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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かれらはいきていた

作者: 沽雨ぴえろ

書きかけです。


ちみりちみりと、短編として完成させたいです。



大切な彼らに捧げます。

冬の夜は体が芯から冷える魔の時間。私は暖かい家の中でさえその冷気を感じ、ぶるりと身を震わせた。すると足元からつい先日から保護している白と黒の毛色を持つ雄猫が唸り声をあげた。


「なんだよ、クロちゃん。餌欲しいの?」


「ヴーッ」


彼は唸り声を上げる割には、眠そうに瞬きを繰り返した。私はその様子を見て、餌は必要ないと判断し、部屋の温度を確認してから手を洗いに部屋を出た。

階段を降りると、いつの間に来たのか、するりと足に擦り寄るサバトラの飼い猫。うにゃん、と鳴き声をあげて、ご飯をねだる。


「ごめんね、えび。今手洗ってくるから待ってて」


そう言って、廊下に出る。途端冷たい冷気が全身を包んだ。洗面台に辿り着くも足先は冷えて丸まってしまう。

ああ、寒い。冬は虫がいなくていいけれど、こんなに寒いのも考えものだ。そんなことを思いつつ手を洗っていると、ふと気になることが出てきた。


「あれ…ぶっちは、今日餌を食べに来たかな…?」


ぶっち。えびが臆病すぎて家の中で飼えなかった元野良猫だ。つまりは、『外猫』。白に黒のブチで、ぶっち。人懐っこく、大食いの雄猫だった。

そのぶっちが、いつもは毎日餌を貰いに来るのに、何故か来なかった。母に聞いても、見ていない、と。

まぁ、以前も来なかった日はあったから、大丈夫だろうさ。ああ、寒い。

次の日にはひょっこり現れていた猫なので、対して気にもとめず、足早に暖かい部屋に戻ってえびにおやつを与えた。寝る前にはもう一度クロに餌を与え、手を洗い、そしてようやく布団の中に入った。


夜が明けて、七時。まずはクロの餌をやる事から始まる。すべて食べるのを見守った後、私は手を洗って朝食をとった。


「ぶっちは?」


「まだ見てないよ」


母にぶっちが来たかと問えば、まだだと返ってくる。私はそうか、と頷き、朝食を頬張るのだった。

学校へと行く準備を終え、荷物を持つ時にも勝手口の先にぶっちがいるかを確かめるが、彼はいなかった。


「…行ってきます」


そんなこともあるだろうと、私はまた思うのだった。

その日はいつもの様に授業を受け、午後はセンター試験対策として、その年のセンター試験を過去問として解いた。とても難しくて、友達と一緒に笑いながら愚痴を言う。


「あんなの解ける気がしないよねー」


「難しいわー」


帰る時刻になり、私は携帯電話を片手に、友達に手を振って別れた。

自転車を漕いで、自宅へと向かう。

家についてすぐにぶっちがいるか確かめたが、居なかった。


「ただいまー!着替えるから待っててよね」


クロを保護してから、私が学校を終えた後は決まって病院に行っていた。

この日は二日目だった。

汚れてもいい服に着替えて、私はいらない服を入れた発泡スチロールの箱にクロを入れた。


「さー病院行こうねー?」


「落とさないでよ」


「落とさないよ」


そんな会話をして、私と母は外に出る。その日は車が玄関とは反対方向にあったので、ちょっと遠かった。

ブルーベリーの木の鉢と我が父の日曜大工の賜物であるウッドデッキの間を通り抜けつつ、母に尋ねた。


「まだぶっち来ないの?」


「来てないんだよね、まだ」


未だに来ていないらしく、私はほんの少し不安を覚えた。けれどそれも、私の手で抱えられているクロの低い唸り声で薄まってしまった。


「寒いよね、今行こうね」


そう言って、車に乗り込んだ。動物病院は近く、車で十分もかからないだろう。

車から降りる時も、慎重に、あまり揺らさないように降りた。

病院の中はオレンジの光で暖かみがあったが、やはり独特の匂いが何とも言えなかった。


「こちらにどうぞ」


他に通院している動物がいない時間帯らしく、すんなり入ることが出来た。

クロは衰弱していて下半身が動かない上、震えが止まらないこともあって、クロの体の下には動物用のホットマットが引かれる。


「足が動かないんです、あと、震えも止まらなくて」


「足が動かない?…うーん」


母がそう言うと、獣医さんはなんとクロの動かない足をつねった。

えっと思ったが、その瞬間、クロの足が痛い!と言わんばかりにびくりと跳ねた。


「あぁ、動きますね。ん、おしっこも溜まってますね、出しますね」


獣医さんはクロのやせ細った体を掴み、膀胱付近に手を当て、尿を押し出した。

控えていた女性が持っていた容器が並々となるまで、クロは尿を出した。


「下半身が動かないのは衰弱していて、筋肉が痩せてるからですかね。しっかり餌を食べさせて、水を与えてください。薬、出しておきますね」


治療費は高かったが、それでも良かった。

家に帰って、クロを今使われていない兄の部屋に連れてゆき、新聞紙の上に乗せる。もちろん、寝かせる。


「餌食べようなー、水置いとくよ」


缶詰めを開けながら、クロに話しかける。

食べにくいだろうと思い、餌をよそった器を斜めにして口元に運んだ。

それまで唸っていたクロが、さらに唸りながら勢い良く食べ始める。


「もっと食べる?」


以前母にあげすぎだよと注意されたが、食べっぷりを見るとやはりそうも思えない。が、衰弱しているのに違いはないので、ほんの少し加えて、終わりにした。

水を口元に運んだが、飲まなかった。


「クロちゃんお薬の時間だよ」


「抑えといてね?」


私と母とで、スポイトで水に溶かした薬を飲ませようとしたが、吐いてしまった。失敗。





「おはよう、クロちゃん、ご飯だよ~」


朝の日課となりつつある私のクロへの餌やり。

やはり良くたべる。

水と薬はやはり飲まなかったので、母に任せることにした。


しっかり学校にも行き、帰宅する。

やはり視界の中にぶっちは入ってこなかった。いや、母がすでに餌をあげた後かもしれない。


「ただいまー!」


私はまた母と連れ立って、クロを病院に連れて行った。

少し混んでいたが、すぐに順番は回ってきた。


「水を飲まない?あー、そうなんですか…餌で取らせるしかないですかね。薬は飲みました?」


「吐いちゃうんです」


「どうにか飲ませて下さいね。今日は熱を測ってみましょう。………んー、ちょっと熱ありますね」


獣医さんはそう言うと、昨日と同じ点滴を持ってきた。昨日も打っていた。

クロの背中に点滴を打つと、クロは気持ち良さそうに目を細めて耳を倒した。唸っていなかった。


「点滴気持ちいいんだね」


「クロちゃんをよくあっためてあげてくださいね」


やっぱり治療費は高かったが、それも仕方ない。

帰りがけに母に尋ねた。


「ぶっちは?」


「今日も見てないんだよね…死んでたりして」


「やめてよちょっと!」


そんな会話をしつつ、帰宅する。

どこかで飼われているのだろうか、本当にぶっちは姿を見せなかった。

寒い冬だから、飼われていたら、寂しいけど嬉しく思う。


「薬どうしよう、餌に混ぜてみようか?」


結果は失敗だったが。匂いを嗅ぎ分けて、食べなかった。いつの間にかグルメになったのか。


「そう言えば、今日はお昼にね、日差しが暑かったのか、自力で机の下の日陰に潜り込んでたよ」


野良猫で、臭いがひどく汚くて、ノミもいるだろうが、母は面白おかしそうに笑いながら言った。

動く事もできなかったあのクロが、自力で動いたのだ。私も、一緒になって笑った。

その後も少し餌をあげて、水を飲ませようとしたが、やはり飲まなかった。

明日はお高い猫用スープをあげよう。





「ぶっち来たー?」


「まだー!クロに餌あげてー!おしっこも出してね!」


「私出来ないよ?!」


「あーもうっ」


そんな会話をして、朝の支度をする。クロはよくご飯を食べるし、唸り声も健全、昨日の昼は後から聞いた話だが、母をひっかこうとしたらしい。

順調順調。


「えび、クロ、いってきまーす」


もちろん、えびも家にいる。

クロが玄関から兄の部屋に移ってから不思議に思っていたことだが、臆病でぶっちにさえも威嚇をするえびが、クロを気にしなくなっていた。

ドアは締めているし、入れないのはわかるが、匂いを嗅ごうともしない。

不思議だった。





「ただいま!」


病院三日目。私はまたブルーベリーの木の鉢とウッドデッキの間を通り抜けつつ、車に乗り込んだ。

獣医さんにクロの尿の出し方と、糞がなぜ出ないのか聞いてみた。


「糞はね、ずっと餌を食べてなかったから、まだ腸の中にあるんだよ。……うん、今日はお腹の中に出来てきてるね、明日くらいに出るかもしれない」


なるほど。

その後も点滴をうち、気持ち良さそうに目を細めるクロを撫でつつ、帰宅した。

今日もまた、ぶっちを見ていない。





「じゃぁ、行ってきます!クロをよろしく!」


玄関先でそう叫び、自転車に飛び乗った。

その日もとりわけ変わったことはなく、学校を終えた。

帰りも自転車なのだが、荷物があったので迎えに来てもらった。


「ロータリーで待ってるね」


「……うん、わかった…」


「?」


テンションが低いように感じたが、寝ていたのかも知れないと思い、電話を切った。

白いノアがロータリーに入ってきて、私はその車に乗り込んだ。


「……」


「どうしたの?」


「死んでた」


入って早々、眉間にしわを寄せる母に、疑問を投げかけた。しかしその返事が、衝撃的すぎて。


「…は?」


「ぶっち死んでた。デッキの下で」


母は何をいっているんだろう。私は理解出来なかった。ぽかんと口を開け、母を見つめる私に目線をやるでもなく、静かに車を運転し始める母。

未だ理解の追いつかない、けれどじわりじわりと確実にその事実が吸収されていくのを感じながら、動かない口を小さか動かした。


「…待って、え?ぶっち?死んだ?」


死という言葉を拒絶したかのように、声が揺れるのを自分でも感じた。

母は前を向きながら、淡々と、しかしいつもよりは早口気味に、疲れたような顔をして話した。


「デッキの奥の方でね。いや、奥の方というか、デッキの下の、庭よりのところ。口元に血がついていて…目も開いたままだったよ。」


途端に涙が溢れてきた。意味を理解したが、それを否定したくもあった。

母の言葉にただ頷くだけ頷き、ひたすら泣いた。少しすれば落ち着いてきて涙も止まったが、すぐに「なんでだろう」という言葉がぶっちの姿とともに頭を占めた。止まったはずの涙が溢れて、それを家に着くまで繰り返した。

泣きながらも理性はまだ残っていて、ちらりと母をみた。

涙一つこぼさず、前を見ていた。

そうして、私達は家に着いた。静かに車を止める母。

時期は冬。雪が降るかもしれない月。辺りはすでに暗く、車から降りれば吐く息の白さが浮き彫りとなる。


「ぶっち、デッキに置いてある。箱に入らなくて。」


置いてある。母の言葉にガツンと衝撃を受け、耐えていた涙がまた零れた。置いてある、というのは、生きているものに使う言葉では無い。それは、無生物に使うべきものだ。

いいや違う、彼は生きている。あんなにも人懐こく、穏やかな気性をした猫がいきなり死ぬなんて、そんな事は嘘に違いない。

いざ骸に対面、となるとやはりもう一度否定の言葉が沸き上がってくる。

ついこの前なのだ。彼が透き通るように綺麗な目を細めて餌をねだってくるのも、ほぼ出ていない声で鳴く声を聞いていたのも、どっしりとした体をすり寄せてきたのも。

彼は生きている。

いきている。



デッキの上に、なにかの上に横たわる白が見えた。

白の中には、黒いブチがあった。




綺麗な目をしていた。綺麗な黄色。

家の中で飼っているえびの目は薄い緑。えびの目も綺麗だけれど、一等綺麗なのはぶっちの瞳だった。透き通るくらい綺麗な黄色。

今、その目は動く事は無い。まっすぐどこかを見つめ、黒目は縦に絞られている。

綺麗な黄色い目は、もう瞬きをしなかった。

ぶっちの鼻は可愛いピンク色。左の鼻の穴の近くに茶色いほくろがあった。すぐしたには歯がところどころない口があった。いつもたくさんの餌を食べて、満足そうにしていた。

今、その鼻は口元からはねた血で少し汚れていた。口元は血を吐いた跡があり、白い毛を赤く汚していた。

可愛い鼻は湿ることは無く、口が閉じることは無い。

どっしりとした体は我が家やほかの家から餌をもらい、つるつるとした毛に覆われていた。模様はブチだが、頭のブチがサラリーマンの五分分けみたいになっていて、家族で面白いねえと笑っていた。ぶっちは人懐こく、しゃがみこむと離れていてもしっぽをまっすぐに伸ばし、たたたたっと軽快にこちらに走り寄ってきて体をすり寄せていた。

今、その体は手足をまっすぐに突っ張り、走り寄ることも、動かすことでさえ無い。

彼は走ることも食べることも鳴くことも出来ない体になった。

彼は死んだ。


「ここにね、居たんだよ。」


ぼろぼろと涙をこぼす私に、母はしゃがみこんでデッキの下を指さした。

その場所をみて、更に涙が大粒となって溢れてきた。

だってそこは、私達が、クロを病院に連れていく時に通った道の、すぐ横じゃないか。

数メートル離れていれば、白い部分の多いぶっちがはっきりと見えたことだろう。事実、見える距離を歩いていたのだ。

しかし私は注意せず、ただただ弱りきった猫を看病してやっているという事実に酔いしれていたのだ。

もしかしたらこちらが見えていたかもしれない。必死に声をあげようとしていたかもしれない。それに気づかず、ぶっちに注意を向けず、笑って酔いしれていた。私はぶっちを見殺しにした。


「明日、母がぶっちを火葬場に持っていくね。ちゃんと調べたんだ。」


私も行っていいかな、とは言えなかった。言いたかった。けれども言えない。私は両親にお金をかけてもらっていたし、高校受験に失敗した身だ。今回も失敗してしまったら、と思うと、言えなかった。彼を見殺しにしておいて、薄情だと思った。





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