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心の拠り所

処分屋 守屋祐の怪異譚

 『母の愛情』と『秘剣 活殺自在』の間の話です。

 この世界には多くの宗教が満ち溢れている。

 元を辿れば1つの宗教から派生したものも多く、考え方の違いなどから別の宗教が起こされる。


 宗教は神や仏だけではなく、色々なものを崇拝する。

 崇拝の対象は心の中の神であったり、神などを象ったものであったりと、これも多岐に渡る。


 人々が崇拝する宗教は良いものが多い。

 例外的に狂信的な集団も出ては来るが、元は人の心の拠り所である。


 宗教は誰かと共にいる、神などが自分の傍にいるという安心感を与えてくれる。

 誰もが1人で生きていけるほど、強くはない。


 宗教の教えなどには、多くの規範や正しき行いなどが定められている。

 その教えに従って人々は自分達を律するのだ。その教えの先に良いものが待っていると信じて……。


 長い年月をかけて人々から信仰されてきた宗教。

 救われたい、恵まれたい、愛されたいなど多くの思いを人々は持ち、崇拝している。


 では、すべての宗教が人の為に存在しているのかというと、そうではないケースもある。

 人の為ではなく、己の為に立ち上げた宗教……。今回はそんな話をしよう。


   ・   ・   ・


 祐は所長席である案件について考えていた。


 依頼された内容は人探しだ。

 難しい案件ではあるが、すでに大体の目星がついている。

 単純に言えば、新興宗教にはまってしまっているのだ。


 あるマンションの全てを借り上げた場所に、信者達が集まって生活をしている。

 そこから仕事に通っているようだ。


 ただ、親にも何も告げずに仕事を辞めて、別の仕事に勤めている。

 そして他の誰とも知らない人達と共同生活に近いことをしている。


 あり得ない話ではない。むしろ、常套手段と言ってもいい。

 何人もの人々から囲まれて、その宗教の良さを説かれる。

 何とか逃げたとしても、自宅訪問など、あの手この手で引き込もうとする。


 そして、一度でもその集まり等に行けば、逃げるのは難しくなる。

 心が強い、芯が強いような人であれば問題はないだろう。

 ただ、心が弱い、誰かに傍にいて欲しいなどの心の弱さがあれば、逃げられない。


 自分がこの宗教を信仰したお陰で良い事があった、命が助かった、心が救われた。

 そのような甘い言葉で、その人の頭の中を埋め尽くし、洗脳されるように染まっていく。

 甘い言葉の全ては、結果論と言っても過言ではない気がするが……。


 宗教自体は人を良い道に導く、尊いものも多いが、それから外れているものが多いのも事実だ。

 あまり信心深くはない自分でも、どこかで宗教の教えが届いて行動の規範になっているかもしれない。


 「祐さ~ん、怖い目が更に怖くなってますよぉ? 厄介な話なんですかぁ?」

 幸が本から目を離して、俺を見据えて聞いてきた。

 あまり気持ちの良い話ではないので、それが顔に出たのだろう。


 「ん~、厄介だねぇ。ただ報告するだけなら、楽勝なんだけど。その先がねぇ」

 「楽勝なところで終わらせたらどうですかぁ? 怪異絡みじゃないんでしょお?」

 幸の言う通り、怪異絡みではない。

 ただ、どうしてもこれが頭から離れない理由は分かっている。


 「…その人は…私の母のようになった。…そういうこと…なんでしょうか……?」

 寂しげな声色で萌香が俺に問うてきた。

 そこなのだ。自分がどうしても気掛かりになってしまっている原因は……。


 萌香の母はかなりスムーズに新興宗教から抜けることができた。

 それは怪異、あの鎖を見せられて、教祖が何もできなかったことを見たのが大きいだろう。


 では、今回の女性…田辺たなべ 香澄かすみはと言うと……。

 単純な新興宗教である。どのような経緯で、信仰に熱心になったか分からないが、単純には信仰心はなくならないだろう。


 そもそも、この新興宗教自体は悪さのようなことはしてないようだ。

 お布施をそれなりに徴収はしているが、それも極端に酷いものではない。

 普通の宗教でもお布施等はあるので、特別おかしなものではないのだ。

 

 「萌香ちゃん、少し違うと思うけど……。ただ、娘さんのご両親からしたら、かなり心配なんじゃないかな」

 「…そう…ですよね。…助けられるんでしょうか……?」

 萌香の言葉に、また悩まされる。宗教自体は何ら悪くはない。

 それを改悪し、悪用する者達が悪いのだ。


 「正直言って、分からない。何の伝手もないから、直談判もしようがないし、かと言っていきなり入信させてくださいとも言えない。

 そこの信者に目を付けられるか、推薦…って訳じゃないけど、中に入れるような関係がないと、門前払いだろうね」

 出勤途中などで声を掛けて、今の信仰を止めるようにと言っても、より頑なになられる可能性が高い。

 時間を掛けて、じっくり信仰心を和らげるか、信仰もぶっ飛ぶくらいのことをするしかない。


 「こりゃまた厄介ですねぇ。一筋縄じゃ行きませんよぉ?」

 「だよねぇ。まぁ、とりあえずはご両親に居場所が分かったことを伝えて、それから考えようかな」

 「流石にこればっかりは式神ちゃんでも対応できませんもんねぇ」

 幸の言葉から、事務所の探偵業は式神担当で、他の雑務が俺担当と言っているようにしか聞こえない。


 少しへこんでいると、事務所のドアをノックする音が聞こえたので、招く声を発した。


 中に入ってきたのは、加奈であった。

 顔色が少し悪い。どうやら遊びに来た訳ではないようだ。


 「あの…、祐さん、お話を聞いてもらえますか?」

 やはり暗い声をしている。とりあえず頷き、応接用のソファに座る。


 「あんまり良さそうな話じゃなさそうだけど、聞かせてもらって良いかな?」

 「はい…、実は私の友達が宗教にのめり込んでいるようで……。何度も誘われて、怖くなってきたんです」

 ここでもまた宗教絡みか……。しかし、大学生ではよくある話だ。

 サークルのように見せかけて、内情は宗教でした。というものだ。


 「なるほどね。で、加奈ちゃんは避けてきたけど、いよいよ追い詰められてきたって感じ?」

 「そうなんです。その子から避けようとしても、他の人と一緒になってずっと話してくるんです」

 本当に怖いのだろう。うつむきながら、声を震わせている。

 しかし、分かりやすい手段で攻めて来ている。おそらく、そろそろ場数をこなした大人達の登場だろう。


 「ってことは、俺の出番かな。適当に論破すりゃ、それ以降は近寄らないだろうし」

 「…祐さん、私が行ったら…ダメですか……?」

 思わぬ人物が提案をしてきた。萌香はやはり気にしているのだろう。

 それが友達のピンチであれば、尚更なのかもしれない。


 「萌香ちゃん、それは止めた方が良いよ。何か、皆怖い目してるし……」

 「…大丈夫。…それぐらい…慣れてるから……」

 加奈の言った怖い目……。完全にのめり込んでいるのだろう。

 こうなると下手な言葉は通用しない。だが、芯の強い萌香なら難なく言い返して、跳ね返すだろう。


 「確かに萌香ちゃんの方が適任かもね。おそらく相手はファミレスかなんかで、萌香ちゃんと加奈ちゃんを囲むように座る。

 その後に偶然を装って、大人が合流する感じだろう。大人の言葉は結構重いからね。信じてしまいがちだからさ」

 目上の言葉を軽視しがちな世の中になりつつも、心が弱い人には大人の言葉に説得力を感じがちだ。

 恐怖から逃れたい気持ちと、そこまで皆が言うならという興味を引きだし、誘い込む。


 「ま、俺も近くで控えているから、形勢が悪そうだったら行くからさ。ところで、どこの宗教なの?」

 「私も聞いたことがないんですけど、『セラム』というらしいです」

 加奈の言葉で眉間にしわが寄りそうになった。


 人探しの女性…田辺 香澄が入信した宗教と同じだったから。

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