温かな時間
萌香は祐の体を揺すりながら、何度も呼びかけていた。
「…祐さん…祐さん! 起きて下さい、祐さん……!」
何度呼びかけても起きてくれない。
呼吸はしているし、胸に手を当てれば鼓動を感じる。
祐は急に倒れてしまった。
眠り続けてしまっている人の親から怪異絡みの依頼があり、その処置中に起きた。
祝福の手を眠っている人の頭に当てた瞬間、祐の顔に向けて黒い何かが飛び掛かったのが見えた。
すぐに祐は反応しようとしたが、黒い何かは祐の頭の中に消えていった。
それから祐は頭を抱えてしばらく唸っていると、急に倒れてしまった。
その後は何をしても反応しなくなった。
黒い何かが抜けた人は、少ししてから目を覚ました。
それに依頼人が喜んでいたのを憎らしく思った。
多分、怪異がその人から祐に移ったんだ。
祝福の手で切り離されたことによって、危険を察知したのか祐が狙われた。
その結果、眠り続けていた人は助かった。祐が肩代わりする形で……。
幸にはすでに電話済みで、今の状態から変わりがあったら連絡を、と言われた。
今の私にできることは祐に呼びかけ続けることしかできない。
心配している私の横で、小さな声で話している依頼人と被害者を見ると悔しくなってきた。
・ ・ ・
祐はカウンター席に座り、扉から現れた女性に手を振っていた。
「お? 2人で来るなんて、何や遊びにでも行っとたんか?」
「遊人くん、仕事帰りの女性に向けて言って良い言葉じゃないと思うけど?」
相変わらず三善は茶化した感じで栞に声を掛けると、適格な返事を栞はした。
2人はそのまま俺の座るカウンター席に座ると、円に注文をした。
円が元気良く注文を三善に伝えると、ポニーテールを揺らしながらホールに向かった。
「祐くん、三善くん、お疲れ様。栞ちゃんとは、たまたま会ったのよ。遊びになんて行けないわ、祐くんと違って」
「いやぁ、弥生ちゃんは頑張り屋さんだからね。でもサボれるのも仕事ができる証拠じゃない?」
「デキる男になりたいんなら、もうちょっと頑張りなさい」
俺の茶化した言葉に、少しきつい目をしている弥生は目を細くして返してきた。
「デキる男になったら、モテモテになるかもしれないよ? 引っ張りだこになって、俺の手足が千切れるかもしれないじゃん」
「円ちゃんにデレデレしてるだけの祐くんなら、デキる男になってもモテないから大丈夫。頑張りなさい」
酷い……。デレデレしているのは確かだが、アプローチをしないのは弥生がいる為だ。きっと……。
三善と栞の笑い声が聞こえてきたことで、情けない思考から覚めた。
「いやぁ、相変わらずおもろいわ。自分ら何なんや」
「遊人くん、そんな言い方はないでしょう? でも、本当にお似合いだと思います」
三善の言葉はどうでも良いとして、栞の優しい言葉が嬉しい。そう言ってくれるのなら尚更……。
「三善くん、お客さん帰っちゃったけど、そろそろ行けそう?」
「ああ、そうしよか。さっさと片付けて行こか。おら、祐も手伝えや」
さも当然のように閉店作業の手伝いをさせられる。
どうやら女性陣は高見の見物を決め込んだようだ。
閉店作業を終わらせ、予約していたイタリアンレストランに向かった。
俺は全くの下戸だし、栞もあまりお酒に強くはない。三善と弥生はガンガンお酒を飲み干していく。
「2人共、のっけから飛ばし過ぎじゃない? 落ち着いて料理を食べようぜ」
「ええやないか。久しぶりの大学生組と栞の飲み会なんやから」
「そんなに久しぶりか? あんま酒飲むと良い事ないぞ」
俺と三善、弥生は同じ大学で同級生だった。栞は三善より2つ年下だ。
「何よ、祐くん。私のことを言ってるの?」
「自覚あるんなら抑えようよ。お酒が好きなのは知ってるけどさぁ」
とにかくお酒が呑めるし、好きな弥生が羨ましくもなるが、大変な時もある。
「おい、祐ぅ。お前が弥生ちゃんを口説いた時に言うたんやから面倒みろやぁ」
「遊人くん、何、その話? 詳しく聞かせて」
口説いた……。しかし、三善め。余計な話題を振りやがって。
「あぁ、深くは喋っとらんかったか。元々、わいと祐が仲良かったんや。
んで、大学のコンパで弥生ちゃんと知りおうたんや」
「その辺は知ってるわ。どうして3人は仲良くなったの?」
酒が回って饒舌な三善と、女性の好きな話題をガンガン掘り下げる栞に心が汗をかいてきた。
「最初の弥生ちゃんはなぁ……、めっちゃ怖かったんや」
「三善くん、それは言い過ぎじゃないかしら?」
「んなことあらへん。弥生ちゃん目当てで近寄った男は、み~んな廃人のように帰ってきよったからな」
三善の言い方はオーバーではあるが、撃沈した男は多かったと思う。
「ホント、酷い言い方ね。別に怖いこと言った訳じゃないわよ?」
「いやいや。なんや、視界に入る男は全部敵、っちゅう目ぇしとったわ」
「呆れた……。三善くんなんて、視界に入る女の子は全部好き、って目をしてたじゃない?」
弥生の厳しい目を見たら敵視されている気もするだろう。
ただ、三善の目は弥生の指摘通りのものだ。
「へぇ~……。遊人くん、そんなんだったんだぁ」
「栞…、終わったことや……。何も言うな。
で、周りに誰もおらんようになった時に、座る場所を追い出された祐が弥生ちゃんの隣に座ったんや」
栞の冷たい目を回避するように、三善は話を急旋回させた。
「そんで、何や色々話して仲ようなったみたいやな。弥生ちゃん、何があったん?」
「そこを私に聞くの? そうねぇ……。確か、『こんな所に来る人達の気がしれない』、って言ったような」
怖っ! コンパを全否定だ。しかし、そんな人の隣で俺は何を話したんだ?
「弥生さん、それはあんまりじゃ」
栞が笑いを堪えながら弥生に言った。そうだ、あんまりだ。
「栞ちゃん、そう思わない? まぁ、確かに言い過ぎた感はあるけど……。
で、祐くんは、『これが皆には幸せなのかもね』、って言ったの」
言い終わると弥生は優しい目を俺に向けた。思わず照れてしまった。
「何やぁ、2人して目ぇ合わせて」
「もう…、良いじゃない。それを聞いてかなぁ……。自分の居場所ってどこだろう、って思ったのは」
少し遠い目をした弥生を見て、俺も今一度考えさせられた。自分の居場所を……。
「それ以外はたいした事は喋ってないかな。でも祐くんの横は少し居心地が良かったの。
あとは三善くんの彼女が私の友達だったから、4人で飲みに行ってたって訳」
「そうだったんですねぇ。それで? 告白したのはどっちから何ですか? やっぱり祐さん?」
弥生の言葉に少し喜んでいたところに、栞が更につっこんだ話しをしてきた。
これに何と答えれば良いのだろうか……。
流石に覚えていないとは言えないし……。
「栞、聞いたらあかん。祐は完全に記憶から消そうとしとるみたいなんや」
「そうなの? 祐さん、それはダメじゃないですか。良い言葉だったんでしょ?」
この質問に更に悩まされていた時、弥生が小さく笑い出した。
「栞ちゃん、忘れたくなるのも無理もないかも」
「えっ? でも、大事な言葉じゃないんですか?」
「大事というか、大変な事かなぁ。ヘタレな祐くんが勇気を振り絞ったんだからね」
楽しそうな弥生の口調から、とんでもない言葉が出てくる予感がしてきた。
「思い出すだけでも笑っちゃうわ。
『弥生ちゃん、これからはずっと俺が愚痴を聞くから、ずっと俺に愚痴って欲しい』ってね」
思い出したぁぁぁ! 顔から火が出るとは、このような時に使われる言葉なんだろう。
「それって、告白になるんですか?」
「私も思った。でも、祐くんが強張った顔して、震えているのが分かったから……。
あぁ、本当に頑張って言ってくれたんだなぁ、って思ってね」
「で、弥生さんの返答は?」
「じゃあ、よろしく」
最後の弥生の楽しそうな言い方で口にした言葉は、優しさに満ちていたものだった気がする。
改めて聞いた三善は腹を抱えて笑い出し、栞も笑いを堪えている。
それを見てか弥生も笑い出した。この場から消え去りたい気持ちにもなった。
ただ、俺にはこんな風に楽しめる友人がいる。
人によっては簡単なことだと思うかもしれないけど、自分は恵まれている気がする。
多くの人達と心を通じている訳じゃない。
それでも少なくとも俺のことを分かってくれる人がいる。
弥生ではないが、この居心地の良い場所が、俺の世界だと思った。
皆で笑っている中、ふと外を見た時に昼間に見た女性が道を歩いて行った。
1日で3度も……。本当に不思議なことがあるもんだ。




