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中編

それから、私は家に着くと自室のベッドで死んだように寝ていました。

余りに静かだったので母親が心配して何回か様子を見に来たのにも気が付かなかったぐらいです。

些細な音にも敏感に反応して、すぐに起きてしまうタイプの私には珍しい事でした。


目が覚めたら深夜になっていました。

こんなことは今まで無かった事で驚きました。

これからお風呂に入ろうか悩み、ぼんやりしていると微かな物音が聞こえてきました。


かりかりかりかりかり


爪でガラスを引っ掻く様な不快な音でした。

私の部屋は真夜中なので自分以外の人間は誰も居ません。


こう言う場合、振り返ってはいけません。

何故なら彼等はとても寂しがりやだからです。


がりがりがりがりがりがり


音は段々と激しさを増して行き、間隔も早くなって行きました。

私は電気すら点けていない真っ暗闇の中、

下の方から這い上がってくるざわざわした寒気とともに立ち竦むことになったのです。


両親や同じグループの人達の顔が過るけど、誰も助けに来てくれません。

それは身に染みるほどよく分かっていました。


私は息を整えると心臓の鼓動を落ち着かせ、部屋を出て行こうと決心をしました。

奇妙な音が発生している窓からは視線を逸らして、

妙な体勢のまま足音を立てない様にゆっくりとドアを目指す事にしました。


けど、私は忘れていたのです。

ドアのすぐ横には大きな鏡があった事を。

それは、私が中学生に入学した時に母親に買ってもらったもので、

女性としての一歩を踏み出した証の様な大事な鏡でした。


けれど今は…。


もうすぐドアの近くだと安心してしまった私は、ふと鏡を見てしまったのです。

そこには角度的に青いカーテンが掛った窓が映っており、

その間から何か白い物が、

いや、そんな筈は、

でも、


それは間違いなく人の手でした。


私はドアを開けて全力で階段を駆け降りると、

両親を起こし、確認をしてもらいましたが誰もいませんでした。


一時期は落ち着いていた妙な物が視えると言う現象が再発していたのです。

下校時に変な物を沢山見たのは夢の中の話ではなく、只の現実であることがよく分かりました。


窓には有り得ないぐらいに爪跡がびっちりと付いていて、

無視さえしていれば、通り過ぎて行った今までのモノ達と違い私への執着を感じました。

それは今まで視たどんなモノより胃の底から這い上がってくるような冷たい身震いを感じさせたのです。


夜中に突如奇妙な理由で起こした娘を心配する両親の顔を見て、

明日の学校は休んであの不思議な男に会いに行こうと決心しました。


次の日の朝、私は学校に行くと言って心霊事務所と言う所に行く事にしました。

それは思いの外、途中まではスムーズに行きました。

持っている携帯電話を使って、母親のふりをして学校に連絡を入れればいいだけです。

制服の上に上着を羽織り、通行人の目を引かない様に気を付けました。


それから、駅から数駅の所にある事務所の所に行こうとしたのです。

それぐらいのお金なら、私のお小遣いでも何とかなります。

ところが切符を買い、電車に乗った途端音と言う音の洪水が私を襲ったのです。


今日は会社に行きたくない。

明日のデートキャンセルしちゃおうかな。

仕事の報告がなってないぞ。

今年のボーナス何に使おうかな。

もう、いい加減この人とも腐れ縁だな。

あの書類どこにやったけ…。


頭が割れるかと思いました。

私は込み上げてくる吐き気を堪えるので精一杯で、

手摺に何時の間にか必死になって縋りついていたのにも気が付きませんでした。

多分、この声は私だけが聞こえているのです。

私だけがおかしいのです。

余りに様子が変だったからか、

何人かの乗客が声を掛けてくれましたが対応できませんでした。


その場に立っているのもやっとだったからです。


やっとの思いで下車する駅に着くと、私は転がる様にして降りました。

そうして、備え付けのベンチにふらふらと座り込むと呼吸を整えました。

どれぐらい、そうしていたかは分かりません。

ただ、私には助けが必要だと言うのははっきりしていました。


随分ぼんやりしていたのでしょう、事務所が随分分かりにくい場所にあることも手伝って、

私はすっかり迷ってしまいました。

困ってしまい、近くに設置されていた地図と名刺にある住所を見比べていると、


どうして


声、が聞こえました。

その時は通行人の話し声だと思い、気にしなかったのです。


どうして、

ねぇ、どうして、

あなたはいきているの、

こちらにちかいくせに

おなじになればいいのに

いっしょになればあなたは、


耳元で生臭い息と一緒に誰かが話しかけてきます。

年齢も性別も分からず、ただ井戸の底の様な暗さに満ちていました。

私が体をカチンコチンにして無視をしていると、急に声が止みました。


諦めたのか、そう安堵したのもつかの間でした。


まるで、

水死体の様に、

ぶくぶくと膨らんだ白い手が私の肩を、


掴んで、


どうしよう、

私が思わず、悲鳴を上げようとした瞬間でした。


「こんな所で、何をやっているの?」

そう話しかけたのは、

透明な女の子を纏いつかしている篠宮さんでした。


「どうぞ。」

かちゃんと、目の前に置かれたのは美味しそうな紅茶でした。

それを飲むと温かさが胃の中にジワリと広がり、やっと落ち着いたような気持ちになりました。

ここは心霊事務所の応接室でした。

アパートの一室で他の空間は居住スペースになっているのでしょう。

社員も彼だけだと言います。

あの後、篠宮さんは恐慌状態に陥った私を宥めて事務所まで連れて来てくれたのです。


何が何だか分からない内に事務所に居たと言う感じですが、きっと彼が助けてくれたのでしょう。

私は改めて篠宮さんに向き直りました。


「あの、助けて下さったんですよね?ありがとうございました。」

「いいえ、僕は大した事をしたわけじゃない。」

そうして、篠宮さんは口元を緩める様にして微かに微笑みました。


大した事があるのです。

今まで怖い目に会っても誰も助けてくれず、

それはたった一人で耐え忍ぶものだったのですから。

よく見ると彼の容貌が端正なのに気が付きました。

後から考えるとこの瞬間、私は篠宮さんに淡い恋心を抱いたのかもしれません。

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