前編
彼等と出会ったのは私が中学生の時でした。
小さい頃から私は変わった子だったそうです。
誰も居ない所に手を振って、何事もないのに急に泣き始める、そんな女の子でした。
おおらかな父親と芯の強い母親は私が足のない女の人がいると言ったり、
首のない子供がいると言っても、心配そうな顔をしながらも只そうかと言って頷いてくれました。
つまるところ、私の視える物が否定されないのが当然の環境だったのです。
その趣が変わったのは小学校の頃からです。
私はその頃、活発な子供でよく皆とお一緒に校庭で遊びました。
すると、木陰の下に中年の男の人がいることに気が付きました。
見知らぬ人だったので、その人が何をやっているのかと不思議に思った私は立ち止まりました。
その時は丁度、仲良しのアキちゃんと鉄棒で遊んでいた時で、彼女は怪訝そうな顔をしました。
何を見ているのかと尋ねるアキちゃんに、あそこに知らない男の人がいると私は指を指しました。
彼女は誰も居ないよと言って首を傾げました。
あそこにいるじゃないと言葉を続けると可笑しな顔をしました。
悲しそうなあの人が私達に手招きしているのが視えないのと言葉を重ねて言うと、
アキちゃんは私から一歩下がり、不気味な物を見る眼差しで私の事を見ました。
私は仲良しの彼女にどうして、そんな目で見られなくてはいけないのか分かりませんでした。
そうしてアキちゃんは私の事を嘘つき呼ばわりして去って行きました。
そうして、彼女にあの子はおかしいとクラスの人達に言い触らしたのです。
クラスの中では所謂、学級委員タイプも居て酷い事を言うと憤ってくれた子もいました。
それでも、そうして傍に居てくれた子もあそこに黒いおじさんがいる等と言うと、
段々と気持ちの悪い物を見る目で見るようになり、結局嫌な事を言われているのは自業自得だと言って離れて行きました。
そうして、私は遠足に行くときも独りでお弁当を食べる様になったのです。
悲しくて辛かったけど、両親に心配を掛けない為に私は学校に行き続けました。
その頃は既に私に対するクラスの人達の扱いは同級生に対するものではなくなっていました。
それからは私がどうなったかは余りお伝えしたくないことです。
ただ、食事が喉を通らなくてどんどんやせ細って行った私を両親は心配そうな眼差しで見ていました。
やがて、担任に母親が呼び出され、最終的には転校を余儀なくされた事だけをお話したいと思います。
転校の準備が進む中、私は家で寝込んでいました。
すると、階下で両親が小さな声で話し合っているのを聞こえました。
あのこがきょげんへきがあるのは、あいじょうぶそくがげいいんてせんせいが…。
ふざけるなどうしてそんなことを…。
あのこはいいこです。ただ…。
両親の話し合いはその日の夜遅くまで続きました。
あの頃は私は小さくて、彼等の言っている事はさっぱり分かりませんでした。
それでも、大好きな両親を悲しませてしまった事はぼんやりと伝わってきました。
それはとても辛いことで、このまま暗闇に溶けてしまいたいと思いました。
次の日、起きると母親が居住まいを正して待ち構えていました。
私は素直に彼女の前に座ると、話を聞きました。
その内容はこう言ったものでした。
貴方が妙な物が視えると言うのなら、実際にソレはいるのだろう。
それでもソレは誰の目にも見える訳じゃない。
嘘を付いていると勘違いされることもあるから黙っていた方がいいよ、と。
母親は基本的に向こう見ずに話すタイプの人でしたが、
この時ばかりは、難しい顔をして随分言葉を選んでいる印象を受けました。
私は両親をもう悩ませたくなかったので、その助言に黙って頷きました。
転校先では、一切そう言った事は口にしなかったので、
前の学校のことは悪夢として長い間苦しめられましたが、
私は普通の子として受け入れられ、仲の良い子が数人できました。
しかし、彼等には秘密を抱えていると言う後ろめたさを覚えました。
それでも段々と落ち着いて行き、どうにか小学校を卒業して、中学校に入学した頃の事です。
私はとあるグループに所属して、その中の一人を無視しようと提案されたのです。
その子は大人しいけど可愛い子で、男子に密かな人気がありました。
それが気にくわなかったのでしょう、
あの子は最近調子に乗っているから躾けてやった方があの子の為だとリーダー格の子が言い始めたのです。
他の子が次々に賛同の声を上げる中、
貴方はどうするのと皆の視線が集中しました。
私はそんなことに加担するぐらいなら、死んだ方がましでした。
けれど、自分がに同じ目にあったらどうしようと言う気持ちも捨てきれませんでした。
もう一度、小学生の頃と同じ目にあったら耐えられるか分かりません。
そう思った途端、急にブワッと声が聞こえてきたのです。
まさか、私に逆らう気じゃないよね。
一人だけ協力しないとかマジないわー。
良い子ちゃんぶって。
一人だけ善人面して嫌な感じ
死にそうな顔しちゃって、そんな大袈裟なこと?
彼等は誰ひとりとして、口を開いていません。
私のことを無表情でじっと見詰めています。
頭の中に雪崩れ込む音の洪水に耐えられず、
私は気持ち悪さと吐き気で咄嗟に口を手で蔽い隠しました。
自分が嘔吐してしまうのではないかと思ったからです。
そうして、私はブーンイングを上げる彼等を尻目に具合が悪いからと言って無理やり保健室に行きました。
一時間ベットで休んでも顔色が真っ青なのが治らなかった私は家に帰る事になりました。
その頃には私はそれが人の心の声が聞こえているのだと言うのを理解していました。
だって、私の母親に連絡している保険医の先生から
忙しいのに迷惑掛けるんじゃないわよと言う声が聞こえていたからです。
こうして、私は独り家路に付く事になりました。
何時も同じ通学路は、けどいつもと違っていました。
いえ、私が可笑しくなっていたのです。
血塗れの女の人や先月亡くなった筈のお爺さんが闊歩していたり、
大声で喚き散らしているのに誰も見向きをされないお兄さんがはっきりと視えていたのです。
最近では余り妙な物が視えなくなっていた私は、その場に立ち竦んで目眩を堪えました。
しかし、やがて耐えきれなくなり、その場に蹲ってしまいました。
ポンと肩に手を置かれて振り返ると若い男の人がいました。
男の人は大丈夫?と私に声を掛けてくれたのですが、
彼の異様な姿に私は目を奪われていました。
男の人の肩に半透明の儚げな女の子が絡みついていたのです。
彼女は年齢は私よりもやや上でしょう、よく出来た陶磁器の人形の様なうつくしい人でした。
それを不気味だとは不思議と思いませんでした。
ただ、思わず見惚れて気が付いたら、その女の子は何と呟いていました。
すると男の人は吃驚した顔をして、君は視えるのと言いました。
私が頷くと何か困った事があったら連絡しなさいと言って名刺をくれました。
霊感事務所 所長 篠宮 栄司
そこにはそう記載されてしまいた。
男の人は私が気分が良くなるまで付き添ってくれましたが、
やがて、用事を思い出したと言って足早に立ち去って行ってしまいました。