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処分屋 守屋祐の怪異譚・『追』  作者: アラタナ ナナシ
初恋は甘くてほろ苦い
21/42

輝いた時を描く

 いつも通り、昼過ぎに学校の教材室に行った。


 「お。相変わらず時間通りにいつも来るね」

 「遅刻したら怒るだろ? それに今日は大事な日だしね」

 小夜が楽しそうに言ってきたので、軽い口調で返した。

 でも、大事な日との言葉には少しだけ力が入った。


 小夜の描きかけのキャンバスを画板立てに乗せる。

 改めて、その絵からは学校にいる人達の強い思いが輝きを放っている。

 俺はこの中に小夜の思いを込めるんだ。


 絵具と筆を用意する。椅子をキャンバスの前に置いて、座る。


 「で、どこにどう描けば良いの?」

 「ん~、実は考えてなかったんだぁ」

 「えっ? じゃあ、完成させようがないじゃん」

 考えてなかったって。じゃあ、何が未完成なのか分からない……。


 「あ、祐が考えてよ。それが良い、そうしよう」

 「高速で逃げないでよ。せめて2人で考えない?」

 まさかまさかの俺へ丸投げをしようとした。

 そうはさせまいと、当たり前の提案を小夜に返した。


 「え~……。祐はさ、この絵が輝いているって言ったじゃん。それをもっと輝かせてみたら?」

 「それって、皆をもっと輝かせろってこと?」

 「そうそう。そんな感じでいこ~」

 なんというアバウトな提案を小夜は寄こしてきた。

 輝きと言われても……。


 俺にとって、この絵は輝きに満ちている。

 その輝きに手を出すと、この輝きを曇らせる気がする。

 何度も絵を見るが、そうとしか思えない。


 俺が悩んでいるのが分かったのか、小夜も俺の顔の横に並んで絵を見ている。

 その横顔がとても綺麗で愛おしくて……。恥ずかしくなって、目を絵に戻した。


 その時に分かった。

 輝きを足すんじゃない。輝きを加えるんだ。


 絵具を混ぜて筆を付ける。

 筆を上げた先は…教材室だ。


 外から見れば本当に小さな絵の一部にしかならない。

 それでも俺達はここで一生懸命にやった。

 誰にも知られない場所で、誰からも賞賛されないことでも、2人で一生懸命にやった。


 最初は小夜の願いを叶えたいと思っていた。

 でも、今は違う。この絵に輝きを加えるのは俺の願いでもあるんだ。

 小夜の願い、俺の願い……。2人の願いを筆に乗せて、輝きをキャンバスの世界に加える。


 描き終えると、描いた時間は長いものではなかった。

 それでも描いていると小夜との思い出と気持ちが溢れてきた。

 それもキャンバスに込めたと思う。


 キャンバスには俺と小夜が、教材室で悪戦苦闘している姿が小さく見える。

 それは小さく絵の一部だけど、他のどの輝きよりも輝いて見える。


 「…小夜、これでどうかな?」

 横にいる小夜に顔を向ける。その顔を見て驚いた。

 小夜の目から涙が流れ落ちていたから……。


 「えっ!? どうしたの? 不味かった?」

 もしかして、自分の自己満足を小夜の絵に加えてしまったのかもしれない。

 そうであれば俺は取り返しのつかないことをしてしまった。


 気持ちが暗くなっていきそうになった時、小夜は首を横に振った。

 絵を見つめる度に首を横に振った。


 「これ…、これが欲しかった……。これが欲しかったんだ!」

 小夜は小さな声から歓喜の声へ変わっていった。

 

 「祐、これだよ! この輝きが欲しかったの! これだったの……」

 「良かった、安心したよ~。これで間違ってたらどうしようかと、」

 安心して胸をなで下ろしていた時、小夜の上から綺麗な光が見えた。

 これって、もしかして……。


 「小夜! もしかして、」

 「…ごめんね……。…本当は言わなきゃって思ってたんだけど……。

 私もあんまり覚えてないけど、死んじゃったみたいなんだぁ。

 で、気付いたらこの部屋にいたの……。そこにある絵の前に……」

 死んでいた? そんなことって……。俺は、俺は……。


 「そんな時に祐が来てくれたの。

 私の話を聞いてくれて、私と一緒に頑張ってくれて……。

 自分が死んだことを忘れるぐらい楽しかったんだよ? 本当に……。

 私が欲しかったのは絵の完成なんかじゃない。

 誰にも負けないような輝きを作りたかったんだ…って」

 「ま、待って、待って! まだ…まだ、これ以上の輝きを作ろうよ! 作れるよ!」

 満足して欲しくない。これで終わりだなんて思いたくない。


 「ありがとう。でも、満足しちゃったんだ。私のお願いを聞いてくれて……。

 祐が私の為に…私の為だけに一生懸命にやってくれて……。

 2人で同じ時間を過ごして、同じ思いをしてくれて……」

 「そん…なのは嫌だ! まだ満足しないでよ! これからも同じ時間を過ごそうよ!」

 俺は小夜の気持ちを無視している。それでも…、それでも一緒にいたいんだ。


 「うん、そうしたかった。毎日が本当に楽しくて、輝いてて……。

 こんな日が続けばって……。でも、ダメみたいだね。私は行かないとダメみたい」

 小夜から伸びている天の鎖は太い。天国に行くのは分かっている。

 それでも……。天国に行くとしても、俺は一緒にいたい、傍にいたい。それなら……。


 「俺は…、俺は……。俺も楽しかった! 毎日が輝いていた! 小夜をもっと見たかった!

 だから…だから! 俺も絶対、天国に行くから! 行くから…また絵を教えて!

 今度はもっと…もっと小夜を可愛く描くから! だから……先に行って待ってて!」

 止められないなら、止めない。でも、まだ先がある。きっとあるから、次に会う時まで……。


 「うん。絶対、可愛く描いてよね。もっと厳しく指導するから、覚悟しててね。

 それまでは…絵を描かないでね。教える楽しみが減っちゃうから。

 あと…2人で頑張った絵…大事にして。私達が輝いた証だから……」

 小夜の言葉に何度も頷いた。誰よりも可愛く描く、厳しくても構わない。

 俺達が頑張った絵の輝きよりも、何倍も輝かせてみせる。


 「…分かった。大事にするよ、2人で完成させたんだから。

 あと…俺が描いた小夜の絵だけど……。一緒に大事にするね。

 あれは俺の思いで描いたものだけど…小夜が笑っているから……」

 俺の思いで埋め尽くされた小夜の絵。それにも小夜の思いがこもっている。


 「ありがとう……。それじゃ、先に行ってるね。

 あ! あんまり早く来ちゃダメだからね。ちゃんと人生を楽しんでから会おうね。

 はい、約束。…私ね、祐のこと…………」

 小夜は最後の言葉を言い終えることなく、光の中へ消えていった。

 多分、言いたかったことは分かる。それなら……。


 「約束、守るよ。俺もね、小夜のこと…好きだよ……」


    ・   ・   ・


 冷めきったコーヒーを喉に流し込んだ。


 今、思い出すと甘い思い出だ。

 ただ、このコーヒーのようにほろ苦い思いもさせてくる。


 「そないな話があったんやなぁ……。お前も意外にできる男やったんやな」

 三善が笑顔で茶化すように言ってきた。

 今まで話す切っ掛けがなかったから、仕方がないが。


 「祐さんはその人を幽霊って、分からなかったですか?」

 「人間も怪異もどっちもハッキリと見えたし、触れることもできたからね。

 その時はそこまで嗅ぎ分けられる力は習得してなかったんだ」

 もし持っていたら、俺はどうしたのだろうか……。

 多分、あそこまでの思いは持たなかっただろう。


 「ま、俺も人並み…とは言えないけど、初恋は経験していた訳さ」

 「まあ、幽霊っちゅうところが祐らしいなぁ」

 三善の言葉に皆で笑ってしまった。

 言われればそうかもしれないが、酷い言葉だ。


 「初恋がどうかしたんですか?」

 きゃー! うるわしき天使が輝きを放って俺の前に降臨した。


 「円さん、祐さんの初恋の話をしてたんです。ねぇ、祐さん?」

 天がいることを失念していた。完全に緩んだ顔を見られた。

 恐ろしい目で俺を見ている。


 「そ、そうそう。あ、円ちゃんは初恋って覚えてる? 今、皆で盛り上がっててさ」

 知りたい話ではあるが、今は真っ先にこの状況を変える為に無茶ぶりをした。


 円が考え込んでいる間に、俺も過去に思いを馳せる。


 小夜は幽霊だった。それは悲しい事実だ。

 それでも俺達が2人で作った輝いた時間も、また事実なんだ。


 小夜の言う通り、俺は人生を楽しんで輝いた時間を作る。

 その輝いた時間を小夜に伝えよう。そして、また2人で輝く時を描こう。

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