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2人を繋いだ世界

 萌香は祐を揺することも、呼びかけることもできなくなっていた。


 何度も何度も体を揺すって、呼びかけた。

 それでも何も反応をしてくれない。


 その私の行動を嫌がるような雰囲気を感じた。

 それを感じ取ったことで、祐にできる唯一のことができなくなった。


 助かった人とその周りの人の気持ちも分かる。

 何があったか分からないにせよ、もしかしたら自分達の所為かもしれないと思っている。

 別の人に肩代わりさせた負い目から、早く逃れたいんだ。


 何で助けようとした祐がこんな目に遭わなければいけないのか。

 握り締めた手に更に力を込めることしかできなかった。


 その時、携帯の着信メロディーが流れた。

 ディスプレイには福空 幸と表示されている。


 「…幸さん! 何か分かりましたか!?」

 「萌香ちゃん、おそらくですが。今回の怪異は『夢現際限むげんさいげん』というものです。

 読んで字の如く、取りつかれた本人は夢か現実か分からない状態で、死ぬまで寄生されます」

 死ぬまで!? そうなれば、祐はこのままということ?


 「…幸さん…、助ける方法は……?」

 「多くはないです。強力な催眠術を使える人や、深層心理へ潜れる霊能力者に頼るのが一番です。

 ですが、それも早い内に処置をしないと、成功率が下がってしまいます」

 それ程に強力な怪異ということなんだ。

 1人にしか寄生できないし、死ぬまで居続けるから問題視されず、効果的な方法が研究されてないのかもしれない。


 「あとは、祐さんだから……。霊力を持っている萌香ちゃんだからできることがあります」

 「…幸さん、それを教えてください……。必ず…助けます……!」


     ・    ・    ・


 祐は自宅のダブルベッドの上で、弥生と共に眠りに付いていた。


 体の横から伝わる温もりに身を委ねて眠ろうと思った。

 ただ、その温もりが今の状況を思い知らせてきた。


 暗闇の中で目を開けて、今後のことに思いを馳せる。

 今日のことを思い出すだけで幸せな気持ちで心が満たされた。


 でもそのままで良いと思ってはいけない。

 この先の人生で自分にとって理想の世界を作っていく為にも……。


 「眠れないの?」

 優しい声色で弥生は俺に話し掛けてきた。

 素直に伝えるべきだろうか……。


 「うん。ちょっと考え事しててね……」

 「そ。あんまり考えなくても良いわよ……」

 弥生の言葉で更に目が覚めた。良い訳がない。


 それは逃げているも同然だ。

 新しいものを手にする為には、自分で行動しなければいけない。

 人の好意に甘えて良いものではない。


 「弥生ちゃん……。俺、頑張るよ。近々、ビッグイベントがあるから期待してて」

 言ってしまった。でも、例えこれでダメでも届くまで何度も向かわないと……。


 「そうなの…、楽しみにしてるわね。おやすみ、祐くん……」

 また優しい口調で返してくれた。悪いように思ってはくれていないと思う。

 それなら尚更だ。


 情けなくとも、カッコ悪くても良い。

 自分の思いを伝えて、自分だけでなく弥生も幸せにしたい。

 そう思いながら、弥生の温もりに身も心も委ねた。


 起きると完全に陽が上っていた。

 爽やかな朝焼けとは違って、街の暗闇を消し去るような日差しだ。


 少しだらしない格好で寝ている弥生を起こさないように静かにベッドから去る。


 洗濯機を掛け、朝食を済ませる。

 洗濯が終わったので、リビングからベランダに出て干すことにした。

 何気なく下を見ると、またあの女性が道を歩いていた。


 偶然にしてはすごい。ただ、運命などと思う気もない。

 見て感じるのは、何となく不思議な気だけがするというものだ。


 「祐く~ん、おはよ~」

 弥生がふらつきながら寝室から出てくると、リビングのソファにだらけて座った。


 「もうちょっと寝てても良かったのに」

 「う~、そうだけど……。買い物に行きたいなぁ、って思ってぇ」

 まだ酒が抜けきっていない弥生から、デートを提案された。


 「良いね、そうしよっか。じゃあ、軽く朝ごはん食べなよ。お粥で良い?」

 「ありがと~……。あぁ…、飲み過ぎた~……」

 ソファでぐったりとしている弥生を見て、笑みがこぼれてくる。

 普段の毅然とした弥生のこの姿が見れるのがすごく嬉しい。


 色々と街に出る支度をしているといい時間になっていた。

 遅めの時間に到着したため、街中は人で溢れていた。

 

 「遅くなったから人が多いね。買い物するのも大変そうだね」

 「祐くん、まだ人ごみが苦手なの? じゃ、私は適当にお店に入るから、祐くんはお茶でもしてて」

 弥生が俺を気遣ってくれる言葉を口にした。

 ありがたい言葉を受け取り、カフェを探す。


 その目に入ってきたのは、昨日から何度も見ている女性だった。

 こちらに向かってくるように歩いてきた。何か話さないといけない気がしてきた。


 横を過ぎ去ろうとした時に、意を決して声を掛ける。


 「あの!…ちょっといいですか?」

 見ず知らずの女性に自分から声を掛けたことなんて皆無に近い。

 ただ、そうしないとダメな気がした。


 「…何ですか……?」

 振り向いた女性の目は俺を敵視しているように感じた。


 いきなり声を掛けたから嫌な感じもするかもしれない。

 それでも、敵視される程酷いことではないと思う。


 「えっと…。どこかで、お会いしませんでしたか?」

 「…ありません……」

 それはそうだと思いたくなるくらいに、冷たく返された。


 どう見てもナンパしてきた男にしか見えないだろう。

 それは敵視されるのも仕方ないのかもしれない。


 『祐さん』


 誰かの声が耳に、いや、頭に響いてきた。

 辺りを見回したが、こちらを見ている人はいない。


 『祐さん、起きて下さい』


 まただ。頭が痛い。誰の声だ?

 聞き覚えがある声……。その声はさっき聞いた。


 「君は…、君は誰なんだ……」

 「あなたには関係ありません」

 「ない訳がない! 俺は君を知っている。とても大事な人だ……」

 何かが頭の中で動き始めた。

 何か分からないが、目の前の女性は大事な人だとしか思えない。


 「ちょっと、祐くん。女の子をナンパしてるの?」

 「あっ、弥生ちゃん。これは…ね……。何だ、これ……」

 頭がこんがらがってきた。地に足が付いていない気分がする。


 『祐さん! 祐さん!』


 また声が頭に響く。でもその声が俺の何かを刺激してくる。

 目をあの女性に向けると、舌打ちが聞こえた。


 「やっぱりこの女は邪魔だったのね。何度も消そうとしたのに……。余程、お気に入りなのね」

 女性はさっきの声とは違っていた。何度も消そうと?


 「君は……。そうだ……。君は萌香じゃない! 萌香はどこだ!?」

 「祐くん! 女の子に大声出して、何を言ってるの? もう行きましょう」

 頭が冴えわたってきた俺を、弥生が力を込めて腕を引っ張る。


 「弥生ちゃん、ごめん……。ここは現実じゃない……。

 お前は怪異だろ!? 萌香の振りをしやがって……。何を考えている?」

 もう分かってしまった。この世界は俺が歩んできた世界ではない。


 「さぁ? でも、あなたの望んだ世界を与えたのよ?

 両親もいて、友達もいて、親友もいて、恋人もいて、結婚も思い描いて……。あなたが思い焦がれた世界よ」

 怪異の言葉が胸に突き刺さった。俺が求めていた世界……。

 皆から温もりを与えてもらって作られた、居心地の良い世界。これが俺の……。


 「あなたの望んだ世界は平凡な世界ね。もっと夢の溢れる世界かと思ってたけど……。

 でも…、その平凡な世界があなたは欲しかった。そんな世界を夢見ていた」

 怪異の言う通りだ。辛く、苦しい過去を思い出すと、そんな世界を夢想していた時もあった。


 穏やかで、大きな不自由もない、ありきたりな世界。

 人が当たり前で気にしない程度に欲することが、自分は異常に欲していた。

 自分が幸せだと思える世界を……。


 「じゃあ、次はもうちょっと苦しい世界にしようかしら? それならあなたも満足するんでしょ?」

 「…勝手に…、勝手に決めるな! 俺は今を生きる。夢の世界に逃げ込むつもりはない!」

 ここは俺が求めた世界かもしれない。でも、そこに逃げ込んでも本当の世界は変わらない。


 「面倒ねぇ。あなたの理想とした次の世界を用意してあげるから。そうねぇ…、この女をあなたの彼女にしてあげる」

 怪異が何かをしようとしている。その世界に惹かれてしまう気がした。

 でもそれは違う。そんなに簡単に誰かを自分のものにしてはいけない。

 

 『祐さん! お願い!』


 ああ、萌香。分かっている…、分かっているさ。

 このまま目を瞑れば、嬉しくて暖かくて優しい世界が待っているかもしれない。


 でも苦しい事があったから、今の俺達があるんだ。

 俺達を結んだものは温かくて優しい世界じゃない。

 苦しい世界があったから、温かい世界を作ったんだ。


 「群青百足!」

 右の首筋から飛び出した百足が萌香の振りをした怪異に飛び掛かる。

 怪異は悲鳴すら上げることなく、丸呑みにされた。

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