罪と終わらない罰
萩原が伝えてくれた力の詳細を聞いて、悪魔の力を持っていることを確信した。
「萩原さん、その力はあなたが苦しんで辛い時に、相手に憂さ晴らしのように力を向けることができる。そう考えてもよろしいでしょうか?」
おそらくはそうであるはずだ。自分の苦しみを不幸に変えて、相手に投げつける。投げつけられた相手は、不幸を背負い、人生が狂うかもしれない。
「その通りです。自分の苦しみを変化させて、人に与える。苦しみは何かに変化させれば、私からなくなります」
更にすごい話になってきた。苦しみから逃れる方法があると知れば、嫌でも使いたくなる。
そして、誰かに何かを与える時にどうするか……。普通は嫌いなやつなどに不幸を与えるだろう。
何故なら、自分に何も与えないからだ。
自分が不幸にならないと、使えない力。
不幸で苦しんでいる時、その苦しみを取り除く為に力を使う相手は限られるだろう。
だが、萩原は違った。その苦しみを幸せに変えて人に与えたのだ。
おそらくだが、苦しければ苦しい程に、その力は高まるだろう。
それは萌香達がファミレスで中年女性が話した内容からも分かる。
すぐには治せない者もいれば、早くに治せた者もいる。
これは萩原自身が何らかの不幸や苦しみを背負わないと力が使えないからだろう。
「あの、すごく言いづらいのですが、あなたは苦しみを変化させて与えるまでは苦しいんですよね?
なのに、人を救う為に使う……。それはとても信念がいることで、尊敬もできます。
ただ、その力を自分の為に使わなかった。それは何かがあっての話ですか?」
もしも、自分にそんな力があれば、悪い事に使う可能性がある。
だが、萩原は違った。悪しき力を善に変えているのだ。
「…私には妻と娘がいました。…いたんです。2人は不慮の事故で亡くなりました……。
私はその時、怒りや悲しみに捕らわれて、苦しみに悶えていました……。
その苦しみに私は耐えきれず、すぐに子供達を怒鳴ったり、脅したりしていた老人に向けて投げつけました」
愛する者を同時に失った萩原には、抱えきれない不幸だったのだろう。
そして不幸のはけ口の方法を持つ萩原は、それをそのまま与えた。
「私が不幸を与えた老人が数日後、1人で事故を起こして死にました。
私はその死に満足している自分がいて驚きました。
それと同時に、妻と娘を失った悲しみや苦しみがなくなったことにも驚きました。
私は自分の満足と引き換えに、妻と娘を思って苦しんだ気持ちを捨ててしまったのです……」
苦渋に満ちた表情で萩原は語った。
愛する者の為に流した涙、嘆き、苦しみ、そしてそれらを生み出した愛を1つの不幸として固めた。
気付けば、死んだことに対して何も思わなくなった自分に恐怖しただろう。
愛する者へ最後に思った感情を…それが悪くても、思いを失くしたのだ。
「ありがとうございました。言いづらいことを聞いてしまいまして……」
「いえ……。未だに妻と娘を失った苦しみを感じないんです。私は人として大切な何かを失ったんでしょう」
本来であれば、口に出せばその時の光景によって、心は少なからず傷つく。
だが、その時の思いの全てがなくなっている萩原には、他人事のように感じるのだろう。
その時、部屋の外から叫び声が上がった。
萩原がすぐに部屋を飛び出し、その後を追うように俺と萌香も部屋を出た。
そこには、1人の初老の男性が仰向けに倒れていた。
「皆さん、何があったのですか?」
萩原が周りの信者に声を掛けた。
「き、急に頭が痛いって言って……。そしたら、倒れちゃって」
信者の女性が言った。頭が急に痛くなった……。
脳梗塞や脳溢血の類かもしれない。早く対応をせねば。
「すぐに救急車を呼びます。体を動かさないようにしてください」
周りの信者達に声を掛け、すぐに消防署に連絡を入れる。
住所や容態など、分かる限りのことを伝えて電話を切った。
脳関係は時間との勝負だ。
できるだけ早く来てくれることを祈るしかない。
そう思っていると、萩原が奥の部屋に入って行くのが見えた。
少し気になった。いや、少しではない。
すぐに奥の部屋に向かった。
部屋に飛び込むように入ると、萩原が何かの瓶を手にしていた。
間違いない……。萩原は自分の力を使おうとしている。
「萩原さん、あなたはその薬で自分を苦しめようとしていませんか?」
「…こうしなければ、彼にもしものことがあるかもしれません……」
「例え、そうだとしても、そんなことを続けていればあなたの身が!」
「分かってます! 分かってます……。でも、私は妻と娘への思いを捨てたような男です。
もう…もう誰のことも忘れたくない! 失いたくないんです!」
萩原が意を決して、複数の錠剤を飲んだところまでは見た。
救急車へと初老の男性が運ばれて行く。
それと一緒に萩原も治療を受けながら、救急車に乗り込んでいた。
救急隊員の話によれば、薬物の過剰摂取によって意識がもうろうとしているらしい。
ただ、胃洗浄をすれば何とかなるような声も聞こえたので、命に別状はなさそうだ。
萌香に目を向け、目が合ったことを確認し、外へ向かった。
・ ・ ・
車を運転しながら、萌香に声を掛けた。
「萌香ちゃん、加奈ちゃんに連絡しといて、もう勧誘はされないだろうって」
横目で萌香を見ると、少し疑問を浮かべた顔をしている。
あまり説明することではないかと思うが……。
「萩原さんから、無理な勧誘は止めるように言うだろうからさ。
あの人は好きで人を助けてるけど、助けを求めていない人に苦しい思いはさせたくないと思う」
萩原なら分かってくれるだろう。自分が苦しい思いをして人を助けることが幸せと感じている。
だから、助けを求めてない人が苦しむ姿は萩原の思いとは逆なのだ。
「…あの人は…何であそこまで…するんでしょうか……?」
「ある意味では呪いだろうね。愛する人を失った時の苦しみを忘れた事に対する罰……。
多分、そんな風に考えているんだと思う」
また横目で萌香の表情を見ると、納得している顔をしていた。
人として大切な何かを失ったと萩原は言った。
それは失ったのではなく、書き換えたのだろう。
苦しみを幸せに変えるという、自分の力の使い方へ……。
ただ、それが一概に良い事ではない。
萩原が人を助ければ助ける程に、人は集まり、彼の力を欲するだろう。
それを萩原は拒んでも、人は救いを求め、あるいは他の欲を求めて押し寄せる。
悪魔の力を幸せなことに使おうと考えた萩原は、崇高な人だと思う。
しかし、悪魔の力はそれを許さないかもしれない。
罪深き、欲深き者達を生産する為に、萩原の綺麗な思いが利用される……。
そして、そんな悪しき思いにも応えようとするであろう萩原の行く末は……。
その時が来ない事を切に願いながら、アクセルペダルに力を込めた。




