好きな食べ物は人それぞれ
処分屋 守屋祐の怪異譚
『出会いのお話』と『求められる怪異』の間の話です。
ある物に親しみを感じ、それを好むことを嗜好と言う。
特に食べ物に対して使われることが多く、それを特に好んでいる場合に用いられる。
人それぞれで嗜好は違う。
食べ物の好みなど人と違って当然のことである。
家庭的な料理からファーストフードまで、この世の中には料理で溢れている。
その料理は他の種の生命を元に作られているものだ。
それは動物だろうが植物だろうが野菜だろうが等しく、その命を奪って食している。
ただ、そんな生命体を食べる人間が食べることを忌避するものがある。
同じ人間を食する事だ……。
人肉嗜食は多くの国々でかつては見受けられていた。
その意味は死者の思いを汲み取るためなどの宗教的な考えが多い。
だが、現在では基本的には認められてはいない。
人肉嗜食は同族食らいだ。同じ種族のもので何ら理由もなく食らうというのは珍しいことだ。
一般の人からは忌避される人肉嗜食。
その狂気に隠れる怪異は何を求め、何をするのか。今回はそんな話をしよう。
・ ・ ・
7月上旬
祐は光本家にて休息を楽しんでいた。
相変わらずじゃれてくる秋斗を適当にあしらいつつ、また飛び掛かってくるその姿がとても愛おしい。
帰ってくる度に自分の家族というものを認識させてくれる。
「2人共、うるさい。祐~、騒ぐんなら秋斗をどっかに連れてってやりなさいよ」
真理奈が面倒そうな顔をして、俺達に言ってきた
そう言いたくもなるだろうと思う程、じゃれていたのだろう。
「いいじゃないですか。子供はこうして大きくなっていくもんなんでしょ?
折角の弟との触れ合いを邪魔、」
「え! 祐兄ちゃん、どっか連れてってくれんの!?」
真理奈との会話の途中に目を輝かせながら秋斗が割り込んできた。
弟のこの顔を見せられれば、嫌とは言えない。
「いいだろう。優しきお兄様が遊びに連れて行ってやろう。
で、どこが良い? あんまり遠い所は嫌だぞ?」
「え~。じゃあ、新しくできた10カウントに行こうぜ。遊べるもんばっかだし」
我ながら酷い条件を付けたところ、秋斗は良い提案をしてくれた。
10カウントは入場料さえ払えば、ゲームから面白スポーツや遊具など多種の遊びを楽しめる。
楽しみ尽くして立てなくなるから、10カウントなのか?
「よし、よかろう。では、準備して来い!」
俺が秋斗の部屋に向けて指をさすと、喜び勇んで走りだした。
「祐、ありがとね。あたしじゃ、あんまり構えないからさ」
「いいんですよ。秋斗が俺と楽しんでくれる。それが堪らなく嬉しいんですから」
家族との触れ合いが本当に嬉しい。自分を受け入れて、求めてくれているのだから。
「ありがと。じゃ、よろしくね、お兄ちゃん」
「はい、お母さん。あ、昼ごはんは俺と秋斗で食べてきますから」
「それは助かるねぇ。じゃ、あたしは適当に済ませられるね」
楽しそうな笑顔に母の優しい笑顔が合わさって俺を見ている。
これも家に帰ってきた時の楽しみだ。
秋斗と10カウントで遊び、途中で退場届けを出し、昼食に向かった。
さて、何を食べるのが良いのだろうか? 秋斗の好みを把握していない。
「なぁ、秋斗は昼飯に何が食いたい?」
「俺、マクダネルで食べたい! 普段、お母さん食べさせてくれないからさぁ」
秋斗は本当に食べたかったのだろう。ファーストフードの味付けは子供心をくすぐるものが多い。
ただ、真理奈は栄養の偏りを考えてかもしれない。
事実、秋斗は肉ばっかり食べている。まあ、子供の時の嗜好とはそんなものだ。
秋斗とハンバーガーとポテトを貪って、改めて10カウントで遊びに興じた。
夕方前には、俺が先にノックアウトさせられた。
まだ遊び足りなさそうな秋斗を引きずって、家に帰ることにした。
家に到着した頃には陽も沈み掛かっていた。
子供の頃に外で遊び尽くした子供達の見る光景のようだと1人で思う。
そんな悦に浸っている横で、秋斗は家に猛然と走って行った。
家に入りキッチンに向かうと、真理奈と楓が並んで料理をしていた。
微笑ましい。この光景も帰って来た時の楽しみだ。
「あ、お兄ちゃん、お帰り。秋斗と遊びに行ったんでしょ? 私も行きたかったなぁ」
「じゃ、今度帰った時に行こうか。女の子の好きな場所は知らないから、ちゃんと候補を調べといてね」
楓が少し羨ましそうな声だったので、嬉しくて安請け合いをしてしまった。
ただ、俺の言葉で柔らかい笑顔を楓は見せてくれたので良しとしよう。
「ちょっと祐、秋斗をファーストフードに連れてったんだって? あの子、ただでさえ野菜を食べないのに」
「まぁまぁ。今日は無理やり口の中にねじり込みましょう。それで勘弁してください」
真理奈が母らしい悩みとため息と吐いていたので、責任は俺にあるとした。
真理奈と楓が作った料理が食卓に並ぶと、夕飯が始まった。
約束通り嫌がる秋斗の口を開かせ、野菜をねじ込む。
苦々しい顔をしながら食べている顔が微笑ましかった。
「いやぁ、やっぱり楓ちゃんが作る料理は最高だね。嗜好の一品と言ってもいいぐらいさ」
「ありがとう、お兄ちゃん。秋斗は薄味だってうるさいんだけどね」
楓の作った料理は優しい家庭の味だ。子供の舌には少し物足りないのだろう。
「あんた、あたしも作ってること忘れてない?」
「ああ、それも少しはありますね。でも、楓ちゃんの思いと味が勝ってますよ?」
不機嫌そうに言ってきた真理奈に、茶化した返しをすると皆で声を上げて笑った。
この空間も家族だから作られる温かい空間だと思った。
翌日は朝食を食べると早々に光本家を後にした。
里帰りも目的だったが、もう一つの目的を達成する為だ。
目的とは紅茶のお酒を仕入れることだ。
シュタルクがインターネットで興味深そうに見ていたので、買おうと思ったのだ。
インターネット通販もしてなく、数量限定なので朝早くに出たのだ。
天野原へ帰る道からだいぶ離れた山にある工場で紅茶のお酒をゲットした。
シュタルクだけだとリリエールがうるさそうなので、ワインカクテルの香りのする紅茶葉を買った。
マゴロクは普段から飲んでいるので買わない。
お酒を仕入れて上機嫌で山道のワインディングロードを緩やかに進んでいると、車線上に急に車が見えた。
ブレーキを思いっ切り踏むとタイヤのゴムの擦れる音が山に響いた。
衝撃がなかったという事は衝突はしなかったようだ。
顔を上げると、1人の女性がこちらに駆け寄ってきた。
女性は心配そうな顔をしてこちらに近づいて来たので窓ガラスを下げた。
女性を見ると、肩に付きそうな直毛と、勝気な目、口元も引き締まって見える。
掛けているメガネと着ているタイトなスーツが余計に女性を強く見せる。
そんな女性が心配そうな顔をしているのだ。
まあ、見たままの状況なのだろうが……。
「すいません、お怪我はありませんでしたか?」
思った通りというか、落ち着いた声をしている。
ただ、申し訳ない気持ちの方が勝っている。
「ええ、大丈夫ですよ。車の故障ですか?」
「そのようで……。ご無事なようで安心いたしました。申し訳ありませんでした」
女性の安堵の声と、凛とした響きが耳に心地よい。
力強さと人を思える心を持つ人なのだろう。
「ロードサービスとかは頼まれましたか?」
「はい。もうしばらく掛かるようですが」
「では、私も車の誘導をお手伝いしましょう」
「い、いえ、そんなご面倒なことは」
女性はいぶかしんでいるようではない。単純に気を使っているだけなのだろう。
ただ、ここはカーブの先だ。
急に車が出てくるので三角停止表示板などを置いておかなければ、二次被害にも繋がりかねない。
あとは車にはねられない場所から故障車があることを体を使って伝えれば大丈夫だろう。
「まぁ、他の人に被害が出るかもしれませんからね。私はスペースが広い路側帯に停めてきますので」
「あの、ありがとうございます。本当に助かります」
女性の綺麗なお辞儀を見終えると、頷いて車を動かした。




