伝える想い
元々短編用に書き始めたのですが、ちょっと短編で終わりそうにないので連載としてUPしました。気分転換に書いてるお話なので、バッドエンド直行気味です。
覚悟完了してからお読みください。
秋の気が早い夕焼けが世界を焼き彩る。僕は親友にして初恋の相手『斎藤白久』と、思い出深い公園のベンチで温かいココアをちびちびと飲んでいた。白久は「よくそんな甘ったるい物を飲めるよな」なんて言うけど、好きなんだから仕方ないじゃないか。
白久は名の通り肌が元から大分黒い体質で、生来の小麦色な肌の持ち主である。まさに白が久しい。特徴はそれくらいで、やや長めの黒髪をツンツンとワックスで立たせた髪型に、大きな体に似合う切れ長の眼がカッコイイ僕の幼馴染だ。
思えば、彼は僕のヒーローだった。昔から線が細くて、男女だのと苛められていた僕を助けてくれたのが白久だった。少年時代から寡黙な雰囲気を持っていた白久は、幼稚園時代から僕を助けてくれいた。
でも、僕だって男だ。護られているばかりじゃ駄目だ。白久のお荷物にはなりたくない。そう思って、中学校に上がった時にクラスも違った事もあり「手出し無用」と言い放った。そのおかげで、暫く疎遠になっていたのだけど、半年ほど経ってから僕への苛めが始まった。
僕は苛められている男の子を助けただけだったんだ。なのに、何で僕が苛められなくちゃいけないんだ!? 僕はそうして、再び地獄の日々へと落ちていく。
下駄箱には泥が詰め込まれ、椅子には精子が塗りたくられ、机は彫られ、教科書は奪われ、ノートには落書き、暇さえあれば殴られ、クラスメイトどころか教師からも無視され、最終的には口でさせられた。
恨みは思い出したくないけど、これは去年の出来事だ。まだ記憶に新しい。
僕は今、高校二年生。そんな地獄から救ってくれた、大好きな人の隣で“普通”を楽しんでいられる。例えそれが、高校生の男子と――女装した男子であったとしても。
そう、僕を救ってくれた時に気づいてしまったんだ。僕は、この人のことが――白久の事が好きなんだって。
あれからの僕は、男らしく在ろうとした今までの僕を否定するかの様に、女装に熱中した。だって、幸いにして僕には少女のような容姿がある。変声期も来ていない。身長も低く158㎝だ。少し髪を伸ばせば女っぽくなる。けど、白久が好きな女の子は黒髪ロングで大人しい娘。典型的な大和撫子が好きなのだ。
だから、僕はそうあろうと努力した。おかげさまで、今では誰も僕を男だと思わない。そこは誇れる。けど、そんな幼馴染を白久はどう見てくれているのだろう? ちゃんと意識してくれているのだろうか? 今までは熱中する事があったから、付き合いを少し濃くするだけで良かったけど……もう、良いんじゃないかって。
「しっかし……本当に変わったな、幸人は」
「ん、どしたの白久?」
「いや、目の前に居る美少女が幼馴染の男だとは誰も思わないよなって話だよ」
「美少女……」
ぽっ、と頬を淡く染める。やっぱり褒められるのは嬉しい。それが好きな人なら尚更だ。努力を認められたって事だし、きっと意識しているって証明なんだ。……だよね? 凄い淡白な反応しか見たことないから不安になるよ。
「そこに反応するのか……」
白久がやや呆れた声色で言った癖に、くっくっと笑いを必死で堪えている。どっちなんだ。
「ふんっ! 男だって女だって、綺麗だって褒められて嬉しくない人は居ないよ」
「いや、俺は綺麗だって言われてもな」
「そう? 僕は白久のこの肌、好きだよ?」
高い位置にある白久の頬を、指先で触れる。第一関節から第二関節へ、掌で白久の肌をいっぱいに感じると、それだけで幸せな気分に浸れてしまうから不思議。
自然に出た“好き”だけど、これはライクの好きだから問題ない。ラブの好きは……まだ、言えてない。
「そんな顔を真っ赤にして言われてもなぁ」
「にゃっ!?」
必死で顔を隠そうと、手をわたわたとばたつかせる。うう、ダメだったよ。昔は平気だったのに、好きって意識してからは触れるだけでも心臓がバクバクと早鐘を打つんだ。たしか動物の心拍数は寿命と密接な関係があって、一生のうちに鼓動する心拍数は決まっているとか。そんな、まだ死にたくないよ!?
「ど、どうした? 急に顔色が青くなったぞ? 大丈夫か?」
「し、しろひさぁ、僕、まだ死にたくないよぅ」
「………………何の話だ?」
ああ、白久が物凄い呆れた目を向けている。でも、僕まだまだやりたい事いっぱいあるんですけど!
「だ、だって、心拍数には限りがあるって」
「ああ、それか。安心しろ、どうせ人間は大体百年生きる。多少減ったところで数日だ」
「ほ、ほんと?」
「ああ、本当だ」(たぶんな)ボソッ。
大丈夫なのか、良かった。最後に何か言ったような気がするけど気のせいかな?
「で、何か相談があるんだろ?」
「ふぇ? な、何で?」
僕、今日はそういう話をしてないよね? たまに相談とかあったりすると、確かに公園で聞いてもらっていたけど……。
「お前、今すっごい変な顔してるぞ? 今日は不安そうな感じだ」
「へ、変な顔……?」
さっと手鏡を取り出して自分の顔を確認する。うん、問題なし。幸人ちゃん可愛い!
「ほれ、話してみ。なんだって聞いてやるから」
それは、いつもと同じ優しい声。ごつごつした手で頭を撫でられるけれど、手つきもいつも通り緩く優しい。ついつい眼を細めてしまうくらい、気持ちがいい。白久が僕に触れてくれている。それだけで、満足してしまいそうな感覚に襲われる。でも今日は、先に進むって決めたんだ。
たとえ中身が男だって、努力次第で女を超えることは出来るって信じてる。普通の人なら分からないけど、白久なら大丈夫だって信じてる。化粧を頑張っている時に応援してくれたり、買い物に毎回付き合っても嫌な顔一つしない白久に、僕は期待する。押しつけかもしれないけど、それでも信じてる。信じたい。
「ね、白久?」
「ん?」
だから、その顔を歪める事があったら、僕は潔く距離を置く。そう決めて、ここに来た。
いつもの帰り道、いつもの公園で、僕は君に。
「僕ね、白久の事が好きなんだ。男性として、恋愛的な意味で!」
告白をする。
「………………………………は?」
歪んだ。
優しそうな白久の顔が、くしゃくしゃになっていく。分かっていた、やっぱりこうなった。信じてる……なんて、やっぱり詭弁だったんだ。僕は、こうなる事を理解していたんだから。どんな男だって、男に告白されたら同じ反応をするだろう。
白久は難しい顔をして俯いてしまった。ああ、ダメなんだ。どんどんと気持ちは暗くなっていく。
この公園が僕と白久の思い出の場所である理由は、もう一つあった。
「じゃ、じゃあ僕こっちだから。あの、返事は……いつでもいいから……」
この公園が、僕と白久の分かれ道。お互いに違う家に帰る道。これまで何年もここで分かれて、また会った。けど、今日は本当の分岐点になったのだろう。
僕が白久とまともに話せるまで、どれだけの時間が必要になるんだろう。眼が熱くなり、いつの間にか泣いている事に気付く。失恋の傷は、いつ癒えるのだろうか。
「じゃね、また来週。学校で」
少し鼻声交じりだったかな? でも、なんとか声を上げずに済んだ。何度も想像して流した涙だけど、枯れることはなかった。だからお願い、せめて友達では居させてほしい。
僕は身を翻し、自分の家へと急ぐ。逃げたところで、高校二年生の僕達は再び会うことになるだろう。その時、ちゃんと挨拶がしたい。
未だベンチで俯く白久に視線を一度だけ向けて、再び家路についた。溢れる涙を必死に我慢しながら。
◆◇◆
自室のベッドで何度目かの寝返りを打つ。あの後、部屋に入った僕は崩れ落ちるように泣いた。声を上げて泣いた。ママが心配して見に来てくれた時、寝なさいって言われなければ僕は未だに泣いていただろう。
いや、今も少しだけ泣いては居るけど。それでも、寝る前のような酷さじゃない。鼻を鳴らすようにグスグス泣いてるだけだ。我ながら見事に女々しい。
「トイレ……」
水分は涙として放出している筈なのに、泣いた後って何故かトイレに行きたくなるんだよね。体が温まってるからかな?
ガチャ。
トイレの便座に座り、用を足す。その間にも思い出してしまうのは、今までの楽しい思い出。まだ僕が男の子だった時の思い出。いっぱい助けられて、いっぱい遊んだ。海も山も言ったし、何度もプールに行った夏休み。雪が降ったらかき氷にしようだの、かまくら作ろうと約束したけど、暖冬の影響で全然積もらなかったり。あの時の白久の顔、物凄く不貞腐れていたっけ。
これが、僕が失くしてしまったもの。
大切な親友とのこれからの時間と、今までの思い出。
白久から離れれば、それだけ思い出は色褪せる。今の僕に白久以外の同年代の子の記憶が薄いように。高校からのクラスメイトくらいしか、僕の記憶に詳細なエピソードは無い。せいぜい苛めの記憶くらいだろうか。
「しろひさぁ……」
ぽつりと呟く。その声はやはり涙声で、未だに僕は泣いているようだ。本当に仕方のない奴だ。
じゃー……。
後始末をしてトイレを出る。忌々しくも鎮座する竿と玉。こんなものさえ無ければ、僕はこんなにも悩まなくて済んだのかな? いっそ、切ってしまおうか。カッターで出来るだろうか。
毛布にくるまり、そんな思案を巡らせる。そんな事をすれば死んでしまう事は分かっている。ただ、もういっそ死んでも良いかな……とも思えてしまっていた。
あの顔は困惑と拒絶。伊達に顔色を窺って生きていない。
スマホを手に取り、時間を確認する。
「二時……中途半端な時間に起きちゃった、かな」
内心で少しだけ期待した、白久からのメールは無い。いつもは寝る前まで下らない雑談を電話かメールで話すのに、何の反応すらない。それが、更なる絶望へと僕を叩き落とす。
「うっ、ひぐっ……ぐすっ……」
再び涙が溢れ出す。諦めたとか、駄目だったとか、いくら御託を並べても期待せずにはいられない。
好きな人から「好き」って言われる事を、いつまでも夢想してしまう。それは失恋と理解しても尚、薄れる事は無く。きっと新しい恋を見つけるまで、抱き続ける想い。いや、きっと新しい恋を見つけても拭い去ることは出来ないだろう。
ああ、これが男の浮気性の正体か。いくら女を被っても、本質ではどうしようもなく男なのだ。これじゃあ拒絶されても仕方がないよ。
どんどんとマイナス思考に陥っていく。だからママは僕に寝ろと言ったんだ。何処までも落ちていく奈落の闇。底など無い泥沼。こんな処に留まっても、体を壊すだけだからと。ママは強い人だ。改めてそう思う。寝て起きて、それで切り替えられるほどの強さを、僕は持っていない。
ピロンッ!
「ひゃうっ?」
真っ暗な部屋の中、既に画面が消えていたスマホを見ながらマイナス思考に陥っていた時に、電子音だ高らかに響いた。
「え、なに? 深夜なのに……」
再び輝きを取り戻したスマホのディスプレイを眺める。そこにはメール着信の文字が浮かんでいた。差出人は真田白久。
「しろ、ひさ?」
急いで受信ボックスを開き、メールのアイコンの前で指が止まる。もし、拒絶の文章が羅列されていたらどうしよう。友達すらいやだって、二度と話さないって書いてあったら、視界に入るなって書いてあったらどうしよう。
どうもしない、何もしない。それが一番だ。だから、このメールも見ないでおこう。
ピロンッ!
「ふぇ――?」
再び鳴り響く電子音。さっきとは違い、こっちには題が書いてある。なになに……「早く見ろ」?
ぷっ。つい吹き出してしまった。お見通しだった。僕の行動なんて、白久には筒抜けなんだ。そう思うと、白久の一端に触れたようで安心する。ああ、大丈夫だ。だって、白久だもん。だから大丈夫。
最初のメールを開けて読む。
『びっくりした。まさかお前が、俺をそういう風に見てくれているとは夢にも思わなかったから。でも、まず最初に言うべき事がある。俺も好きだ! どっちかっていうと女として好きだ! だから、こんな俺で良ければ付き合ってほしい。本当ならすぐに返事するべきだったんだけど、先に言われた事がショックでな。スマン。という訳で、いまからそっち行くから』
硬直した。
え? 好きって? ていうか今までずっと公園にいたんじゃないだろうね?
叶わなかったと思っていた恋が実った。そんな嬉しさで胸がいっぱいになってしまった。脳内は青色から一気に春色へと染まり上がり、喜びの涙が溢れてやまない。どちらにしろ泣くんだな、僕は。
急いで服を温かい格好に着替える。さすがにパジャマのままじゃ会えないし、それに家の前で待っていたい思いもあるのだ。絶対抱き付いてやるんだ。紛らわしい事をした白久にはお仕置きをしてやる。今夜は離してあげないからね!
黒いプリーツスカートに、白のふわふわチュニック。黒ニーソで対白久武装を完備! 伊達に幼馴染じゃないさ。白久の性癖は知っているよ、絶対領域な上にパンツマニアだってことも! あとは白いコートを着込んで外で待っていよう。
◆◇◆
「なぁ、そろそろ離してくれないか?」
「ダメ。今夜は絶対に離さないもん」
公園で硬直から眼を覚ましたのは、巡回中の警官に職質を受けた時だ。夜の公園でベンチに蹲り、しきりにぶつぶつ呟く男なんて誰が見ても不審者だろう。そこからも意識は回復せずに生返事で職質をやり過ごし、自宅に帰る気にもなれず、行きつけのネットカフェで個室に篭り呆然とすること四時間強。
ふと時計を見ると既に日を跨いでおり、深夜二時になっていた。いかん、こんな事でウジウジしていてはいけない。よし、整理しよう。俺、幸人に、告白された、返事はまだしてない。
「最悪だ!」
「うるっせえ!!」
ドンッ! と壁ドンを戴きつつも、めぐる思考はどうすればいいか。答えは一つ。
「取り敢えずメールを打って、突入するか」
この時の俺はすごいバカだったと思う。メールを送るまでは理解できるけど、何故突入するところまで踏み込んだのか。何なら今日の昼からデートを申し込めば良かったじゃないか。そんな事を今更思うがもう遅い。幸人さんは俺の腰にしがみついたまま離れてくれないのだ。くそう、トイレどうしよう。
「それとも、僕に抱き付かれるの……嫌?」
これである。嫌じゃない上に建前も破壊する上目遣いに、ぐうの音も出なくなってしまう。そして何てこった、ふわりと香る幸人の香りさえ良い匂いと判断して髪をクンクンしてしまう。俺、変態っぽい。
「あ、あの、白久……僕の髪、そんなにいい匂い、する?
「あ、ああ。今まで気にしたことなかったけど……勿体ない事をしていたな。撫でた後にクンクンすればよかった」
「うぅ~~~……っ。えっと、今日はお風呂入ってないから、そのぅ……あんまり嗅がないで欲しい、かも」
これである。これである。
目線を逸らして俯き、顔を真っ赤にしている癖に髪は無防備にこちらに突き出しているのだ。嗅いでくれと言っているようなものだ。是非とも心行くまでクンクンしよう。
そもそも、俺はこいつの事を男だと意識し始めたのは中学の時だ。それまでは女のつもりで接していたし、俺の初恋でもあったのだ。幼稚園時代に出会って、小学生低学年の時に完全に惚れた。なのに、性別の事を知った時の俺の落胆と言ったらなかった。
中学に上がってからは、男らしく成ろうとする姿を見ていたせいで何も言えず、結果としてクソ野郎どもに幸人を襲わせる羽目になったのだが。まぁ、いい。今は怨んじゃいない。どうせ奴らの人生は終了しているんだ。俺が家の力を使った最初の例がこれだ。旧家で名家、総理大臣すら輩出した政治家の家系。
それに何より、結果として昔以上に美少女な幸人になってくれただけじゃなく、俺を好きだと言ってくれた。俺はゲイじゃない。けど好きなんだ。仕方ないだろう、幸人のためならゲイにだってなってやらぁ!
初恋は実らないとか言ったな。すまん、ありゃ嘘だ! はーははははは!!
◆◇◆
トントントン――
私、真田碧の朝は早い。
まずは自らの身支度。朝シャワーから始まり薄メイク。制服を着用し、時間を確認。もうすぐ七時。そろそろ兄さんを起こさないといけない。憂鬱だ。
何が憂鬱だって、自分よりも美少女な兄を起こしに行くのだ。色々と女としてのプライドが瓦解するのは必然だろう。まぁ、私が教え込んだ技術で出来上がった美少女兄貴なわけですが。むしろ、だからこそキツイものがあるのかもしれない。
ガチャ。
とはいえ、今日の私は生徒会のお手伝いをしなければいけない。兄さんまで起きる必要は無いんだけど、これも日課ですので。
「兄さん、早く起きて。朝ごはん片づけちゃうよ?」
ばさっと毛布を剥がす。そこにはいつも通り、嫉妬する程の美少女が静かな寝息を立てて童話の姫の様に眠りについて……あれ?
「にい……さん?」
「「………………」」
「兄さんが、男になった!?」
ダンダンダンダンダン!!
勢いよく階段を降り、キッチンで料理をする母さんに大声で知らせる。
「母さん! 兄さんが男になってる!!」
「落ち着きなさい碧、幸人はまだ男よ」
「まだ!?」
「ええ、手術するのも時間の問題ね」
「手術!?」
「そうなれば、もう一人欲しいわね……ね、パパ?」
「う、うむ……長男がいると嬉しいのだが……」
「もー、パパったら。幸人とキャッチボールができないからって、今夜ストライクするつもり?」
「母さんが朝から酷い下ネタを!?」
いや、確かにおかしい。兄さんは元から男の娘だ。いや、男の子だ。それが最近になってやたら女の子に寄っていると思ったけど……。まさか、ある朝に突然男になるためのドッキリネタだとは……。流石に碧ちゃんの想像を超えていましたよ!
「碧……うるさぃ」
「兄さん! 男の兄さんおかえ……りって、あれ? また女の子になってる?」
「何言ってるのさ碧、僕は昔からずっと男だよ。残念ながらね」
「残念なのは女の子っぽく戻ってることだよ!?」
兄さんとそんなやり取りをしていると、ギシ……ギシ……と床を踏みしめる音が薄らと響く。何奴!? と視線を送ると、そこには幼馴染のお兄さんな白久さんが立っていた。なぜに?
「あー、おはようございます……」
「お、おはよう……」
お父さんが困惑した様子で白久さんを見ている。そしてふいっと私に視線を送る。なぜ私を見るか。確かにそれなりに仲良くしてもらっては居るけど、あくまで兄さんのついでだからね?
お父さんは私の態度で理解できたのか、視線を兄さんに移す。兄さんはふいっと視線を逸らした。犯人はこいつです。
「ほーれ、幸人。言うんだろ?」
「にゃーっ、言うから! 言うけど恥ずかしいの! 頭固定しないでよぅ……」
若干涙目になりつつも、溢れる笑顔が隠しきれてない兄さん。どうしたのだろう、顔も真っ赤に染まっている。まさか、精通したの!? 今日はお赤飯!?
※精通は既に迎えています。
「どういう事か、説明しなさい」
お父さんがやけに強そうな口調で兄さんに詰め寄る。すこしだけ怯んだ兄さんだったけど、しっかりと頭を固定されているために逃げることもできない。哀れ兄さん。
「幸人、大丈夫だから」
「うん、頑張る……ありがと、白久」
にっこりと、照れながらも微笑む兄さん。超可愛い。それにしても、なんだろう。やたら甘い気配がするのだけど。
「父さん、僕と白久は昨日、恋人同士になりました。男同士ですけど、本気で愛しあっています。どうか、僕達の事を認めてください」
「…………………白久君、本当かね?」
「はい、本気で幸人を愛しています。今なら言えますよね、お義父さん」
「うむ、よくやった。というか、ようやくくっ付いたのだな。俺らはさっさとくっ付けばいいのにと話していたんだが」
「そうねぇ、やっと恋人になってくれたわね。これで問題なくタイに行く準備が整うわ」
お父さんが意味不明な言語の羅列を重ねている。母さんもだ。それ何語?
「えっと……パパ、ママ? 知ってたの?」
「知らないわよ、ただね? うちの息子が娘になるには誰か理解者が必要だと思っていたのよ。ほら、あんた男と思えないレベルで可愛いから」
「白久? 嬉しいけど、パパとママがおかしいよ」
「大丈夫だって言っただろ? というか、お前が女装を始めたあたりで言われててさ。うちの息子を嫁にどうだ? って。最初は何語かと思ったよ」
SHIT! 発想が被った!!
「待って、それと白久さんが朝から我が家に居ることの説明がついてないよ?」
「そんなの簡単よ。夜這い……でしょ?」
母親のドヤ顔がここまでウザいと感じたことは生まれて初めてだろう。
「いやぁ、何というか。ノリとテンションで凸しました。まだ性的なのは」
「にゃ――――――っ!! なんて事いうんだよ白久ぁ!」
「はっはっは、幸人は可愛いなぁ」
「うじゅぅ……」
ぎゅっと抱きしめられて大人しくなってしまう兄さん。真っ赤な照れ顔がパない、可愛い。
「そんな訳で、デートついでに俺の家にも伝えに行ってきます」
急に引き締まった顔になる白久さん。その顔にはどこか緊張と不安が感じ取れる。お父さんと母さんも、難しい顔をしている。
「白久君。君はあの斎藤の家の長男だったね」
「はい」
「そうか、俺に出来ることは数少ないが、手がない訳ではない。困ったことがあったら何でも言いなさい」
「はい、ありがとうございます」
男同士の会話に入っていけないのか、首を傾げつつジト目で白久さんを見つめている。男同士の会話にハブられる男の兄さん可愛い。
誰だ、私の兄さんをここまで可愛くした奴は! はい、私です!!
◆◇◆
白久の家の前に着き、ふと思い出したように僕は白久に話しかけた。
「そういえば、白久の家って久しぶりかも」
「そうだな、幸人が前に来たのは夏祭りの時だっけか?」
「うん、ナンパの人に捕まっちゃって、足を痛めちゃったから治療ついでに寄ったんだよね」
「昔はお互いの家を泊りがけで行き来してたのになぁ、また泊り合いするか?」
「ん……それも良いけど、まずは認めてもらわないと、ね?」
「ああ、そうだな」
えへへ、と笑って互いの顔を見つめる。右手に菓子折り、左手は白久と手を繋いでいる。その繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込めて。離さないように、ぎゅっと。
「行こっか」
「ああ」
白久が懐かしいドアに手をかける。昔は何度も呼び鈴を鳴らしたり、このドアを潜ったものだけど。今は意味がまるで違う。本来認められる筈がない恋を認めてもらいに来たのだ。立場が違うはずの僕が今まで友達でいられたのは、それこそ白久の他に兄弟がいたからこそだろう。その友達という立場さえ捨てて、僕は恋人になろうとしている。出来るなら、本当に女になりたいと思うほどに。
出てきたおばさんと挨拶を交わし、菓子折りを渡して中に入れてもらう。おばさんは、僕たちの事は大体わかっていたようだ。手を繋ぐ僕たちを見て、半ば諦めた顔だった。それもまた認める形。今はそれでも良い。それでも、僕たちが愛し合っている事さえ理解してくれれば、それで良かった。
「許しませんっ!」
おじさん、おばさん、お祖母さん、お祖父さんと僕達の六人が揃ったところで、張りある高い声でお祖母さんが叫んだ。
「お二人は男性同士でしょう、それが愛し合うなど許しません。そもそも白久は将来的に議員になるのですよ、そんなスキャンダルを抱えてやっていけるとは思わない事です」
速攻で否定されて涙目な僕。いや、ここへは泣きに来たんじゃない。認めてもらうために、頑張るためにここへ来たんだ。
「それでも、好きなんです。認めてもらわなくても付き合うことは出来ました。けれど、こんな話ですので、認めてもらいたかったんです。なんでもします、どうか、認めてください!」
「俺からも頼む。本気で俺は幸人を愛している。だから、どうか認めてほしい。議員にだって喜んでなる、幸人の事が露見してもそういう政策を進めて入ればむしろプラスになるはずだ」
二人して頭を下げる。白久、そんな事も考えていたんだ。ずっと議員になるのは嫌だって言っていたのに、それすらも良しとする姿勢。本当に愛されていると実感する。あ、涙が。
「駄目です、許しません。そもそも白久は元から議員になる予定だったのですから、喜ぼうが喜ぶまいが問題ではありません。そして、そういう政策だって勧めさせませんよ。そんな事を認めたら斎藤家の面汚しです」
やっぱり、昔から厳しいお祖母さんだとは思っていたけど……家名を気にするタイプだったか。いや、当然だろうけどね。
「条件を、言ってください。どうしたら認めてくれるのか」
「女になりなさい。手術ではなく、完全な女に」
無理だ。僕の体はどうしたって男で、半陰陽でもないし男性の機能がしっかりとある。手術以外で女になる方法なんて、あるわけがない。言外に諦めろと言っているのだ。それでも、諦めるつもりはないと、じっとお祖母さんの眼を見つめる。
「――いいだろう、では之を使うと良い」
これまでずっと黙っていたお祖父さんが唐突に口を開くと同時に、どこか古臭い、でも綺麗に漆塗りされて金箔で飾り付けられた円盤状の何かを懐から取り出した。
「あなたっ!」
「はっはっは、文や。お前は何度繰り返すつもりじゃ、明君はしっかり証明して見せただろう?」
「それでも、それをこの子にも押し付けるなんて」
「幸人君、君はさっき言ったね? 何でもすると」
「は、はい!」
「では、之を使いなさい」
そういって手渡された円盤状の何かは、鏡だった。綺麗に磨かれているのか、僕を映し出す板に目が奪われる。こんな綺麗な鏡を、僕は見たことが無かったのだ。
「その鏡はな、どんな願いでも叶える力を持つ。しかしその為には、その者の最も価値のあるものが代償として支払われる。悪魔の鏡みたいなものじゃ。それに願えば女になることも可能じゃろうて。明君はそうして認めさせたのじゃからな」
明君というのは白久の父親で、元孤児という立場から必死に努力しておばさんと結ばれたという話を聞いている。その正体が、今手元にある。
これは、可能性。僕の中で最も価値のある物を捧げてまででも、白久と一緒になりたいかどうか。そういう試練。だから僕は、二つ返事でお願いする。白久は心配そうな顔で僕を見る。大丈夫だよ、と左手を握り返して意思表示をする。
「どうすれば良いんですか?」
「鏡に幸人君の顔を映して、声に出して願えばええ。それが最も大事な願いで、価値のある代償を払えるかどうかは鏡が勝手にやる」
いきなりこんなスピリチュアルな超展開に発展したけど、きっとこれも認めるつもりはないという意思表示なんだと思えば簡単だった。でも、お祖父さんの眼は本気だ。心配そうに見るおじさんおばさんの眼も本気だ。一人顔を逸らしてふんぞり返るお祖母さんも、時折心配そうに此方をチラチラと見ている。え? 何これマジなの?
言われた通りに自分の顔を映して、しっかりと聞こえるように言った。
「鏡さん、僕を女の子にしてください」
瞬間、カメラのフラッシュを使ったような強烈な閃光。まさかフラッシュバンを仕込んだ強烈なドッキリ企画だったりしないよね!?
◆◇◆
「鏡さん、僕を女の子にしてください」
幸人がそう言った瞬間、鏡からは閃光と呼ぶにふさわしい光が迸り、暫くの間俺たちの視界を白く染めた。どうやら他の四人はサングラスを着用していたらしい。ずるい。
光が収まり、きょとんとした顔で鏡を見つめる幸人。外見は大して変わらない。けれど、決定的な違いがそこにはあった。胸がある。握った手も柔らかくて、細くて、とても可愛らしい。
「あれ?」
きょろきょろと周囲を確認する幸人。それを見て、婆ちゃんが諦めたようにため息を付いて口を開いた。
「認めましょう、条件は満たした様ですし……あとで確認はさせてもらいますがね」
「え? 認めるって、何をですか?」
急に話しかけられてびっくり、というような顔で婆ちゃんに聞き返す幸人。そこには不思議そうに首を傾げる。そんな仕草も可愛いけど、何か違和感を感じる。
「何をって、俺達が恋人になる事についてだろ?」
当然という顔で、俺は笑顔で幸人に確認する。だが、幸人はジト目で俺を冷たく見つめるのみ。
「は? どうしたのさ白久。僕にそっちの気は無いって昔から言ってるだろ? そもそも何で手を握ってるんだよ気持ち悪い」
すっと手を抜き去る幸人。どういう事だ? 何が起きている?
「というか、何で僕は女装して……待ってくれ、何で僕の胸に、え? 何これ」
ふにふにと胸を両手で揉み確認する幸人。
「白久、お前こういうのが趣味なの? どんな手品を使ったか知らないけど、さっさと戻せよ」
口調も昔のように、男を意識している。けれど今は完全に女の体、粗暴な女性にしか見えない。
「成程な」
祖父さんの呟く声が室内に響く。何が成程なんだ?
「白久、まずは謝ろう。済まなかった。幸人君が体を変えるために使った代償は、恐らく記憶か、恋心のどちらか。若しくは両方じゃろう」
「なっ」
「こんな事は初めてなんじゃよ、物理的な代償しか求められた事は無かったからのぅ。性別を変えることが、ここまで業が深いとは予想外じゃった」
「そんな……そんな、事って……」
ようやく繋がれた手を、想いを、こんな形で手放す事になるなんて。どんな悪夢だ。
「えっと、何の話をしてるんだ?」
「……っ!」
愛想笑いを浮かべる幸人を、思わず抱きしめる。お前と一緒になる為に、認めてもらうために此処まで来たのに、こんなのってあんまりだろう!
「わっぷ、なんだよ気持ち悪いな。男同士でくっつこうとすんなよ!」
演技じゃない。頬が赤く染まりもしない。ついさっきまで見られた反応の一切が無い。ほろりと、涙が落ちる。ああ、昨日の幸人はこんな気持ちだったのか。諦めて、絶望して、それでも期待して、そして思い知らされて。
ははは、失恋とはよく言ったものだ。恋を失うと書いて失恋、まさに今の状況じゃないか。
「ちょ、大丈夫か? いきなり笑い出すとか、どんな情緒不安定だよ」
心配するような、どこか呆れたような顔。昔の幸人が何度も見せた表情。女の体になっても、それは変わりないようだった。
「えっと、ところで僕は何でこんな状況に居るんでしょうか?」
幸人の澄んだ声で発せられる言葉に、答えたくないという態度を取る。でも、そもそも俺に向けられた言葉じゃないから、祖母さんが幸人に知らせる事になった。
二人は男同士という立場で恋人を名乗り、ここに認めてもらいに来たこと。真田家は認めている事。さっきまで目を疑うレベルのラブラブ度合だったこと。それらを信じられないという表情で、顔を真っ青にしながら幸人はゆっくりとこっちを見た。
「なぁ白久、これドッキリじゃないのか?」
「現実です」
「そんなファンタジーアイテムがあるわけ」
「手元にあるだろ?」
ぐぅの音も出ない様子である。酷く困惑した様子の幸人。取り敢えず、今日は帰ることにして落ち着こうと何度も噛みながらその場を後にした。
俺は、どうすれば良いんだろうか。
失恋って恋を失うって書いて表しますよね。じゃあ恋心を強制的に失っても失恋っていうんじゃね? ってところから、このお話は始りました。
ぶっちゃけチート幼馴染が行き詰っているから、気分転換に書いているだけですが、もう一本電撃用に書いている作品もまだ設定で難航している状況。相変わらず筆が遅い。
そもそも、これを書く前にフリーディアを書く予定だったのに、昨夜ぴきゅーんと来てしまったためにゴリゴリ書いてしまった。後悔はしてない。ネタの数だけが私の自慢だからね!
ちなみに当作品は少ない話数で完結する予定です。たぶん10万文字行かないかと思います。続投希望の方はコメントか何かでお願いします。