後編・上
それから、私は篠宮さんにお札を渡されました。
これを持っていると、妙な物たちは害を及ぼしにくくなるのだそうです。
その他にも異変があったら、何時だって連絡してきて構わないと言ってくれました。
私が余りお金を持っていないと言うと、中学生から取ろうと思おわないよと笑って言いました。
しかし、、気が付いてしまったのです。
篠宮さんが時折、懐かしそうな眼差しで私を見るのに。
ひょっとすると、私に似た境遇の子が身内に居るのかも知れないと漠然と感じながら、感謝の言葉を述べました。
それから、私は篠宮さんの所に入り浸るようになりました。
当時の私は台風が吹き荒れている大海の小舟の様で何かしがみ付く物が欲しかったのです。
奇妙な現象に悩まされている私にとって彼はとても確かな存在になりました。
あの人は話をしていても、ここではない何処かを見て居る様な不思議な人で何よりも特別な人でした。
篠宮さんと接していると私も特別になれた気がしたのです。
「私は数学が苦手で篠宮さんはどうでした?」
「僕の場合は逆かな。文系が全滅だったよ。
友達に得意な子がいてね、何時も凄いなと思っていた。」
こんな風に食べ物の好みとか、或いはスポーツは何が得意かや、
昨日見たテレビ番組が面白かった等の話をしながら、時間を積み重ねました。
当時の私にとっては、こんな風に些細なやり取りをすることが幸せだったのです。
一度も鬱陶しがられることもなく、相手をしてくれたのも私を有頂天にさせました。
そう、私は端正な顔をした浮世離れした彼にはっきりとした恋情を抱いていたのです。
それでも、分からなかったのは篠宮さんに纏いついている幽霊の彼女との関係です。
その儚い女の子は声を出す事は出来ないらしく、彼と私が話している時は興味深そうに耳を傾けているだけでした。
彼等の関係は今になっても分かりません。
兄妹と言うには何処か仄暗いを感じさせ、
友達と言うには親密過ぎたし、恋人と言うには甘さがありません。
けれど、時折どうしようもなく、彼と彼女の二人の世界がある事を感じました。
私はそれが叫びだしそうな程嫌でした。
しかし、物を取ろうとしても突き抜けてしまう彼女と違って、
私は血の通った温かい体があり、数年後には誰もが振り返る美女になって、
きっと篠宮さんを振り返らして見せる事ができると無邪気な夢を見ていたのです。
しかし、篠宮さんと私が親密になるのに反比例するように学校での立場は悪くなっていきました。
学校ではグループ内での謀に加担しなかった事によって反感を買ったのが皮切りでした。
更に都合の悪い事に、篠宮さんのお札がある事で害はなかったのですが、
妙な物を見る率がずっと増えた事によって、何だか様子のおかしい奴と言うレッテルを貼られました。
そんな私は中学生と言う多感な時期に学校と言う制度に閉じ込められているクラスの皆の格好の餌食だったのでしょう。
擦れ違いざまに悪口を言われたり、物を隠されたりする事が段々と始まっていたのです。
私は篠宮さんの傍に居る特別な人間なのだから、悪意には屈しないよう涼しい顔をするように勤めました。
するとそれがまた気にくわないのか、彼等のする事はエスカレートして行きました。
私が援助交際を行っていると言う噂が流れたのはその頃でした。
出回っていると言う写真を見ると、そこには私と篠宮さんが映っていました。
聞けば、元々いたグループのリーダー格の子が一向に堪えない私に業を煮やしてばら撒いたと言う事です。
頭が煮えるような心地がしたと言うのはまさにこの時の事を言うのでしょう。
篠宮さんと私の関係を穢された気がして、
今までどうでも良くすら思っていた彼女の事を酷く恨みました。
妙な夢を見たのはその晩の事です。
私は一度遊びに行った事がある、リーダー格の子の家に気が付いたらいました。
これは夢だとぼんやりした意識の中考えた私は、彼女の部屋に行く為にゆっくりと階段を上りました。
そうして部屋のドアの事を開けると、如何にも甘やかされて育った彼女らしい可愛いらしい室内が伺えまし
た。
全く、あんな薄汚い事をやったとは思えません。
リーダー格の子はお姫様の様なフリルをふんだんに使ったベッドで安らかに寝ていました。
手入れを欠かさない艶やかな髪に無邪気そうな顔の彼女は天使のようでした。
そうして起こさない様にベッドに上り、ゆっくりと伸し掛かると、
折れそうに細い首が見え、
私は思わず、
それをゆっくりと絞めていました。
苦しそうに歪んだ顔をした彼女は、
涙を溜めた瞳で私を見ると酷く恐ろしい物を見たかのように目を見開きました。
そこで、私は目を覚ましました。
妙にリアルな夢で手に感触が残っていた程です。
酷く寝汗をかいていたのでシャワーを浴びて着替え直し、再び寝なおす事にしました。
その日を境に私への嫌がらせはぱったりと止みました。
どうも腑に落ちなくて、もやもやしていた私の前をリーダー格の子が通り過ぎました。
ふと彼女の首を見ると、まるで首を絞められたかのような跡がうっすらと残っていました。