迫る死霊
慌ただしい空気を氷付かせるようなドアをノックする音がロッジ内に響いた。
その音に誰も反応しない。
いや、反応ができない。恐怖を抱えた男子はもとより、その恐怖が伝染している女子も動けない。
凍てついた雰囲気の中、等間隔でドアを3回ノックしている。
とても人間とは思えない。霊力を集中して感じ取ると、怪異とまでは分からないけど悪い気で満ちている。
この恐怖を打開する為には……。
そうだ。祐に相談するしかない。1人で戦える程の力なんて持ってない。
携帯を取り出して、電話帳から祐を選び発信する。
電話のコールが鳴るたびに心が逸る。
相変わらず続く気味が悪いノック音から、頭を切り替えたい。
「萌香ちゃん、どうしたの? キャンプの報告かな? って、リリエールさん! 顔を近づけないでください!」
「今度の女子は誰かと思ってのぉ。なんじゃ、助手の娘か」
「分かったんなら離れてください。ごめん、萌香ちゃん」
何が起きているか大体分かる。でも、今はこの状況をちゃんと伝えないと。
「…祐さん、山の中で…黒いものに…襲われている…みたいです……」
私も直接見てはいないから、憶測でしか言えない。
それでも電話口の祐は何かを感じ取ったようだ。
「萌香ちゃん、山の深い所に行くって言ったよね? かなり騒いだりした?」
この問いには少し唸ってしまった。私は途中で逃げたから、よくは分からない。
「…騒いでいたと思います……。それが何か……?」
「山で散った者達……。肉体を求める死霊が、楽しげな声や光に群がって現れたと思う」
「…実は何人か…襲われた…みたいです……」
「くそっ……。先ずは萌香ちゃん達の安全を確保しよう。やつ等が何をしても呼び掛けないよ、」
「おい……。高木か? 高木なのか!?」
祐との会話の途中に、男子が玄関のドアに向かって声を掛けた。
その瞬間、ドアを殴り付けるような音が響いた。
男子が怯んだ声を上げて、こちらに戻ってきた。
玄関からは、今にもドアをぶち破らんとするような勢いがある音が聞こえる。
「呼び掛けたの!?」
電話口から祐の驚いた声が鼓膜に響くと、意識が戻った。
「…すいません。…しました……」
「分かった……。それなら、先ずは入り口を塞いで。声を掛けたということは、招いたことになる。
招いたのに扉を閉めていれば、無理やりにでも入ってこようとする」
祐の言う通りだ。玄関のドアは揺れ響いている……。
「祐さん、電話はこのままで! 二宮くん…何かで玄関のドアを押さえて……」
「あ、ああ、分かった。皆、このテーブルを玄関に押し付けるから手伝ってくれ」
二宮が男子達に声を掛けて、木造の重いテーブルを玄関に運び始めた。
恐怖に捕えられている為か、力が入っていないように見える。
「玄関を塞いだら、窓も何も見ないように言って。あとは電気を消さなければ、大丈夫だから」
「…分かりました、皆に言います。…あの、襲われた人は……?」
私達を守る方法は教えてくれた。でも気になるのは外の人達だ。
「死霊に憑りつかれているから、祝福の手で何とかできる……。
先ずは今いる人達の安全が優先だ。俺も向かうから場所を教えて」
祐の言葉に少し暗い雰囲気を感じた。
長時間の死霊との接触が、あまり良いものではないという事だろう。
「…分かりました。場所は……」
祐に動いてもらうことに罪悪感を覚えていると、電灯が点滅し始めた。
場所を告げている間にも、その点滅が続いている。
点滅の間隔が早まると、最後は光が散って部屋に暗闇が訪れた。
「おい! なんなんだよ、これ! なあ!?」
「私に聞いても分かる訳ないでしょう! 大体、あんた達が……」
男子と山崎が大きな声を張り上げて、口論をし始めた。
暗闇の中で扉を叩く音が響き、それが皆を更に恐怖へと駆り立てる。
「萌香ちゃん! 何があったの!?」
「…電気が…消えました……」
ありのままを伝えることしかできなかった。
祐は電話口からでも分かるぐらい、言葉が喉で詰まっている。
「かなり不味い……。光がなければ、やつらの独壇場だ。
何でもいい。懐中電灯とかでも良いから、先ずは部屋を明るくして」
祐の言葉に応じる言葉を口にしようとした時、周りの壁からも叩く音が響いてきた。
「な、なん、なんだよ、これ……。これは!?」
男子が恐怖に押しつぶされまいとして大声を上げたのだろう。
顔は完全に恐怖に飲まれている。
「…皆、何か…光る物を。…それを光らせたら、多少は……」
「わっ、分かった。おい、皆、ライターとか何か持ってるだろ?」
私の言葉に顔が引きつった二宮がすぐに対応してくれた。
先ずは男子が持っていたライターの火を点ける。
微かな光だが、叩く力が少し弱まった気がする。
懐中電灯や携帯をライトモードに変えて、部屋の中が見える程度には明るくした。
「…祐さん、少し弱まりました。…次は…どうしたら……?」
「よし、できるだけそのままを維持して。俺が渡したバッグあったでしょ?
それの一番下を探って」
祐の言葉に従い、黒いエコバックの中身を全部広げた。
その中に袋で包まれた何かが入っていた。
「…これって……?」
「聖光筒と聖別した塩、戻火花火を入れておいた。
山の奥って言ってたから、用心のためにね」
あれだけの話を聞いただけで、ここまで気を使ってくれた。
祐の優しさに感謝の気持ちでいっぱいになってしまう。
「…祐さん、ありがとうございます……」
「いや、これを使って何とかするのが萌香ちゃんの仕事だ。
どれも死霊を追い払うのには効果的だけど、死霊に入られた人が問題だ」
「…どうしたら…いいんでしょうか……?」
「聖光筒を間近で浴びせて、あとはコマちゃんの突風があれば消せると思う」
祐の話を聞いて、すぐに実行に移せると思った。
コマを使うのは容易になっているし、聖光筒の使い方も心得ている。
「…分かりました。…やってみます……」
「待って! 聖光筒を使えば、憑りつかれた人は逃げてしまう。
最悪、行方不明になりかねない……」
力が強すぎると、死霊を消すだけでなく、憑りつかれた人まで追い払うことになる。
それでは使うことはできない。
「萌香ちゃん、死霊は光に弱い、それを利用してやつ等を…………」
「祐さん!? 祐さん!?」
呼びかけた後に流れたのは、無常にも電話が切れた音だった。




