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山を彷徨う魂

 携帯から流れる通話終了音が、家を叩く音にかき消されていた。


 「萌香ちゃん…、祐さんは何て? どうしたらいいのか教えてくれた?」

 凛が周りに目をやりながら、震える声で聞いてきた。


 どう伝えれば良いのか分からない。

 でも祐が私ならできると思ってくれている。

 それなら私が教えてもらった知識で、この状況を乗り切るしかない。


 「…凛ちゃん、お皿を持って来て! あるだけ持って来て!」

 「えっ? う、うん、分かった!」

 すぐに反応してくれた凛を横目に、どうするか思案する。

 このぐらいの状況なら、これで何とかできるかも……。


 「都さん、これでも良いかな?」

 誰かと思い顔を向けると、二宮がバーベキュー用の紙皿を持っていた。

 これでも良い。頷いて紙皿を手に取って、紙皿に塩を盛る。


 「…二宮くん、凛ちゃん、これを部屋の隅に置いて!」

 声を上げて、床に並べた紙皿を指さした。

 2人はすぐに紙皿を部屋の四隅に置きに行った。


 配置が終わると、壁を叩く音が小さくなってきた。

 まだ音と振動は続いているが、それが小さくなった事に皆は安堵している。


 「萌香ちゃん。これで大丈夫なの? だいぶ静かになったし?」

 「…多分。でも捕まった人が……」

 皆が聞き耳を立てているのが分かる。

 自分達は助かるかもしれないけど、他の人のことも気になっているんだ。


 祐ならその人達も助けようとするはずだ。

 私の頭の中で助ける為の算段を立てないと……。

 盛り塩で抑えることができる程度なら、後は戻火花火で……。


 「うわぁあぁぁ! 松野~!」

 大声が聞こえた方に振り返ると1人の男子が、カーテンを少し開けていた。

 音が小さくなってきたから、外の様子が気になった?


 しまった! 名前を呼んだということは!

 壁の周りから、さっきよりも大きな音と振動が伝わってきた。


 「お前、何やってんだよ! またこんなんになったじゃねぇか!」

 「だって! 他のやつが!」

 前よりも勢いの増した音と振動につられるように、大声で怒鳴り合いが始まった。


 そんな事をしている場合じゃない。

 この中に2人招いてしまった。憑りつかれた人を……。

 ロッジの中に入ろうとしているなら、窓ガラスが割られるのも時間の問題かもしれない。


 もし、死霊が流れ込んで来たら……。

 今のか細い光で抑えられるか分からない。


 心を決めるしかない……。

 危ないかもしれないけど、私がやらないと。

 戻火花火とライターを持って、2階に向かおうとした。


 「萌香ちゃん! 2階に行くの!?」

 「…うん。できることをする……」

 驚きの声と恐怖に引きつった表情で、凛は私に向けて言った。

 それに対して私は多分、優しい表情で返したと思う。


 祐も同じようにすると思う。怖い時ほど、落ち着こうとする。

 深呼吸をして、気を張りながら階段を上る。


 2階からは壁を叩く音は聞こえない。

 コマをいつでも出せる準備をしておいて、1つの部屋の扉をゆっくりと開けた。


 ライターの灯火が薄く照らす部屋の中には何もいない。

 扉の裏にも目をやり、安全を確認する。ここからが私の戦いだ。


 2階の窓を開けて戻火花火を宙に投げる。

 甲高い音をさせ、煙を噴出しながら、ロッジの1階部分を回り始めた。

 念の為にもう1本投げると、嫌な感じはだいぶ減った。


 あとは憑りつかれた人だ……。

 この人達は人を襲うかもしれない。

 それなら祓うしかない。


 家の壁を叩き壊しそうな音と、怒鳴り合いが続く1階に下りた。


 「大丈夫だった? 何もいなかった?」

 凛が怖さよりも不安な顔を見せながら、震える声で私に聞いてきた。

 

 「…うん。大丈夫……。…皆は2階の部屋に隠れて。ここは私が……」

 「それはダメだって。都さん、1人なんて危険だ」

 「…私にしかできない。…二宮くん、お願いがあるの……」

 1階に私だけがいる状況が必要なんだ。


 窓ガラスが割れんばかりに嫌な音を立てている。

 皆は2階に上がって、部屋の中に避難した。

 深呼吸をして窓ガラスを覆うカーテンを開ける。


 そこには青白い顔をして、焦点のあっていない目をした男子が何人もいた。

 でも周りには黒いものはいない。戻火花火の効果だ。


 憑りつかれた人達は私を見てはいない。

 いや、見えないのだ。

 私の周りは聖別した塩で囲っているから……。


 窓の鍵を開ける。憑りつかれた人は変わらず、窓ガラスを叩いている。

 持っていたお酒の瓶を階段に投げつける。

 割れるかと思っていたけど、割れずに鈍い音を立てて、床に落ちた。


 それでも構わない。窓を1人通れるスペースになるように静かに開けると、流れるように入ってきた。

 さっきまでの暴れる感じはなく、得物を探すように静かな歩みをしている。

 憑りつかれた人は辺りを見回している。誰もいないはずはない、と思っているのだろう。

 

 その時、2階の部屋から何度も大きな物音が聞こえた。

 憑りつかれた人達のさっきまでの得物を探し、這い寄るような動きからは想像ができない程の速さで、いきなり駆け出した。

 2階に全員が集まって、ドアを叩きまくっている。


 その光景を見て、ロッジの外にも中にも誰も残っていないことを確認した。


 聖光筒の上のキャップを外して、尖端をひねる。

 ひねった自分の目が眩みそうな白い光がロッジ内を照らした。


 少し目が慣れると、2階で逃げ場を失った憑りつかれた人達が座り込んでいた。

 階段をのぼりながら、コマを呼び出す。


 「…コマちゃん、吹き飛ばして!」

 私の声に応じて、コマが聖光筒とは別の光を放ち現れた。


 その口からロッジを超えて、山まで響くような遠吠えを上げると、口から激しい風を吐き出した。

 まだ眩しい中、憑りつかれた人達の体から黒いものが離れていくのが見えた。


 男子達から悪い気を全く感じない。祐の言った通りのようだ。

 胸をなでおろし、部屋に隠れた皆に声を掛ける。


 「…皆、終わったよ……。出てきて…大丈夫……」

 「萌香ちゃん、本当? 本当に終わったの?」

 安心させる為に声を掛けたけど、まだ安心できないのだろう。

 凛は不安げな感じを残した声色で聞いてきた。

 

 「…うん。…怖かったら…まだ部屋にいても良いよ……」

 言いながら、それも良いかと思い、1階に下りて窓を閉めた。

 闇が広がる森からは、まだ少しだけ嫌な感じがする。


 少し不安になっていると、電灯が灯りを取り戻した。

 ロッジの中が照らされたことで安心したのか、皆が1階に下りてきた。


 男子の何人かが、憑りつかれていた人を担いで下に来ていた。

 今は何事もなかったかのように寝ている。


 「ありがとう、萌香ちゃん。もう怖さでおかしくなっちゃいそうだった」

 安堵したからか、目が潤んでいる凛から声を掛けられた。

 他の皆からも礼を言われた。


 何も響かなくなったロッジで皆が疲れ切っていると、森の奥から重低音が響いてきた。

 ああ……。駆けつけてくれたんだ……。


 「おわ!? 何だよ、さっさと山に帰れ!」

 祐の声が聞こえた。元気な声からして、たいしたものじゃないのだろう。


 「萌香ちゃ~ん、大丈夫~?」

 ロッジの外から声が聞こえた。

 皆は少し不安そうな顔になったけど、凛は更に安心した顔になった。


 窓のカーテンを開けると、少し離れた所に祐の姿があった。

 祐は私に気付くと笑顔を見せ、右手で挨拶をした。


 祐がロッジに入り、憑りつかれた人を見ている。

 私が感じた限りでは、多分大丈夫だと思う……。


 「うん。これなら大丈夫。ちょっと休めば元気になるよ。萌香ちゃんのお陰だね」

 祐の言葉に胸をなで下ろした。これで本当に皆が救われたことになる。


 「…ありがとうございます。…祐さんが…お菓子の中に入れてくれた…お陰です……」

 「ま、こうなる可能性があったからね。萌香ちゃんなら何とかできるとは思ったけど」

 正直、できるとは思えなかった。自分の身だけなら、何とかできたかもしれない。

 でも皆を助けることができたのは、退魔用道具をくれた祐のお陰だ。


 「んじゃ、俺は帰るね。学生の中にいるのも悪いし」

 「…帰るんですか……?」

 「うん。もう大丈夫そうだしね」

 何事もない顔をしている祐を見て、問題は去ったんだろうと思った。

 私もこの集まりから去りたいとは言えなかった。


 「あの、祐さん。一緒にいてもらえませんか?」

 「えっ? う~ん、もう大丈夫とは思うけど。何か悪くない?」

 凛は祐の力を知っている。だからここに残ってもらえると、更に安心できるんだろう。

 

 「よし、分かった。じゃあ、女の子達は萌香ちゃんが守って。

 俺は男の子達のロッジで守っとくから。よし、そうと決まれば行こう。さぁ、早く」

 素早く動き出した祐を見て思った。多分、私達の寝間着を見るのを避けている……。


 「何だよ、まだいんのかよ!」

 もう1つのロッジから祐の声が聞こえると、眩しい光が見えた。

 多分、祝福の手で消したんだろう。


 恐怖が去った安心と、恐怖で強張った体の疲れから、皆で固まって眠りに落ちた。


    ・   ・   ・


 目が覚めると朝日が昇っていた。

 これなら、もう悪いものは去っただろう。


 顔を洗って服を着替えて、外の空気を吸いに外に出た。

 ひやりとする空気と眩しい日差しが森の目覚めを感じさせた。


 「おっ? おはよう、萌香ちゃん」

 バーベキューをした時に使った折り畳みの椅子に腰かけて、祐は森を眺めていた。


 「…おはようございます。…本当に来てくれて…ありがとうございました……」

 お礼しか言えない。退魔用道具まで入れてくれて、すぐに駆けつけてくれた。


 「いいよ、無事だったんだし。萌香ちゃんの成長っぷりが見れなかったのが、残念だったけどね」

 相変わらず、最後はおどけるような口調で祐は言った。

 その顔は微笑んでいる。私の成長が嬉しいと思ってくれているのなら、私も嬉しい。


 「…もっと頑張ります……。そういえば…今回のは……?」

 「ああ、山の中ってのは不思議な所でね。生き物が死ねば、それを包み込んで分解して命を育むんだ。

 でも、生き物は清められて死んだ訳じゃない。無念が残った人の肉体は自然に取り込まれても、魂だけが残る。

 だから魂は体を求めて、闇夜に潜んでいるんだ」

 人の命は清められる事で穢れや無念等を浄化する。それを全く受けなかった人達の魂は山に残るんだ。


 「…それで…騒いだのが悪かったんですね……」

 「そゆこと。死霊にとっては凍える魂を包み込む体が欲しいんだろうね……」

 少し遠い目をしながら、憐れむような感じで祐は静かに言った。


 豊かな自然に囲まれて、人は癒しの力を貰っている。

 そんな自然の中には、望まぬ形で体を取り込まれてしまった人もいる。

 生きては死ぬ……。自然の摂理とはいえ、それを素直に受け入れることができないのも事実だ。


 「そういえばさぁ……。俺、萌香ちゃんの彼氏になってたんだけど」

 「…忘れてください……」

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