お祓いの中で
処分屋 守屋祐の怪異譚
「天使の憂鬱」と「呼ばれなかった者達の同窓会」の間の話です。
多くの人が目にし、一度は触れたことがあるだろう、仮面。
お祭りや伝統芸能、お祭りの出店などで見ることが多い。
仮面は昔から神や精霊などを表現する際に用いられてきた。
その仮面をかぶり、神聖なものや宗教的な儀式などを行ってきた。
時が立てば、舞台や演劇などにも使用されるようになり、そのキャラクターや個性を強調させていた。
それから考えると仮面は人に力を与えてくれる物なのかもしれない。
自分ではないものに変われる仮面は、映画や漫画などでも重要な役割を果たしている。
それは単に自分の顔を隠す為ではなく、仮面をかぶることで確固たる意志と強き力を宿している。
仮面は神や精霊など人ならざるものを表現し、かぶる者に特別な何かを与える。
その仮面に宿るものが良いものなのか、悪いものなのか、それは分からない。
だが、何かのために仮面をかぶる者の思い…仮面をかぶろうとする意志を固くすることができる。
仮面と共に確固たる意志を持ち、立ち向かった者について今回は話をしよう。
・ ・ ・
12月下旬
祐は知り合いの神主に頼まれて、神社に来ていた。
もう年の瀬が迫ってきていた。
神社もお正月に向けて、俄かに忙しくなってきている。
そんな中で呼ばれたのは、蔵の中のお清めだ。
色々な道具を収納している為、悪いものが溜まりやすい。
通常であれば、外の光に浴びせたり、簡単なお祓いで済むのだが、今回はそうはいかなかった。
神主が体を壊してしまったのだ。
命に別状はなく、すでに動けるようにはなっているので、正月は無事に過ごせるようだ。
ただ体に負担が掛からないように、下手に霊力を使うことは控えるのが良いと自分から言ったのだ。
「守屋くん、申し訳ない。本当だったら、自分でしなければいけないことなんだけど……」
かなり申し訳なさそうな顔と声色で言ってきたのは、神主の安原だ。
歳はまだ40代中盤で少し白髪交じりの、柔らかで落ち着いた人だ。
しかし、まだ体調は万全でないのか、普段から痩せてはいたが、今はこけていると言っていい。
「いえいえ、安原さんに言ったのは私ですしね。それに厄介な物も多いですから」
厄介な物とは、怪しげな物の事だ。色々と曰くつきの物が蔵に収められている。
これは安原が優しい為、色々な物を引き取ってしまっていることが原因だ。
キチンとお清めが完了したら廃棄もできるが、なんせ数が多い。
それに安原自体の霊力も高いものではないのだ。
頑張っても祓える力には限界があり、時が掛かってしまう。
ただ、その人の良さがどうしても自分には見過ごせず、こうして年に何度か清めに来ているのだ。
安原を見ると、申し訳なさそうな笑顔を浮かべている。ここにも人の良さがにじみ出ている。
「もっと私がしっかりできたら良いんだけどね……」
「安原さんの心は十分理解できてますし、力よりもその気持ちが大事だと思いますよ?
お金で動くと、全てがお金に見えてしまいますからね」
苦しい人の助けになればと安原は引き受けている。
自分と近いものを感じるからか、余計に放っては置けない。
「ありがとう、守屋くん。…ますます似て来たね」
「ありがとうございます。まだまだ精進が必要ですけどね。それじゃ、私は蔵の中に失礼しますね」
嬉しい言葉を聞いた為か、蔵に向かう足も軽やかなものになった。
しかし、蔵の前に立つと少し気が滅入る。
悪霊のような気から、恨みつらみ、苦しみ、妬み、怒り等々……。
ここだけで心霊スポットになりそうな程に酷い。
蔵の扉を開けると、出るわ出るわ、怪しい空気が。
祝福の手で一気に散らす……。とはいかないのだ。
かなり強力で半ば強制的に邪気を祓うことができる。
が、下手に刺激を加えると暴れ狂いかねない。
祓ったら怪異が登場しました~。なんてことは避けたいのだ。
しかも悪い気ばかりではないのも困る。
中には精霊が宿ったり、優しい力を宿した物もあるのだ。
これも下手に消してしまう訳にはいかない。
とりあえず蔵の中で悪霊が大体嫌う香を炊いて、中の物に手を当てていく。
1つ1つ処分していくしかない。これは中々の大仕事だと思いながら、淡々とお祓いをしていく。
その作業中に優しい気をいくつも感じた。
持っていた人には怪奇現象的に感じた物もあるだろうが、持っていれば邪気などを追い払ってくれたかもしれない。
そんな優しい物達が、こんな負の感情のオンパレード状態の蔵にあると思うと泣けてくる。
少し悲しい気持ちになっていると、簡素な箱からとても優しい気が発せられていた。
気になって開けてみると、仮面が中に入っていた。
ただ普通の人の仮面だ。神や精霊、もしくは神獣などを象った物ではない。
でも本当に優しい顔をしている仮面だ。とても良い思いが込められているのだろう。
その時、後ろを誰かが通った気がして、振り返った。
そこには誰もいない。そもそも、蔵の奥から出てきたように感じた。
そんな所に人はいなかった。となると……、蔵の中の物の怨霊か何かだろう。
そう思い、お祓いに再度取り掛かった。
鼻に心地よい香りが蔵に満たされると、かなり邪気は治まってきた。
危なそうなやつも祓い終えたので、蔵から外に出て深呼吸をする。
深呼吸を終えると、毎度思うことがあった。
神聖な場所でちゃんと神主がお清めしているのに、悪い空気が微かに漂ってくる。
いつも気にはなっていたが、今回は少し調べようと思い、バッグの中を漁った。
シガーケースからタバコ…のように香草等を巻いた物を取り出した。
これは霊力を集中しても見えづらいもの、または隠れているものの姿を見つける力がある。
口にくわえて火を点ける。タバコから煙が上がると、透き通るような匂いが漂ってきた。
思わずこの匂いに酔いしれてしまいそうになるが、気を取り直して境内を回る。
本当に微かに漂ってくるだけで、その場所が特定できない。
何度も煙を吹きかけても、ただのチリのような悪い気しか見えない。
多少空気が悪い場所であれば分かるが、ここは神社の敷地内だ。
普通の人が気になるようなものではないので、最後に虚空に一吹きした。
それも文字通り空しい結果に終わった。少し気落ちしていると、境内に伸びる影が見えた。
「ここでタバコを吸われるのは止めていただけませんか?」
ハッキリと力強い声色で俺に向かって言ってきた。
おもむろにタバコを携帯灰皿にしまい、声がした方を見る。
声を発した相手の顔色が変わった。
「あ!? ごめんなさい! 守屋さんだったんですね。つい参拝に来た方かと」
「や、文ちゃん、久しぶり。タバコを使ってことには変わりないからさ、謝らないでよ」
声の主は安原の娘の文だ。明朗快活な子で、見ていて清々しい。
綺麗なセミロングの髪形と明るい顔が、清潔感を強調する。
「いえ、私の早とちりなので。また父のお手伝いに来ていただいたんですか?」
「そ。あんまり無理して欲しくないからさ。ま、そこら辺は文ちゃんが押さえてくれてるだろうけどね」
文は察しよく、俺が来た意味を理解したようだ。
それに対して少しおどける口調で返した。
「父も意外と頑固ですから。母も甘いので、私が言わないとダメなんです」
少し膨れっ面をして文は、自分の生活での役割を言った。
確かに父母共に優しい人達だ。文ももちろん優しいが、しっかり者で芯が強い。
「だね。文ちゃんがいれば、ここも安泰だよ」
「もう……。そんなに簡単に言わないでください。あ、今日はこのまま帰られるんですか?」
文に対してはいつも軽口だ。付き合いもそれなりにあるので妹のように思ってしまう。
このまま帰るか……。多少は遅くなるが、帰ることはできる。
「う~ん、もうあらかた終わったから、帰ろうとは思ってるけど……」
「じゃあ、泊まっていきませんか? お疲れでしょうし」
悪くはない。ここの家族は温かいから好きな所ではあるし。
「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。文ちゃんの手料理でもご馳走になるとしよう」
「私は料理ができないので無理です。それじゃ、母に伝えてきますね」
すっぱりと俺の淡い期待を両断すると、文は軽やかに家に向かった。
その後ろ姿からも感じる力強さが、本当に頼もしく感じる。
文の後ろ姿に触発されるように仕事を再開する為、蔵に向かった。