?」

 父と娘の楽しそうな会話を見ていると心が安らぐ。

 家族というもののありがたみが伝わってくるから……。


 「お父さんも適当な冗談を言わないで。お父さんがお願いしているんだから」

 「じゃあ、今度からは文ちゃんにお願いしてもらおうかな。それだったら文ちゃんが色々考えてくれるんでしょ?」

 「もう……。2人してからかわないで。じゃ、私は勉強してくるから。守屋さん、ゆっくりしていってくださいね」

 安原と俺の冗談を適当にあしらうと、文は食卓を後にした。

 

 安原の晩酌…といっても俺は飲めないので、お茶を飲みながら時を過ごした。

 ここでも安原の優しい言葉を何度も聞く。


 俺は霊能力者の伝手は多い方ではない。

 しかし、安原はこの性格もあってか、多くの人達と繋がりを持っている。

 それに助けられたことも何度かある。


 安原本人も自分の力の無さを少し嘆いてはいるが、それでも一生懸命に自分の使命を全うしようとしている。

 力が強いどうこうではなく、その意志の強さに俺は少し憧れを抱いている。


 「そう言えば文ちゃんは今、高校1年でしたっけ? 大きくなりましたね」

 「守屋くんと初めて会ったのは中1ぐらいだったかな? 時が経つのは早いねぇ」

 「ですね。最初に会った時から悪いように見られなかったのが印象的でした」

 言ったままである。悪いようにとは不審者というのもあるが、それ以外もある。


 顔も決して人を穏やかにするようなものではない。

 少し…多分、少し人よりきつい目をしている。

 それに喪服の様な黒いスーツに垂らしたネクタイだ。


 まぁ、不審者と思われても仕方がないのに、そういった目で見てはこなかった。

 しっかりと目を見て判断できる子なのかもしれない。

 そんな子だから、ついつい可愛がってしまっている。


 「守屋くんは優しいのに、それが顔にまだ出て来てないもんね」

 「仰る通りで。早く変わってもらいたいもんですよ……。お面でもかぶってみましょうか?」

 安原の嬉しい言葉に最後は冗談で返した。

 優しいより、イケメンになれるお面が欲しい、と切実に願ったのは心の中に秘めた。


 「そういえば彼女はできたの? いつも文に、俺はモテないからって言ってたけど」

 「残念ながら。いつまでこの状況が続くのかと思うと、少し笑えてきますね」

 安原に言いながら思い出した。俺は先日、初めてキスというものを体験した。

 ただ、それで彼女になるものではないだろう。やはり独り身には変わりない。


 「そうなんだねぇ……。もしも、だけど…文とはどうかな?」

 口に含んでいたお茶を勢いよく噴出してしまった。

 むせ返って、せき込んでしまう。どこからそんな話に。


 「な、何でそんな話になるんですか? 文ちゃんは高1ですよ? 周りは輝いている世界なんですから、そこが一番に決まってますよ」

 当たり前の話だ。安原も俺達の世界を知っている。

 そんな世界に娘を巻き込みたくはないはずだ。


 「それもそうなんだけど……。文は察しが良いところがあるからねぇ。多分、私達の世界の事も知っていると思う。

 だからかな……。友達はいても、どこか遠くを見ている感じがしてね」

 察しが良いのは何となく分かる。彼女の強さも、自分の事を受け入れているからかもしれない。

 そうであれば、人と違う自分の居場所や人付き合いをどこかで線引きしているのだろう。


 「確かにその気持ちは分かります。未だに私も本当に気心の知れた相手にしか、足を踏み入れることができません」

 気心が知れた相手……。そんな人とは滅多に出会えない。

 安原はそのことを分かっているのだろう。娘が置かれている境遇を気にしている。


 「でも、文ちゃんの霊力自体はまだ高いものではないですよ? 何事もなければ、生活に支障は……。

 いえ、文ちゃんだからこそ…ですね。多分、何もしない訳がないですよね……」

 霊力はいずれ高まるかもしれないし、そのままかもしれない。

 だが持っていることに変わりはない。それを文はそのままにしないだろう。


 安原はため息を吐いた。決して悪い顔をしてのものではない。

 優しい顔をしながら、娘の今後の事を思ってのため息だったのだろう。


 「守屋くんの言う通り、文はそういう子だからね。私が言っても聞かないと思う……」

 「私から言ってもダメでしょうね……。何とか、そういうのからは遠ざけたいところですね」

 「だから、守屋くんのような人が良いと思ってね」

 今度はイスから落ちる程、身を引いてしまった。

 だからって何だ? だからって?


 「…安原さん、いきなりの話になりましたが、どうしてそうなるんですか?」

 「守屋くんは優しいからね。こんな世界では珍しいぐらいにね。だから文は懐いていると思う……。

 それに君なら、文が危険な世界に入ろうとしても、本気で文の気持ちを汲み取りながらも止めてくれると思ってね」

 安原は少しうつむき加減で、俺に…いや、文の今後の事を言った。


 その気持ちは痛い程、分かる。

 俺も力があるからと無理やり、この世界に飛び込んだ。

 そこで生半可でない苦しみを味あわされたこともある。


 助ける事ができれば嬉しいが逆もある。

 身も心にも危険が及ぶ場合がある。

 それを安原は…親は知っている。だから、それを止めてくれるような人が傍にいて欲しいのだろう。


 「気持ちは分かりました。ただ、流石にそのような話を安く請けるつもりはありませんよ?

 それに彼女がその道に進もうとするなら、私も一緒に止めますから」

 「そうだね……。変な話をしてごめんね。その時はよろしくお願いします」

 安原は申し訳ない顔をして、大きく頭を下げた

 文を止めたいのは俺も安原も一緒だ。それを止めるのなら、喜んで協力しようと思った。


 お風呂も上がり、温かい格好に着替えてから布団に入り込んだ。

 考えるのは安原の思いと、文のおそらく考えるだろうと思われることだ。


 どちらも優しい心から生まれた思いだ。

 ただ、どちらも納得できるとは思えない。

 如何にして、文を説得できるか……。考えても仕方がないことが頭を巡った。


 その時、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 窓から外を見ると、文が外を歩いているのが見えた。


 右手に懐中電灯を持っているが、何かを探しにいくのか?

 何か危険があっては不味いと思って慌てて、外に出て行った。


 文の後を付けていくと蔵の鍵を外して、中に入って行くのが見えた。

 何故こんな時間に? 変なものは大抵祓ったので大丈夫とは思うが蔵に近づいた。


 蔵の中で文は1つの箱の前で足を止めていた。

 それは俺が昼に見た、仮面が入っている箱だった。


 文はその箱を開けて仮面を取り出すと、優しく微笑んでいるように見えた。

 あの仮面からはとても良い気が出ている。それが文にはとても心地よいのかもしれない。


 1人の安らぐ時間を邪魔するのも悪いと思って、安原家に戻る為に振り返る。

 少し心地よい気持ちを消し去るような、いくつもの悲鳴が響いてきた。


 何事か? いや、急激に悪い気をいくつも感じ始めた。

 地面から黒い小さな気が次々に浮かび上がってきた。


 これは? もしや、この地は……。

 考えるよりも早く悲鳴のした方へ駆け出した。

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