輝いた時を描く
いつも通り、昼過ぎに学校の教材室に行った。
「お。相変わらず時間通りにいつも来るね」
「遅刻したら怒るだろ? それに今日は大事な日だしね」
小夜が楽しそうに言ってきたので、軽い口調で返した。
でも、大事な日との言葉には少しだけ力が入った。
小夜の描きかけのキャンバスを画板立てに乗せる。
改めて、その絵からは学校にいる人達の強い思いが輝きを放っている。
俺はこの中に小夜の思いを込めるんだ。
絵具と筆を用意する。椅子をキャンバスの前に置いて、座る。
「で、どこにどう描けば良いの?」
「ん~、実は考えてなかったんだぁ」
「えっ? じゃあ、完成させようがないじゃん」
考えてなかったって。じゃあ、何が未完成なのか分からない……。
「あ、祐が考えてよ。それが良い、そうしよう」
「高速で逃げないでよ。せめて2人で考えない?」
まさかまさかの俺へ丸投げをしようとした。
そうはさせまいと、当たり前の提案を小夜に返した。
「え~……。祐はさ、この絵が輝いているって言ったじゃん。それをもっと輝かせてみたら?」
「それって、皆をもっと輝かせろってこと?」
「そうそう。そんな感じでいこ~」
なんというアバウトな提案を小夜は寄こしてきた。
輝きと言われても……。
俺にとって、この絵は輝きに満ちている。
その輝きに手を出すと、この輝きを曇らせる気がする。
何度も絵を見るが、そうとしか思えない。
俺が悩んでいるのが分かったのか、小夜も俺の顔の横に並んで絵を見ている。
その横顔がとても綺麗で愛おしくて……。恥ずかしくなって、目を絵に戻した。
その時に分かった。
輝きを足すんじゃない。輝きを加えるんだ。
絵具を混ぜて筆を付ける。
筆を上げた先は…教材室だ。
外から見れば本当に小さな絵の一部にしかならない。
それでも俺達はここで一生懸命にやった。
誰にも知られない場所で、誰からも賞賛されないことでも、2人で一生懸命にやった。
最初は小夜の願いを叶えたいと思っていた。
でも、今は違う。この絵に輝きを加えるのは俺の願いでもあるんだ。
小夜の願い、俺の願い……。2人の願いを筆に乗せて、輝きをキャンバスの世界に加える。
描き終えると、描いた時間は長いものではなかった。
それでも描いていると小夜との思い出と気持ちが溢れてきた。
それもキャンバスに込めたと思う。
キャンバスには俺と小夜が、教材室で悪戦苦闘している姿が小さく見える。
それは小さく絵の一部だけど、他のどの輝きよりも輝いて見える。
「…小夜、これでどうかな?」
横にいる小夜に顔を向ける。その顔を見て驚いた。
小夜の目から涙が流れ落ちていたから……。
「えっ!? どうしたの? 不味かった?」
もしかして、自分の自己満足を小夜の絵に加えてしまったのかもしれない。
そうであれば俺は取り返しのつかないことをしてしまった。
気持ちが暗くなっていきそうになった時、小夜は首を横に振った。
絵を見つめる度に首を横に振った。
「これ…、これが欲しかった……。これが欲しかったんだ!」
小夜は小さな声から歓喜の声へ変わっていった。
「祐、これだよ! この輝きが欲しかったの! これだったの……」
「良かった、安心したよ~。これで間違ってたらどうしようかと、」
安心して胸をなで下ろしていた時、小夜の上から綺麗な光が見えた。
これって、もしかして……。
「小夜! もしかして、」
「…ごめんね……。…本当は言わなきゃって思ってたんだけど……。
私もあんまり覚えてないけど、死んじゃったみたいなんだぁ。
で、気付いたらこの部屋にいたの……。そこにある絵の前に……」
死んでいた? そんなことって……。俺は、俺は……。
「そんな時に祐が来てくれたの。
私の話を聞いてくれて、私と一緒に頑張ってくれて……。
自分が死んだことを忘れるぐらい楽しかったんだよ? 本当に……。
私が欲しかったのは絵の完成なんかじゃない。
誰にも負けないような輝きを作りたかったんだ…って」
「ま、待って、待って! まだ…まだ、これ以上の輝きを作ろうよ! 作れるよ!」
満足して欲しくない。これで終わりだなんて思いたくない。
「ありがとう。でも、満足しちゃったんだ。私のお願いを聞いてくれて……。
祐が私の為に…私の為だけに一生懸命にやってくれて……。
2人で同じ時間を過ごして、同じ思いをしてくれて……」
「そん…なのは嫌だ! まだ満足しないでよ! これからも同じ時間を過ごそうよ!」
俺は小夜の気持ちを無視している。それでも…、それでも一緒にいたいんだ。
「うん、そうしたかった。毎日が本当に楽しくて、輝いてて……。
こんな日が続けばって……。でも、ダメみたいだね。私は行かないとダメみたい」
小夜から伸びている天の鎖は太い。天国に行くのは分かっている。
それでも……。天国に行くとしても、俺は一緒にいたい、傍にいたい。それなら……。
「俺は…、俺は……。俺も楽しかった! 毎日が輝いていた! 小夜をもっと見たかった!
だから…だから! 俺も絶対、天国に行くから! 行くから…また絵を教えて!
今度はもっと…もっと小夜を可愛く描くから! だから……先に行って待ってて!」
止められないなら、止めない。でも、まだ先がある。きっとあるから、次に会う時まで……。
「うん。絶対、可愛く描いてよね。もっと厳しく指導するから、覚悟しててね。
それまでは…絵を描かないでね。教える楽しみが減っちゃうから。
あと…2人で頑張った絵…大事にして。私達が輝いた証だから……」
小夜の言葉に何度も頷いた。誰よりも可愛く描く、厳しくても構わない。
俺達が頑張った絵の輝きよりも、何倍も輝かせてみせる。
「…分かった。大事にするよ、2人で完成させたんだから。
あと…俺が描いた小夜の絵だけど……。一緒に大事にするね。
あれは俺の思いで描いたものだけど…小夜が笑っているから……」
俺の思いで埋め尽くされた小夜の絵。それにも小夜の思いがこもっている。
「ありがとう……。それじゃ、先に行ってるね。
あ! あんまり早く来ちゃダメだからね。ちゃんと人生を楽しんでから会おうね。
はい、約束。…私ね、祐のこと…………」
小夜は最後の言葉を言い終えることなく、光の中へ消えていった。
多分、言いたかったことは分かる。それなら……。
「約束、守るよ。俺もね、小夜のこと…好きだよ……」
・ ・ ・
冷めきったコーヒーを喉に流し込んだ。
今、思い出すと甘い思い出だ。
ただ、このコーヒーのようにほろ苦い思いもさせてくる。
「そないな話があったんやなぁ……。お前も意外にできる男やったんやな」
三善が笑顔で茶化すように言ってきた。
今まで話す切っ掛けがなかったから、仕方がないが。
「祐さんはその人を幽霊って、分からなかったですか?」
「人間も怪異もどっちもハッキリと見えたし、触れることもできたからね。
その時はそこまで嗅ぎ分けられる力は習得してなかったんだ」
もし持っていたら、俺はどうしたのだろうか……。
多分、あそこまでの思いは持たなかっただろう。
「ま、俺も人並み…とは言えないけど、初恋は経験していた訳さ」
「まあ、幽霊っちゅうところが祐らしいなぁ」
三善の言葉に皆で笑ってしまった。
言われればそうかもしれないが、酷い言葉だ。
「初恋がどうかしたんですか?」
きゃー! うるわしき天使が輝きを放って俺の前に降臨した。
「円さん、祐さんの初恋の話をしてたんです。ねぇ、祐さん?」
天がいることを失念していた。完全に緩んだ顔を見られた。
恐ろしい目で俺を見ている。
「そ、そうそう。あ、円ちゃんは初恋って覚えてる? 今、皆で盛り上がっててさ」
知りたい話ではあるが、今は真っ先にこの状況を変える為に無茶ぶりをした。
円が考え込んでいる間に、俺も過去に思いを馳せる。
小夜は幽霊だった。それは悲しい事実だ。
それでも俺達が2人で作った輝いた時間も、また事実なんだ。
小夜の言う通り、俺は人生を楽しんで輝いた時間を作る。
その輝いた時間を小夜に伝えよう。そして、また2人で輝く時を描こう。




