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白天狗の道  作者: 隠れ鬼
第二章 深山の書道家と熊騒動
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第二節

「――と、そんな感じで二人は無事に再会できて、一緒に里で暮らすようになりました、めでたしめでたし……ってわけ」


「なるほど……結局、ほとんどそのお二人の痴話喧嘩だったような……」


「話を聞きたいって言ったのは海空だよ?」


「それは希少種のキノコの娘と会ったと聞いて、気になっただけで……他の話はもうないんですか?」


「はいはい、まだあるよ。西の街で見た南瓜祭りの話はしてないよね」


「ええ。お願いします」


 時刻は晩夏の昼下がり。

 庵の中には茶を傾けながら話をするシロテングタケの娘と、彼女の話に耳を傾けるコウボウフデの娘がいた。

 語り手のシラフィーの手には湯飲みが、聞き手の海空の手には筆があり、机の上には白い(ページ)の開かれた帳面がある。

 シラフィーが旅の中であった出来事を語れば、海空はそれを帳面に書き記していく。達筆な青黒い文字が項を埋めると、また次の項へ。語り手が目ぼしい話を語り終えるまでそれは続く。

 それはいつから始まったかも分からない、二人が顔を合わせた時の恒例となっている行為だった。

 それから二つ三つ、自分たち以外のキノコの娘と出会った話や、行く先々で起こった事件の話を語り終えたところで、シラフィーは話を終えた。


「……と。今回巡った中で、面白そうな話はこれくらいかな」


「ありがとうございます。この帳面もちょうど終わりですね……」


 最後の項まで文字で埋められたのを見て、海空はぱたんと帳面を閉じると、それを部屋の隅に置かれている本棚の元へと運ぶ。

 本棚には海空がたった今書き上げたものと同じ帳面が何冊も納められていた。

 これらは全て、彼女がシラフィーや他の娘たちから語り聞いた話を綴ったものである。


「その本棚もだいぶ手狭になってきたね」


 空間の少ない本棚を見て、シラフィーが言う。

 海空も頷くと、新たな帳面を本棚にしまい、また机の前まで戻ってくる。


「最初は書道の練習の一環で、たまにやってくる方の話を書き写す程度だったんですけどね……」


「何年も続けているうちに、ちょっとした事件簿か図鑑みたいな量になったんだから凄いよ。今じゃすっかりキノコの娘博士だね」


「その呼び方、なんか変です……」


 不満そうに唇を尖らせる海空だったが、シラフィーは視線を本棚にある彼女自筆の帳面と菌類図鑑に向けて、くすくすと笑う。奥の間にはまだこの三倍はあったはずだ。


「海空の書道だって、最初から今みたいに上手だったわけじゃないでしょ? まさしく継続は力なり、だね」


「……そういうシラフィーさんは、何か継続してるんですか?」


「してるよ。見てのとおり、旅を」


 軽くおどけた風に笑うシラフィーを、海空はじっと見つめる。


「私がシラフィーさんに会うようになってからも、ずいぶん経ちますが……今回は何か収穫はありましたか?」


「いや……なかったね。残念ながら」


 肩をすくめて苦笑するシラフィー。


「それらしい噂を追ってみてはいるんだけど、空振りばかり。なかなか見つからないね、"アマニタの名を持つキノコの娘"も、"毒キノコの娘から毒を抜く方法"も」


「シラフィーさん……」


「あ。別に落ち込んではいないよ、心配しないで。何年も探し回ってようやく数人は見つけられたんだから、これからも気長にやっていくよ」


「……諦めたりは、しないんですね」


「うん」


 黄土色の手袋に包まれた自分の手に視線を落として、シラフィーは頷いた。


「いつかは旅を続けるのにも疲れて、諦めてしまうかもしれない。だけど逆に言えば、今みたいに旅が楽しいと思えているうちは、諦めるつもりはないよ」


「そう、ですか……」


「そうだよ。……さて、と。湿っぽい話はやめにしよう」


 ぱんぱんと手を打って立ち上がる。


「何日かここで厄介になりたいんだけど、いいかな? 宿代はあまり払えないけど、私に手伝えることがあれば手を貸すよ」


「え。えぇっと、そうですね……お泊りになるのはいいですが、手伝いですか……」


「家事手伝いなんかはどう? 晩ごはんの仕度とかさ」


毒キノコ(あなた)を台所に立たせるのは、ちょっと……」


「う、酷いな……毒キノコにだって料理上手な()はいるよ。ムスカリアとか」


「でもシラフィーさん、本当に料理下手じゃないですか……」


「うぐ」


 少し傷ついた顔をするシラフィー。彼女に対しては以前、手料理を披露した"前科"があるので、強く反論はできない。『あのころより少しは上達したつもりなんだけど……』と口の中でぼやくだけに留める。

 ならばと別の手伝いを提案してみるが、


「なら掃除……」


「もっと汚れます」


「洗濯……」


「同上です」


 海空の反応はつれないものだった。

 他に何かないかと首を傾げるシラフィーを見ながら、海空はふと、あることを思い出した。


「……そういえば、書道に使う紙が残り少なかったですね……」


「え?」


「ここからだと、里に下りるのも一苦労ですし……良ければ、かわりに買ってきてもらえませんか……?」


「もちろん、いいよ! 里の文具屋さんの場所なら覚えてるから。他にも必要な物があれば買ってくるけど?」


 仕事が見つかって一安心したのか、強い意気込みで白い娘は頷く。

 べつに働くのが好きなわけではないが、ただで泊まらせてもらうのも居心地が悪いという理由から、半端に勤労精神を見せるシラフィーであった。

 そんな友人の心情を察している海空はふふ、と微笑みながら注文を足す。


「書き取りに使う帳面も、新しいものが欲しいですね。お願いできますか?」


「分かったよ、一緒に買ってくる。紙と帳面だね」


 シラフィーは頷くと、湯飲みを置いて立ち上がった。

 首にマフラーを巻き、帽子を被りなおして外出の仕度をする彼女を見て、海空が首を傾げる。


「すぐに行かれるんですか?」


「急がないと、戻ってくるのが夜になるしね。ここから麓まではかなりの距離だし」


「別に、明日でも構いませんけれど……」


「善は急げ、だよ。海空にとっては、切らしたら死活問題になる物だしね」


 からかい混じりに小さく笑って、シラフィーはそのまま戸口から外に向かう。

 海空もその後を追うと、玄関から彼女の背中を見送った。


「それじゃあ、えぇと、行ってきます」


「はい……行ってらっしゃい」


 お互いに交わす挨拶は、少しだけぎこちなかった。

 日頃は使う機会の無い言葉なのだから、それも仕方がないだろう。

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