一番傍にいてくれた者達へ
怪異を喰らったことによって、周りの景色が崩れていく。
街並みが剥がれ落ち、人も砂嵐のように散っていった。
まだ残っているのは弥生だ。
「どうして…私を捨てるの……?」
うつむいた弥生が俺に問うてきた。
「…捨てたんじゃない。俺が想ってきた世界の中に君はいる。
だから、離れ離れになる訳じゃない。…想った時から一緒にいたんだ……」
俺の中にいる人達。そんな小さな箱庭のような世界に皆を入れて、俺は夢想していた。
現実ではそんな関係じゃなくても、思い描いた世界にはいた。
それだけは嘘じゃないし、心の奥にずっと居続ける。
「そうなの……。じゃあ、時々は思い出してね……。
私や皆のこと……。あなたと一緒に過ごした時間は、あなただけの幸せじゃないわ。
あなたがいたから、皆も幸せになれたんだから……」
弥生は寂しそうだが、優しさを滲ませた目で俺を見つめ言った。
いつ思い出せるか分からない。
それでも、忘れない思い出を更に強くする為に弥生に近づく。
「ありがとう。次に思い浮かべる時は、もっと幸せにするから。
皆、そういう設定かもしれない。そうだとしても、幸せにしてみせる。
一番に君の事を……。嬉し泣きさせてみせるよ」
いつも通り、最後の締めはカッコよくできない。でも、思ったことを言った。
「ヘタレのくせに……。楽しみにしてるわね、祐くんのビッグイベントを。
じゃあ、よろしく。またね……」
弥生の言葉を聞き終わると、どちらともなく唇を重ねた。
それは弥生の温もりが消えるまで続いた。
・ ・ ・
目を覚ますと、誰かの目が急接近してきた。
そう思っていると、目が急速に離れていく。
その人物は萌香だった。目を見開いて、顔が紅潮しているように見える。
「…祐さん、何とも…ないん…ですか……?」
まだ顔が赤い萌香が聞いてきた。
何ともない……。おそらく、あの黒い煙の怪異のことだろう。
「うん。何ともないよ。もしかして、何かあった?」
言ってみて考える。怪異が被害者から俺に移ったとしたら、俺は眠り続けていたと思う。
「…ずっと…眠り続けて……」
「そっか……。ごめんね、心配掛けちゃって」
「…いえ…無事で…良かったです……」
萌香は少し目を逸らしながら言った。
よくは分からないが、多分、俺の為に苦労してくれたんだろう。
依頼人と話しを終えて、事務所に帰った。
「ただいま~」
「…ただ今…帰りました……」
2人で無事に帰ったことを、寝ころんでいるであろう幸に言った。
「おっかえりなっさぁ~い。祐さん、大変だったみたいですねぇ。
萌香ちゃんが頑張ったお陰ですよぉ」
やはりそういう事か。幸が指示を出して、萌香が助けてくれたんだ。
「そっか。萌香ちゃん、幸ちゃん、ありがとね。
実は何があったかよく覚えてないんだけどね」
本当に思い出せない。夢を見ていたような感じはするが……。
「今回の怪異は夢を見させ続けて殺す、というなかなかに厄介な怪異でしたからね」
「怖いね。でも、夢を見させ続けるって、それはそれで本人は楽しいのかもね」
「ですねぇ。まぁ、祐さんのことです。円さんとイチャイチャして、キモい顔をグレードアップさせてたんじゃないんですかぁ?」
「なんで夢の中まで、キモい顔を持ち込むんだよ!」
本当に酷いことを幸から言われたが、萌香が笑っているので良しとしよう。
夕方になったので萌香は退社した。改めて幸に今回の怪異を聞きたくなった。
「ねぇ、幸ちゃんさぁ。今回の怪異って、どんな夢を見せてくんの?」
単純に気になったことだ。もし円とイチャイチャしていたのなら、忘れたことが悔しい。
「ん~、人それぞれみたいですがぁ。大体は、その人が夢見ていた世界のようですね。
誰しも、現実とは違う世界での自分を想像するでしょう。それを引き出して、目が覚めないようにきつく縛るようです」
夢見ていた世界……。幸の言う通り、誰でも想像するだろう。自分が主人公で楽しい世界を……。
「そっか。そうなると今が良くても、どこかで描いていた夢の世界が現れるんだろうね」
「でしょうね。自分が中心の世界です。都合の良い世界が現れない訳がないでしょうね」
話しをして思う。俺はどんな夢の世界を描いていたのか……。
「そういえば解決方法はなんだったの?」
「あぁ、それは萌香ちゃんが祐さんに霊力を送ったんです」
なるほど。萌香には霊力を発する修行もした。それを俺に届けたことで、夢の俺を刺激したのか。
「なるほどねぇ。それはもう一度お礼を言わないとね」
「そうしてくださぁい。何度もしたようでしたけどぉ、上手くいかなくて大変みたいでしたよぉ?」
「そうなの? じゃあ、本当に大変な思いをさせてしまったんだね」
何度やっても上手くいかない。心が焦る中、ずっと続けてくれた萌香には感謝しかできない。
「直接的な方法を教えたのでぇ、それが上手くいったのかもですねぇ」
「なにそれ? 直接的な方法って?」
「直接霊力を体の中に送るんです。鼻の穴にでも指を突っ込んで送ったらと言いましたぁ」
「酷っ! それは萌香ちゃんも嫌がるだろ?」
誰が好き好んで、人の鼻の中に指を突っ込まにゃならんのだ。
「そうですねぇ。あとは口の中にでも指を突っ込んだんじゃないんですかぁ?」
「どっちにしても、酷い話には変わりないね……」
幸の言う直接的に霊力を送る方法か……。
目を覚ました時に萌香が目の前どころではない距離にいた。
それってもしや……。いや、考えるのは止そう。変に意識するだけだ。
目を閉じて、今まで思い描いた夢を思い出す。
思い出すだけで、いくつもの夢の世界があったことに気付かされた。
その中の世界の1つが、今回現れたのだろう。
辛い時に作りだした世界。自分が主人公で都合の良い世界。
その世界に残された人々はどうなるのだろうか。
所詮は夢の中の架空な者達かもしれない。
それでも思い描き、夢を馳せた世界にいたことには変わりはない。
自分の為に存在してくれた者達。自分が幸せになる為だけに……。
自分の辛い時を乗り越える為に存在してきた者達に、何ができるのか。
それは止まっていた物語を進めるしかない。
その先がハッピーエンドでも、バッドエンドでも構わない。
ただ忘れて行かれるより、余程いいだろう。
そう思い、俺の中で止まっていた夢の世界の物語を先に進めた。




