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もはやチート

 何度、給湯室から出るように言っただろうか。

 完全に籠城した犯罪者の母親が、息子に呼びかけ続ける感じだった。


 しかし、出てきた2人は顔を伏せている。

 何が頑なに彼女らをここまでさせているのか……。


 「で? 何で2人共、俺を見ないんだ? 新手のいじめか?」

 「…違います。…祐さんを見ると……」

 「俺を見ると?」

 「…胸が…ドキドキします……」

 は? 思わず声を上げそうになった。どういうことだ。

 胸がドキドキする。それって……。


 「…萌香ちゃん、恥ずかしい感じ…する?」

 萌香は顔を伏せたまま頷いた。

 これはもしや……。いや、でも幸も。


 「幸ちゃん……。もしかして、幸ちゃんも、」

 「聞かないでください! デリカシーの欠片もないんですか!?」

 「ごめんごめん。ありがとう、それだけで十分」

 あの幸までこうなってしまっている。


 萌香は分からないでもない。俺も複雑な感情があった。

 それは多分、恋に近い感情だろう。しかし、何故?

 思い出した……。あの夢だ。


 「幸ちゃん、あの、」

 「何ですか!?」

 「まだ何も言ってないじゃん……。夢でさ、モテたいか、って言われてさ」

 「ひどい!」

 幸とここまで会話にならなかったことはない。

 完全に女心を弄んだ男の状態だ。


 「酷くないし……。で、勝手に、モテたいのならくれてやろう、って言われたんだよ」

 「ひどい! 性欲の権化です!」

 「違う! これは怪異の仕業だと思ってるんだけど、幸ちゃんはどう思う?」

 「そんなに私の心の中が知りたいんですか!?」

 なんでこんな会話になるんだ。もしかして、モテるとこんな厄介なことになるのか?


 「もう…、違うから。とりあえず、周りの人を誘惑するような怪異がいないか調べて置いて」

 「怪異の所為にしたいんですか!?」

 「怪異としか考えらんねぇだろ! んじゃ、俺は下の真のイケメンの所に行ってくるから。その間に調べといて」

 「ひどい! 都合が良い女扱いするなんて!」

 「アシスタントの仕事だよ! ホントお願いね」

 女泣かせどころではない事を言われ、頭が重いままプレシャス・タイムに向かった。


 「いらっしゃいませ、ってお前……?」

 三善のいつも通りの挨拶かと思ったが、何か感じたのかもしれない。

 カウンダー席に座る。


 「何や、どないしたんや? 今日はえらい違うぞ」

 「三善も何か感じるか? どうやら、どえらいことになってるみたいでさ」

 普通だったら喜べる事で、俺を苦しめる現象について話そうとした。


 「祐さん、いらっしゃいませ。ご注…文は……」

 横からの声で驚いて振り向いた。桔梗が目を見開いて俺を見ている。

 まさか……。


 「いつも…通りでよろしいでしょうか?」

 「うん。それでお願い」

 「かしこまり…ました。…おかわりの時は…、呼んでください」

 桔梗は伝票に注文を書き、三善に渡すと早々にホールに戻った。


 「何や? 桔梗ちゃん、どないしたんや? 顔がえらい赤うなっとったけど」

 「俺の所為だ……」

 俺の言葉に三善は驚いた顔を向けてきた。

 そうだろう。あの桔梗ですら、あんな状態にするのだから……。


 三善に今日あったことを全て話した。

 今日一日どころか、半日も経たずメンタルがボロボロだ。


 「モテ期が来たぁ、いうても、そんなんやったら喜べへんよな」

 「その通りだよ。せめて高校生ら辺で来て欲しかったよ」

 本当にそう思う。まあ、休みがちだったから、あり得ないとは思うが。


 「お前には天ちゃんがおるし、そういうんは嫌いなんやろ?」

 「まあな。でも、こんなの知られたら、かなり傷つけるよなぁ」

 「怪異の所為っちゅうてもなぁ。気持ちがええもんやないもんなぁ」

 三善の言う通りだ。もしも、天が俺のようになれば、心中穏やかにはいられないだろう。


 「だよなぁ……。せめて今日一日で終わってくれれば良いんだけど」

 「延々とモテ期が続くやつもおるらしいで? 簡単には終わらへんかもな」

 おそらくモテ期が続いているであろう男から怖い事を言われた。

 そんな怖い事が訪れた。


 「あの…、祐さん。おかわりは…いかがでしょうか……?」

 俺から目を逸らしながら桔梗が問いかけてきた。

 ありがとう、と笑顔で言うと顔を真っ赤にさせながら去って行った。


 頭を抱えることしかできない。

 これがモテ期だと? とてもではないが1人で何とかできるとは思えない。

 モテる男はどれだけ心がタフで、頭が良いのだろうか……。


 「祐……。完全にキャパがオーバーしとるわ。今日は休め」

 「ああ、頭がパンクしそうだ。ただ、幸ちゃんに情報が無いかは聞かないとな」

 「せやな。流石にこんだけ見せられてまえば怪異としか思えんわ」

 三善は俺の実力を見抜いての言葉だろう。……俺にも潜在能力があるかもしれないのに。


 「あ! 祐、今日の夕方からは店に来んなや」

 「何でだよ? 入店拒否か?」

 「ちゃうわ。……円ちゃんのシフトや」

 三善の言葉に目が飛び出るぐらい開いただろう。

 口まで開いてしまう程に驚いてしまった。


 最悪だ。何故、こんな時にモテ期(怪異に因る)が到来するのだ。

 いや、モテ期の力で円をどうこうするなんてダメだ。

 絶対にこんな力を円に向けてはいけない。


 「三善、助かった。最善を尽くす」

 「お前、ホンマおもろいな。普通やったら、喜ぶところやけどな」

 「俺が分かって言ったんだろ? こんな怪異、処分してやる」

 三善が笑っているので、俺も軽く笑って返した。


 そうだ。こんな力で人の心を弄ぶようなことはあってはならない。

 ……天と付き合う前にモテ期が来たら? という邪念は頭を振りながら吹き飛ばした。


    ・   ・   ・


 事務所のドアの前に立った。


 このまま事務所の中に入れば、確実にあの騒ぎの延長戦が始まる。

 それを避ける為には、顔が見えぬ外から声を掛けるのが良いだろう。


 「幸ちゃ~ん、萌香ちゃ~ん。事務所に入りたいんだけど、大丈夫?」

 「ダメです! 散らかっているので、もうちょっと待ってください!」

 事務所からおそらく幸が散らかしている本などを収納していると思われる音が聞こえた。

 しかし、これはこれで急に意中の相手が家に遊びに来る時の対応のように思える。


 「祐さん、どうぞ入って下さい」

 幸が普段の気怠い喋り方から想像もできない固さで招く言葉を発した。


 事務所の中に入ると酷い状況だった。

 幸と萌香はそれぞれの定位置で突っ伏して、完全防御の体勢に入っている。

 その光景にため息しか出てこない。


 「お前等、どんだけ俺を見たくないんだよ……。

 まあ、不本意なことだから良いけど。幸ちゃん、何か思い当たる怪異いた?」

 すごく悲しくなってしまったが、この状況を変える為には怪異を処分するしかない。


 そう思っていると幸は俺の机の上を指さした。

 机の上には一冊の本が開かれて置かれていた。


 「幸ちゃん、これに怪異が?」

 「いいから見て下さい! この期に及んで、女心を焦らしたいんですか!?」

 「分かった分かった。とっとと終わらせよう」

 本当に会話にならない幸との会話を終わらせて、本に目を下ろす。


 そこに書かれていたのは、『皆惚れ崩れ(みなぼれくずれ)』。

 絵は男に女性が群がるような羨ましく恐ろしいものだ。


 「幸ちゃん……。これの所為ってこと?」

 「祐さんがこんなことにしたんじゃないんですか!」

 「不可抗力だよ! で、これはどうしたらいいんだ?」

 もうこれ以上不毛な争いをしたくない。早く終わらせたいんだ。


 「…祐さん。…さっき調べたところ…憧れの人に惚れてもらう…らしいです……」

 「萌香ちゃん、それってどゆこと? 憧れの人って?」

 萌香が教えてくれた解決策に疑問を投げたが、返って来たのは首を横に振るだけだった。


 「ひどい! 萌香ちゃんにまで! 祐さんは鬼です、悪魔です、怪異です!」

 「人をボロクソに言ってる場合じゃないだろ! それに俺も怪異の所為で酷い目に遭ってんだぞ?」

 「祐さんを処分する為には、憧れの人を惚れさせて、落とせるギリギリの所で力が離れます!」

 「何で俺が処分されなきゃいけねぇんだよ!」

 幸と話せば話す程、精神的に疲弊していく。しかし、ギリギリの所とは?


 「ねぇ、ギリギリってどういうこと?」

 「私達みたいになる前です。直前で力が無くなることで、恋に発展しなかった絶望と、周りからもモテなくなる二重苦を与えるようです」

 恐ろしい怪異と言う事が分かった。幸の言う通りであれば、これはメンタルをズタズタに切り裂く怪異だ。


 「まさか! 天ちゃんにフラれるってこと!?」

 「所詮、私達は2番手以下って言いたいんですか!?」

 「違う違う。あ~、でも恋に発展しなかった絶望っていうから違うのかな……」

 「どうせ私達は使い捨てなんです!」

 もう何を言っても悪い男にしかならないことが分かった。

 ただ、恋をして彼女がいるのに何故だ?


 「…憧れの人って…円さんでは……?」

 萌香の言葉に驚愕してしまった。


 何てことだ。付き合っている天を飛び抜かして、そっちに行くか。

 しかし、やましい気持ちではない。断じてない。


 「萌香ちゃん、間違ってはないかも……。ただ、やましい気持ちはないよ。それは間違いない」

 「萌香ちゃんが苦しんでいるのに、他の女の話をするんですか!?」

 「もう……。幸ちゃん、分かったよ。俺が円ちゃんに盛大にフラれりゃ良いんだろ?」

 「早くフラれてきて下さい!」

 俺のハートがズタズタになるのを自ら進んで行うなんて、気が乗らな過ぎる。


 事務所を出て考える。

 盛大にフラれるか……。考えるだけで恐ろしい。

 しかし、それをしなければこの全く嬉しくない状況が続きかねない。


 その前に確認しなければならないことがある。

 携帯を取り出し、電話を掛けた。

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