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処分屋 守屋祐の怪異譚・『追』  作者: アラタナ ナナシ
初恋は甘くてほろ苦い
20/42

2人の思いを手に乗せて

 小夜が手を向けたキャンバスに顔を向け、小夜に顔を向きなおした。


 「どゆこと?」

 「絵はまだ途中って言ったでしょ?」

 確かに小夜は言った。

 その絵を完成させる為に、俺に手伝えと言っているのか?


 「…言いづらい事なんだけどさぁ」

 「何かあるの?」

 「俺、美術3なんだけど」

 ハッキリ言って美的センスはない。

 与えられた課題を何とかこなしているだけだ。


 俺の発言を聞いて、小夜は少し引いていた。

 その姿を見て、若干傷ついた。


 「ま、まぁ、そこら辺は練習したら何とか」

 「なるとは思えないけど?」

 不安の色を隠せない小夜に対して冷たく言った。


 「他の美術部員の人にお願いしてみたら? それが確実じゃない?」

 当たり前のことを言ってみた。

 俺に頼るより他の部員に頼めば間違いなく、良い作品ができる。


 「実はねぇ……。私……美術部員じゃないの」

 テヘッとでも言わんばかりの笑顔を最後に見せた。

 美術部じゃないのに絵を描いているのか?


 「じゃあ、何で絵を描いたの? 美術部に入れば、色々と便利じゃないの?」

 「そうだねぇ……。その通りなんだけどさぁ……」

 小夜の声に少しだけ寂しさが混じっていた。

 絵を描いているのに入っていない。何か理由があるのだろう。


 でも、部活に入らなくても小夜は絵を描いた。

 人の輝きをキャンバスに描いたんだ。

 描きたい思い……。一生懸命に描いたから、こんなに輝いて見えるんだと思う。


 俺にもできるのか……? 小夜のように力強い思いを込めて筆が振るえるのか……?

 分からない……。分からないけど、小夜の思いを俺の手に乗せたい気がする。

 

 「分かった、手伝うよ。でも、ちゃんと教えてよね?」

 「やったぁ~。祐は話が分かるねぇ。しっかり教えるから安心して」

 「できれば、お手柔らかにね」

 「それは無理。はい、がんばろ~。とりあえず画材を調達しよっか」

 俺の願いは却下された。それでも頑張ろうと決めた。

 俺にできる一生懸命なことをするために。


    ・   ・   ・


 白球の音がグラウンドから響く中、教材室で描き方のレッスンが厳しく続いた。


 「はい、違~う。もうちょっと筆のタッチは柔らかく」

 「はい、先生」

 「う~ん、そこは最後に軽く力を入れた方が良いかも」

 「はい、先生」

 もう何週間になるだろう。

 夏休みに突入して、レッスンは更に過酷なものになった。


 前は放課後だけだったが、今は昼から夕方までだ。

 流石に疲れるが、小夜はそれ以上に疲れていると思う。


 確かに自分で見ても、前より描き方は上手にはなっている。

 ただ、小夜のように綺麗なものではない。


 「ほらほら、手が止まってるぞぉ」

 「はい、先生」

 またキャンバスに油絵具を色鮮やかに重ねていく。


 その色はとても綺麗だ。でも、これではただの絵具の色でしかない。

 描き方は教わっても、それを俺は使いきれていない。


 小夜から見れば稚拙な物しか描けないと思う。

 でも、今の自分の一生懸命を描いてみたい……。


 「…ねぇ、ちょっといい?」

 「え? ダメ。…嘘、どしたの?」

 「俺も…俺が描いても良いかな?」

 小夜のお願いを一時的に放り出すことになる。

 それでも、今の気持ちで描きたい。


 「良いよ。今の祐の描きたいように描いてみて」

 「ありがとう。じゃあ、小夜が…モデ…ル…で……」

 口を途中で止めることができなかった。


 思っていたことではあった。でも、風景でも何でも良かったはずだ。

 なのに、真っ先に描きたいと思ったのは小夜だった。


 小夜を恐る恐る見ると、悩んでいる。

 いや…、嫌がっているのかもしれない。

 嬉しくないんだ。それは俺だからだと思う……。


 「よし。じゃあ、可愛く描いてね」

 小夜の声が耳を通して心まで届いた気がした。

 俺に描かせてくれる。

 きっと酷い絵になるだろう。それを受け入れてくれた。


 「ありがとう。頑張るよ、可愛く…は難しいかもしれないけどね」

 「私を描くんだから、それは必須。はい、今度は祐が先生ね」

 小夜が椅子に腰かけて、俺の方を向いた。

 少し照れくさそうな笑顔を見せながら。


 俺も照れくさくなってしまう。

 それでも小夜を描きたい。小夜の思いを俺の手に乗せるために……。

 俺の手で小夜を描いて、その思いを…俺の一生懸命の思いを更に乗せる。


 小夜の顔を見据えながら、キャンバスに思いを描く。

 時々、小夜は笑顔で吹き出している。

 それを見て更にその思いをキャンバスに乗せていく。


 俺の思いが少しずつ、確実にキャンバスを埋め尽くしていく。

 こんなキャンバスでは収まりきらない思いが次々と溢れてくる。


 俺の思いによってキャンバスが染まりきった時、教材室に夕陽が刺し込んでいた。


 本当はもっと色々と考えながら描きたかった。

 それでも描きはじめると止まらなかった。

 小夜を俺の思いのまま、目の前に座っている…俺の目を見てくれている小夜を描き尽くしたかったんだ。


 「終わったみたいね……。それじゃあ、採点タイムといこ~」

 「え、え、あ、ちょっと待って。まだ手直しする所が」

 こちらに向かってくる小夜を止めようと、何とか言ってはみたが無視された。


 小夜は俺の描いた絵を品定めするように見ている。

 その反応が怖くて、自分で描いた絵から目を逸らした。

 

 …何も言ってこない小夜が気になって見てみると、絵を見ながら微笑んでいた。

 

 「私、こんな顔してた?」

 優しく穏やかな声で俺に聞いてきた。


 「うん……。俺にはそう見えた」

 描いたのは小夜の俺を見据えた顔ではない。

 俺に向けてくれた笑顔を描いた。

 人から何を言われても、俺にとっての小夜はこの顔だ。


 「そっか。可愛く描けたじゃん。よし、明日、絵を完成させよっか」

 「えっ? 良いの? まだ上手くなってないよ?」

 「もう十分……。祐の一生懸命な思いが、私の絵に乗るから……」

 俺の一生懸命な思いが小夜の絵に乗る。

 小夜が認めてくれたんだ。俺のできる最大限の思いを込めてみせる。

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