幸せにする代償
祐は萌香と共に市街地の一画にある、マンションの前に立っていた。
マンションは少し古めの8階建てで、一階は何かのテナントを入れる場所となっている。
そのテナントを入れる場所が集会をする所なのだろう。
「萌香ちゃん、俺はお兄ちゃんって事になってるし、病んでるって設定だから、常に気を使う感じでね」
「…分かりました。…すいません…勝手に決めて……」
萌香から何度目かの謝罪の言葉を受けた。
「いいって、いいって。お手柄って言ったでしょ? これで2人して入れるんだから。
ま、悪いものってのが顔の事だと思われないようにしないとね」
萌香に目配せをするように見て、軽い口調で言った。
それに対して萌香は頷いた。顔の事は否定してくれるかと思っていた。
少しへこんだところで、足取りをわざと遅くし、萌香に先導してもらう。
扉をノックすると白装束の女性が出てきた。
見覚えがある顔だ。加奈の友人の愛美がこちらを確認し、扉を開けた。
「都さん、来てくれてありがとう。そちらがお兄さん? 初めまして」
「どうも……。よろしくお願いします……」
思いっきり病弱な人を装って、挨拶をした。
それに対して、愛美は特に疑問を持った様子はない。
「加奈ちゃんは?」
「…風邪を引いちゃって……。今日は…私と兄さんだけ……」
萌香が愛美にバッチリな対応をした。加奈を連れてきては下手なことになりかねない。
「そうなんだ…、残念。じゃ、先に都さん達に見てもらって、加奈ちゃんに伝えて欲しいなぁ」
本当に残念そうな顔色を愛美は浮かべている。
そこまで思ってしまう程の所なのか……。
愛美に引かれて中に入ると、白装束を着ている信者と思しき人達が30名程いた。
全員が畳の上に正座をし、お経を唱えている。
集団の先端に1人でお経を唱えている人物が教祖なのだろう。
果たして、どのような人物なのか……。
「もうちょっと待ってね。お経が終わったら、教祖様とお話しできるようにしてるから」
愛美が集団の読経を見ながら、小声で話し掛けてきた。
それならば待つしかない。しかし、今見た感じでは悪い感じはしないが……。
しばらく待つと読経は終わった。教祖が集団に体を向けると、深々と頭を下げた。
それを見てか、集団も頭を深々と下げている。
その後は、どうやら座談会的なもののようだ。
いくつかの円座が作られ、皆で楽しそうに話をしている。
これからも悪い空気はしない。
「都さん、ご兄妹ですか?」
円座を眺めていると、不意に声を掛けられすぐに振り向いた。
そこには柔らなか笑顔で、綺麗な横流しの髪型をした男性がいた。
「はい……。あの、『セラム』の教祖様…でしょうか……?」
不意な呼びかけに対して、何とか病弱な兄を装うことができた。
「はい。そうなんですが、あまり仰々しいのは苦手で……。あ、私は萩原と申します」
少し困り顔で笑みを残したまま、萩原は言った。
慌てて俺も自己紹介をし、萌香も続けてした。
自己紹介をしている間に萩原を注意深く見る。
歳は30代中盤ぐらい。常にとは言えないが、少したれ目なのか笑顔が更に際立つ。
声も容姿と合わせたように、柔らかく聞き取りやすい声だ。
素早く観察を終えて、萩原の目を見る。
悪い感じの目ではない気がする。
それに全体的に優しい気が溢れている。
「どうかされましたか? お体が優れないと聞きましたが、疲れましたか?
あちらの部屋ならソファもありますので、どうぞ休まれてください」
萩原は普通に心配そうな顔と声で、俺と萌香を奥の別室へ案内してくれた。
案内された部屋は仰々しいものではなく、簡素なソファが2脚とその間にテーブルがあるだけだ。
他には観葉植物くらいで、お金の臭いは全くしない。
そのまま、ふらつく真似をして、ソファに体を預ける。
その横に萌香が座った。俺を見て辛そうな顔…をしている気がする。
「…すいません。…ここに来たのは…兄の病気を…治してもらえると…聞いて……」
萌香が切り出してくれた。自分から治してくれとは、言いづらい。
病気を治せるかどうか……。俺は病気じゃないから、無理だが。
「…ご病気ではないですよね? 何か悪い…ものか分かりませんが、ご病気ではないと思います」
萩原の言葉に目を見開いた。病気でないことは見抜けるかもしれない。
だが、悪いもの…おそらくは禍ツ喰らいのことも多少は分かったようだ。
部屋に沈黙が流れた。
正直に返すべきか、嘘を返すべきか……。
そう考えていると、萩原が笑顔のまま口を開いた。
「私にもそれなりの力がありまして……。急にですけど」
霊力を持っていることを萩原は認めた。
急に持った……。何かの切っ掛けがあるとは思うが。
「だましてしまい、すいません。私はあなたの所にいる信者の方を、家に戻す為に来ました」
ここまで来たら、単刀直入に言うしかない。
こちらの力が何となく分かるのであれば、下手なこともできないだろう。
「どなたかは存じ上げませんが、お話しをされてください。
ここに住まわれる方が多くて……。仕事も近場に変えたりもされて……。
そんなに大げさなことをして欲しくはないんですが」
目を気持ち伏せて、少し寂しげに言った。
萩原の言葉をそのまま受け取れば、皆が勝手にしているということになる。
「それは何故ですか? あなたや他の人が強制的、もしくは半強制的に今の状況に置いているのではないんですか?」
新興宗教で度々ある。閉じられた世界に置くことで、そこ以外に居場所を作らせない。
「他の方が率先してされているようではないと思います。ただ、何となく集まってきている感じです。
同じように辛い思いをされた方が多いようですが……」
「あなたはそう仰いますが、現にこの子の友人は、あなたの所の信者の方に入信するよう、かなり強めに迫られていました。
それも複数人で、です。これもあなたの指示ではないと?」
萩原が何もしてないにしても、加奈に入信を迫った事実は変わらない。
この言葉に萩原は目を大きく開いた。
「…どなたがされたのですか? いえ、私から皆さんに聞きます。私はそんな事をしたくないし、して欲しくありません」
思った以上に強い感じの口調に少し驚いた。
顔色からも、憤慨とまではいかないが、苛立ちの色が見える。
「分かりました。それはあなたに任せるとして、あなたは何故この教団を創設されたのですか?
あなたの言葉を借りれば、周りが大げさに祀り上げて、勝手に布教活動をされていることになりますが?」
この宗教の意味が分からなかった。唱えていたお経も、仏教系の一派だ。
特段、嫌な気も感じなかった。むしろ、温かみすら感じる程だ。
「何故…ですか……。建前…でいえば、苦しんでいる人を少しでも救いたい。
ですが、正直にお話しすると、私自身の幸せの為です……」
自分自身の幸せの為に創設した? それならもっと金の臭いがどこからかするだろう。
それともそれ以外の何かが好きで、それを集める為に……。
「お分かりになるのは難しいですよね……。ですが、本当に私の幸せの為なんです」
「それは分かりました。では、何が幸せなんですか? あなたを満足させるものなんでしょう?」
幸せは心を満足させるものだ。となると、萩原は何かで心を満足させている。
「ええ、それは苦しんでいる人を救う事です」
頭に疑問符が湧いた。先ほどの建前と変わらないことを言っている。
「それはさっき仰った、建前と変わりないのでは?」
「…そうなります。言い方が悪いですね……。
私が苦しんだ分だけ、皆さんを救える。それが私には幸せなんです」
萩原が薄い笑顔で言った。言葉の意味が分からなかった。
苦しんだ分だけ、人を救うことができる……。もしや……。
「あなたが苦しむ、その苦しみを使って人を救う、ということで間違いないでしょうか」
あまり考えたくはないが、確信を持つために萩原に問うた。
「その通りです。厳密に言うと、私が味わった苦しみを、別の人に何らかの形に変えて与えることができるのです」
萩原が更に詳細を語ってくれたので分かった。これは…悪魔の混血による力だ……。




