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旅立ちの時

 女性が乗った電車が見えなくなると同時に、駅全体から何かが離れていったのを感じた。


 おそらくはもう外に出る事は可能だろう。

 腕時計に目をやると、時を刻んでいる事を告げてくれた。


 携帯を取り出すと、そこには天からのメッセージが届いていた。

 『お仕事、お疲れ様。探偵のお仕事なら式神さんにお願いしたら良いのに(笑)』


 天のメッセージから、俺は式神への仕事斡旋あっせん所にしかなってない気がしてならない。

 どれだけ俺自身の探偵としての評価が低いのかと思い、脱力してしまった。


 『そうだね。でも、式神にはできないことを今日はしたよ。探偵の仕事じゃないけど(笑)』

 天にメッセージを送って、自分で自分を卑下したことに気がついた。


 そんな情けない思考の片隅で思ったのは女性との会話である。

 俺はなけなしの勇気を振り絞って、新たな世界に踏み込んだ。

 それがあって、天との今の関係がある。


 女性には俺と天のような甘い世界に居続けたい気持ちがあったのだろう。

 それに別れを告げる為に、今日、動き出したのだ。


 もし、自分にも同じようなことがあればどうだろうか……。

 その過去…世界にしがみ付きたくなると思う。

 そんな気持ちを女性は、断ち切ろうとしたのだ。


 自らの意志で、甘い思い出に浸れた世界を過去のものとする為に……。


 気になることがあり、携帯を取り出して電話を掛けた。


    ・   ・   ・


 夏の名残を残している青々とした山と、照りつける太陽が眩しい中を電車は進んでいる。


 昨日の夜、駅から普通に外に出て、式神と合流した。

 証拠の写真もバッチリだったので、帰りは1人で電車に揺られている。


 また車窓から見える景色にまどろんでしまうが、今回は終着駅で降りるのではないので気を張って起きる。


 目的の駅で電車を降り、車に乗り込む。

 事務所に帰る前に、寄っておきたい場所があった。


 車を走らせると、それ程かからずに到着したのは斎場である。

 案内板には目的としていた者の名前が記載されていた。


 車を近くのコインパーキングに止めて、ネクタイをキチンと締める。

 服装はスーツなので、不信がられる事もないであろう。


 斎場の中に歩みを進める中、1人の女性の背中が目に付いた。

 遠くから斎場の中を覗き込んでいるのは、昨日の女性だ。


 「入らないんですか?」

 後ろから急に声を掛けた所為で、女性は肩を跳ね上げて、こちらを向いた。

 その目は驚きに満ちていた。


 「え!? あなたは昨日の? 何でここに?」

 「私も似たような仕事をしておりまして。勝手ながら調べて参りました」

 女性の不思議がっている言葉に対して、大きなくくりで間違ってはいないことを返した。


 改めて斎場に目をやると、お葬式がしめやかに行われている。

 女性の恋人だった者のお葬式が……。


 「…入らないといけないんですけど……」

 女性はここまでは来れたが、最後の一歩が踏み出せないのだろう。

 戻ることのできない世界への決別が、恋人だった人の死に対する別れの言葉だから。


 「それもいいと思います。ここに来た、それだけで1つの区切りにはなります……。

 ただ、あなたの思いを伝えてから、新たな世界に行く……。この方がスッキリはするかもしれませんね」

 少しだけ笑みを浮かべて、そう言った。

 嘘ではない。心に溜めこむより、余程良い事だろう。


 「そう…ですよね……。彼が…彼に直接言えるのは…今日が最後ですよね……」

 「ええ、そうです。彼もきっと待ってます。住んでいる世界は違っても、過ごした世界は変わらない。

 あなたの世界が彼との思い出で輝いているように、彼もまた過去…あなたと過ごした世界のことは忘れていないでしょう」

 過ごした過去は変えられない。過ぎ去った世界を名残惜しく感じても、戻ることはできない。


 だが、忘れないでいることはできるはずだ。

 きっと心のどこかで、大切な人と過ごした思い出は残っている。そう信じたい……。


 「はい……。私の思いを伝えてきます……。彼と最後の話しをしてきます」

 女性はどこか寂しげだが、柔らかな笑顔で言うと、お葬式の会場へと足を進めた。

 その背中を目で追う。


 1人1人が彼に別れの挨拶を済ませていく。

 彼に何を伝えているのかは分からないが、彼と過ごした世界でのことを思っての言葉だろう。


 女性の番が来た。花を1輪、彼の棺桶に捧げた。

 ここからでは彼女の顔は見えない。ただ、震えている様子はない。

 少しだけ、他の人より長く語らったようだ。終わった後の横顔を見ると、少しだけ晴れやかな感じに見えた。


 そのまま女性は会場を後にし、俺の所へと足を進めてきた。


 「…ありがとうございました。あなたのお陰で、彼と最後に話すことができました」

 彼女は今まで見せたことのない、晴々とした笑顔を俺に見せてくれた。


 「いえいえ。あなたと私が会ったのは、彼のお陰でしょう。あなたと最後に語らいたかったのではないんでしょうか」

 「…そうですね、そうかもしれませんね。彼は優しいですから……。きっと、そうなんでしょうね」

 おそらくはそうだろう。彼の思いが俺をあそこに引きとめたのかもしれない。


 怪異は彼の願いを聞き、彼女の背中を後押しする者を選んだ。

 それが何で自分かは分からないが、きっと善意を好む怪異だったのだろう。


 「さて、それでは私はここらで帰ろうと思います。あなたも帰られますか?」

 「いえ。このまま最後まで見続けます。彼の旅立つ姿を見ようと思います」

 「そうですか……。では、私はあなたの旅立つ姿を、もう一度見させていただくとします」

 彼女が固い意思で彼との決別の瞬間を見ようとしている。

 それなら、彼女が違う世界に進みだそうとする瞬間を見ようと思った。


 女性の口から少しだけ笑い声が聞こえた。

 手で口を押えて、笑顔を見せている。


 「不思議な方ですね。あなたに出会えて、本当に良かったです」

 「私もそう思います。改めて、違う世界に進む勇気を教えてもらいました」

 「…私も勇気をいただきました。本当にありがとうございました。最後まで頑張ります……」

 最後に女性は顔を引き締めて、お葬式の会場の中に入って行った。


 その背中からは、最初に見た時の寂しい雰囲気は感じない。

 彼の事を思い、彼との世界に別れを告げる為に進む姿は、たくましく見えた。


 気持ちを切り替えて、斎場を後にする。

 誰の為でもなく、自分の為に留まった世界から足を踏み出す。


 嫌でも自分の世界は進み、過去を作っていく。

 しかし、それを認めなければ、形上は世界が止まって見えるのだろう。


 では、どう認めて、どう向き合い、どう進むのか……。

 その時にならなければ分からないが、彼女が踏み出したように、小さな勇気が世界を変えるのかもしれない。


 自分の世界が常により良い世界に変わる訳ではないが、勇気を出した彼女の背中は忘れない。


 携帯からメッセージ着信のメロディーが流れた。天からだ。

 『式神さん達のお陰で仕事は終わりましたか?笑』

 俺の探偵業については、どうやら悪い方に世界が動いているようだ。

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