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進まぬ世界

処分屋 守屋祐の怪異譚

『夢の対価』と『戦火』の間の話です。

 節目ごとによく使われる言葉である、旅立ち。

 名前の通りでいけば旅に出るということになる。


 だが、旅立ちと言われると、多くは新たな人生の門出の際に使われる。

 それは、その人にとって新たな世界へ、今とは違う世界に旅に出るからだろう。


 向かう先はそれぞれだ。

 学校からの卒業や、実家から1人暮らしへ、仕事の転勤など、世の中には必ず今の世界から違う世界に旅立つことになる。


 旅立ちからは誰も抗えないのだ。

 何もしなくとも、世界は回るように、人も時に押されて、今の場所から旅立つことになる。


 旅立った先が良いか悪いかは別として、今までいた世界に留まることはできない。

 留まっているように見えても、どこかで少しずつ旅立ちの時に向かっている。


 ただ言える事は、旅立つ度に人は先に進む。

 そして、旅立ちを見送る人に何かを残してくれる。


 人の旅立ちを祝えるか、悲しむか、目を背けるか。今回はそんな話をしよう。


    ・   ・   ・


8月下旬

 祐は夕陽の刺す中、ローカル線の古めかしい電車に揺られていた。

 

 2両編成の車内は混雑しておらず、席を埋めている人はまばらだ。

 そんな中、1両の車内で仲睦まじく、紙を入れる隙間がない程に密着している者達がいた。


 今回の浮気調査の相手だ。

 色々と調べていると、このローカル線の終着駅に男の実家が有るらしい。

 男には妻はいるが、実家の父母と折り合いが合わず、揉めていた。


 そんな中、浮気相手の女ができ、しれっと婚約に近い話にまで持っていくようだ。

 そこまで行っているのを知ってか知らずか、浮気調査の依頼がきたのだ。


 しかし、浮気相手の女性が何も知らなければ、何と悲しい時間であろう。

 情緒…とまではいかないが、のんびりとした景色に囲まれた車内で2人だけの世界に浸れる。

 街中ではあまりこうはできないのかもしれない。だからこそ、今を精一杯楽しんでいるのだろう。

 

 そんな風に思いながら、視線を少し先に送る。

 そこには式神がバレないように2人の動きを監視している。


 もう、この時点であらかたの証拠は取れてはいるが、ダメ押しの証拠も欲しい。

 そう考えて、最終駅から男の実家までの足の確保を携帯から予約する。


 そんなことを終えて、車窓に目をやる。

 山の中を高速で走るでもなく、緩やかに進んで行くのを見ると落ち着いてくる。


 景色は普段、車を運転しながら、チラ見になることが多いので意外と楽しい。

 今度、天にこういうお出かけの提案でもしようと思った。


 流れゆく景色を見ていると、急に眠気が襲ってきた。

 まだ最終駅には遠い。携帯のアラームを設定して少しだけ目を瞑った。


    ・   ・   ・


 目を覚ますと車窓から人工的な光が見えた。


 周りを見ると誰も乗客がいない。

 思わず顔に手を当ててしまった。


 まさか寝過ごしてしまうとは……。

 だが、式神もいないということは、追跡は行っていることには間違いない。


 しかし、携帯のアラームは? バイブにしていたが、気付かなかったのか?

 そう思い、携帯をポケットから取り出すと、電源が入っていない。


 電源を入れようとしても、全く反応しない。

 バッテリーは十分だったと思うし、普通は何がしかの反応があるはずだ。


 となると、壊れたことになる。

 そうなると参った。これでは式神にすぐには連絡が取れない。

 

 ひとしきり自分の迂闊さに頭を抱えてから、すぐに次の行動を考えた。

 先ずは駅から出て、公衆電話を探してから式神に連絡する。

 次にタクシーで式神と合流して、さっさと引き上げる。


 今の時刻だと……。腕時計が止まっている。

 そんなに古い時計ではない。それにソーラー電池の電波時計だ。

 こんな事になったことは一度もない。


 不運が重なり過ぎているとしか言いようがない。

 また顔に手を当てて、ため息を吐いた。


 とりあえず駅に下りてからでないと話にならないと思い、電車のドアへ向かう。

 物悲しい木造りの駅のホームに降り立つと、少し爽やかな風が吹いていた。


 夏も終盤だ。田舎になれば、夜も涼しくなってきたのだろう。

 そんなことを悠長に考えていた頭を切り替えて、改札に向かう。


 無人の改札に箱が置かれている。

 そこに切符を放って、駅舎から外に向かって歩みを進めた。


 はずだった……。


 気付くと電車から駅のホームに降り立っていた。

 思わず後ろへ振り返ると、あるはずの電車が見当たらない。


 「どういうことだ……?」

 思わず独り言を口にした。おそらく表情は呆気に取られているだろう。

 何かは分からないが、とにかく駅から外に出る為、改札を通った。


 通ったはずだった……。


 なのに、また電車からホームに降りている。

 また振り返ると、電車は消えていた。

 これは……。おそらくは怪異の仕業だろう。


 辺りを見回しても、それらしきものは見当たらない。

 集中しても霊力を感じ取れない。

 そうなると、おそらく結界のようなものを張っている怪異だ。


 人を惑わせて、その混乱した状態で発する不安や恐怖を食い物にする類だろう。

 そうであれば時間をかけて、封印された元を探す必要がある。


 それがどこにあるのか……。

 先ずは線路から外に行けるか試してみよう。

 結果はおそらく……。


 やっぱりだ……。


 線路を歩いて駅の敷地外に出ようとした時に、また元に戻された。

 駅の外へは簡単なフェンスしかないので、飛びついて登ってみたが……。


 お帰りなさいだ……。


 とりあえず、ここから出るには結界を破る方法を考えなければ……。

 百足か祝福の手であぶり出してみるのも1つの手か。


 そう思っていると、駅舎の待合室に人影が見えた。

 俺と同じように閉じ込められた人なのか? 何にせよ、確かめに行く。


 待合室に近づくと、その姿が少しずつ見えた。

 女性だ。待合室には、その女性以外にはいない。


 待合室に入るのに少し躊躇ちゅうちょした。

 この訳が分からない状態で、女性と2人きりになるなど……。

 悪い予感しかしないが、勇気を出して扉を開けた。


 「あの…失礼します」

 若干、不信気味な挨拶になってしまった。

 ただ、女性は特にいぶかしんだ目をしてはいなかったので、頭を下げた。


 女性を見ると、歳は俺と同じぐらいか……。

 髪は少し長めで、おさげにし、肩から垂らしている。

 顔は温かみのある、穏やかな顔だ。少し目尻が垂れている。


 そんな女性を見ていると、少し不思議そうな顔で女性は見てきた。

 人の顔や特徴をできるだけ早く覚える為に、素早く見たつもりだったが。


 「あの、どうかされました?」

 少しだけ警戒されてしまったか。

 女性は気になる顔で聞いてきた。


 「いえ、失礼しました。もう夜遅くですからね。誰もいないと思ってまして」

 少しだけ笑みを浮かべて、ありきたりな返しをした。

 女性は納得したのか、表情が元に戻った。


 とりあえず、警戒心は多少は溶けただろう。

 あとは女性もこの状況に巻き込まれているのかだが……。


 「すいません、失礼ですが、こちらで誰かをお待ちなんですか?」

 単刀直入は不味いと判断して、駅から出るのか、電車に乗るのかをハッキリしたかった。


 「いえ、電車を待ってまして……」

 女性は少し顔をうつむけて、憂いの響きを感じる声で言った。

 近くにあるのは旅行鞄…よりも少し小さい。


 「そうでしたか。この時間だと最終便ですかね。乗り過ごさないように、早めに来るのがベストですね」

 「はい。そう思って来ました。でも、乗れないんです。ずっと……」


 女性の言葉に少しだけ顔が強張ったのを感じた。

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