【1話】ハラハラモーニング
『お兄ちゃん朝だよ‼︎』
まだ幼さの残る可愛らしい女の子の声が俺の眠りを妨げる…
『はっ‼︎そうか!…そうなんだね!ついに私と結ばれる気になったんだね!これは、眠っているふりをして私を誘ってるんだね!心の準備OKだから早くおいでカモーンって意味なんだね!貴方のワイフ、貴方のガールフレンド、貴方の永遠のシスター、雪白 雷花、運命に導かれ、貴方と一つになるためベッドインッ!キャッ』
『おはよう雷花』
何やら不吉な台詞が聞こえたので目を覚ました。
俺の名前は、雪白 恭弥16歳、一歳下の妹に振り回される冴えない高校2年生だ。これと言った特徴はなく、髪は染めてないから黒、顔は、妹以外の女子からチョコを貰った事がない事を考慮すると、モテる方ではないだろう。多分普通だ。
今俺を起こしてくれたのは、俺の妹の雪白雷花だ。黒髪ショートに藍色のカチューシャをつけ、垂れ目がちな目が印象的なとても整った顔立ちをしている。雷花と俺は、一つ違いの年子で、雷花は、高校1年生である。
最近、妹の雷花は、俺を起こすためにわざと過激なことを言う。
兄を起こしたい気持ちはわかるが年頃の女の子なのだからもう少し慎みを持って欲しい。
『あれ?お兄ちゃん起きたんだ!…今日は、私たちの第一子が誕生するのための記念すべき第一歩になるはずだったのに…』
雷花がかなり残念そうにしているのは何故だろうか。希望通りちゃんと起きたのだから喜ぶべきだ。
後半の台詞は、小声で聞き取れなかったが、起きるのが遅かったから文句でも言っていたのだろう。
『そう言えば、どうやって部屋に入ったんだ?部屋の鍵、また空いてたのか?』
『うん!空いてたよ!』
寝る前にかけた部屋の鍵が、何故か朝になるといつも空いているのは、我が家のちょっとした七不思議だ。
『お兄ちゃん、朝食を妻の雷花が準備したから冷めないうちに食べよ!あっ!お着替えにする?ご飯にする?そ、れ、と、も、、、わたシスター?きゃっ』
雷花は、昔からママゴトが好きだったが、今でもこうしてママゴトを行う。よっぽどママゴトが好きなのだろう。いつも俺を夫役にして、自分は妻役で演技をする。子供の頃、『書き方が分からないからお兄ちゃん先に書いて』とお願いされて本物の婚姻届を書かせられた事があった。将来出せる日が来たらすぐ出せるようにするためだそうだ。もしかしたら、お嫁さんになるのが夢なのかもしれないな。夢がお嫁さんとか我が妹ながら可愛いじゃないか。
『じゃあ、学校に遅れるわけにもいかないし、先に着替えるから待っててくれ』
『うん!』
『…………?どうしたんだ雷花、部屋から出てくれないと着替えられないだろ』
『あっ、待っててって言ったから、てっきりここで待ってていいんだと思っちゃったよ。雷花は、お馬鹿さんだなー…ぼそっ…(ちぇっ、残念…お兄ちゃんの裸をどうどうと観れるチャンスだったのに…)』
ちょっと天然の入った妹は、すぐにリビングのある一階に降りて行った。ちなみに俺の部屋は二階にあり、隣が雷花の部屋になっている。
ブレザータイプの制服に着替えを素早く終わらせて、リビングに行くと、今日も素晴らしい和食が準備されていた。
ほとんど海外にいる両親に変わってこの家の家事を執り行う雷花の料理の腕は、プロと言っても過言ではない。そんじょそこらのファミレスじゃ相手にならない程のクォリティと味を提供してくれる。
そして今日の朝食は、焼き魚に味噌汁、大根おろし、卵焼き、どれも涎が垂れそうな出来栄えだ。飲み物にトマトジュースが出されたこと以外は完璧だ。
いつも不思議に思うのだが、和食がメインのこの家の朝食で、トマトジュースが頻繁に出されるのは、何故だろうか…しかも市販のトマトジュースよりも格段にまずい。食材を厳選したオリジナルブレンドで隠し味に何かを入れているらしい。トマトジュースってトマトをミキサーにかけるだけだと思っていたが、そうではないみたいだ。雷花の料理は、いつも美味しいのだが、このトマトジュースだけは、どうしても好きになれない。雷花が『絶対に飲まなきゃだめ!すっごく元気になれるから!』と言って残すのを許さなかいから、しぶしぶ飲んでいる。
そういえば先程、キッチンのまな板の上に亀のような物がのせられているのがチラッと見えたのだが、何かの食材だろうか。きっと珍味な肉料理の材料に使うのだろう。
『あっ、この味噌汁美味しいな』
雷花の作った味噌汁を褒めてやると、雷花は、嬉しそうにモジモジしだした。
『これってプロポーズかな?プロポーズだよね。雷花の味噌汁は美味しい→毎朝、雷花の味噌汁が飲みたいよ→毎朝、味噌汁を作ってくれませんか?→結婚しよう!…はぅー』
一人で何かを夢中で喋ってる雷花を邪魔するのも悪いのでそのままにして、黙々とご飯を食べた。
ピロピロリン
携帯が鳴った。
メールが来たようだ。
『お兄ちゃん…』
急にさっきまでニコニコしていた雷花が、氷の表情になっていた。
『どうしたんだ?雷花』
『ダレ?』
携帯を確認すると同じクラスの乙女川輝夜さん♀からだったが、雷花の表情が怖くてとっさに嘘をついてしまった。
『えっ?クラスの男子からだけど…』
『ホントニ?お兄ちゃん、ワタシニ、嘘ついてないよね?オ、ン、ナじゃないよね?……』
がしっ、ぎりっ、簡単に携帯を奪われてしまった。
タイトル:『たっ、ただのクラス連絡網よ‼︎それ以上でもそれ以下でもないんだからね!おはよう!昨日は、よく眠れた?私は、雪白くんのこと考えてたら中々寝つけなくて…って、べつにこれは、雪白くんのことを想うと胸が切ないとかじゃなくて、雪白くんの顔が浮かぶとイライラして眠れなかったってだけだからね!勘違いしないでよね。でも勘違いじゃない関係になりたかったら言って欲しいかも…いやいやいや、冗談よ冗談!』
本文:『今日は、プール掃除があるから水着を持ってくること。』
『あれ?お兄ちゃん、メール、乙女川さんからだよ⁉︎あはは、誰から来たか見間違えちゃったんだよね⁉︎ダメだよお兄ちゃん、妹に嘘ついちゃ!あれ?・・・・・・それとも何か私にやましい事があったから隠したのかな???』
『なっ、ないよ!本当に見間違えただけだって!俺がお前に嘘をついたことがあるか⁇俺が雷花に嘘をつくわけがないじゃないか!雷花は、俺のことを信じられないのか?』
『えへっ、そっかぁ〜そうだよね〜私とお兄ちゃんの仲だもんね〜それじゃあ…』
ぱきっ!
携帯を雷花がへし折った。
『なっ、なっ、なっ、何を⁉︎』
『手が滑っちゃった!てへっ!お兄ちゃん、今だにガラケーだからきっと老朽化が進んでたんだよ!この際、スマホにしようよ!今日の放課後一緒に携帯を買い替えに行こうよお兄ちゃん!』
『手が滑った?』
『それ以外の理由で携帯が折れるはずがないよ!でしょ???』
『うっ、うん。』
雷花の迫力に負けました。
『仕方が無いな…じゃあ放課後、学校の正門前で待ち合わせな!』
『やったー!お兄ちゃんとデートだぁー!』
雷花が俺と出かけられるのをあまりにも喜ぶので少し嬉しく思いながらふと気づいた。
『あっ、そうだ。携帯の中に入ってるチップを入れ替えれば、アドレスとかメールのデータもそのまま使えるよな?』
『ん?お兄ちゃん、これのこと?』
『そう!それそれ!』
雷花からチップを受け取ろうとしたら…
『あっ、手と足がスベッタァァア』
ぺきっ
雷花がチップを踏んで粉々にした。
『あはは、壊れちゃった!でも、お兄ちゃんは、友達少ないから別にアドレスなんてまた聞きなおせばいいよね⁉︎ね?ね?そうだ、この際、メルアドも変えようか!』
『うっ、うん…』
雷花の迫力に何も言い返せなかった。
それから時計を確認するとあまり時間がなかったので素早く顔を洗い歯を磨き、玄関で靴を履いていると、食器を洗い終えた雷花がぱたぱたスリッパを鳴らしてやって来た。
『お兄ちゃん、一緒に学校行こうよ!それから忘れ物してるよ!』
『ん?忘れ物なんてないはずなんだが…』
『もう!一番大事なもの忘れてるよ!行って来ますのチュウ!』
あぁ、また雷花のママゴトが始まったみたいだ。
疲れた時に読んでほっとしたり笑える作品を作っていきたいと思います。