1話 きっかけはとある命令。
「改めて見ても見事に普通顔!やはりフーシェは素晴らしい程理想ですよ!!」
「いきなり来てそれか。そんなに俺を怒らせたいのか…?」
「酷いです、誉めているというのに!」
酷いのはお前の言葉だ、とフーシェは従兄のアスムに言いたかったが疲れるだけだとわかっているのでやめた。
「で、普通顔な俺が何の理想なわけ?」
「第四王子の恋人になれそうな人を連れて来なさいと命令されたのです。だからフーシェ、私は貴方を選びます」
「俺は男だ。男の恋人なんか無理に決まってるだろ」
「ま、待ってください。何も本当に結婚させるつもりはありません!」
「恋人と言ってたのに何故結婚まで話が飛躍するんだよ!?」
「それには色々と事情があるのです」
第四王子は現在二十三歳。
結婚していてもおかしくはない年齢ではあるがその逆でもある。
だが、肝心の王子が今まで誰にも関心を示したことがないらしい。
これでは婚期を逃してしまうと焦った王が、男でも女でも良いから第四王子の嫁になれそうな者を各々一人連れて来たまえと城で働く者に命令を下したそうだ。
もしその中に第四王子が気に入った者がいたら彼と接する期間を設けて様子を見ようとしているらしい。
第四王子なので跡継ぎの心配は不要なため、この際男女関係なしに人をかき集めようとしたのだろう。
ちなみに王族は王位継承権を放棄する場合のみ同性婚は認められている。
「もし第四王子が気に入った者がいたら紹介した者が第四王子の従者に任命されるのです。確かに本来なら名誉ある立場です。しかしあの方の従者となることは恐れながら大変辛いものになります。王はあの方の本性をご存知ではないので仕方がないかもしれませんが…ああ、恐ろしや!」
王子に対して結構酷い言い分である。
しかし第四王子と言われてもフーシェは何も彼について思い浮かばない。
自国の王子と言っても雲の上の人物である。
例え従兄が城で働いていても関わり合いなど持つわけがない。
そのためフーシェは第一王子から第四王子までの全ての噂をごちゃ混ぜにして聞いていた。
しかしそれは褒めるものばかりで性格が悪い王子がいるとは聞いたことがない。
「そんなに酷いのか?」
「酷いも何も…!」
それだけ言うと何かを思い出したらしく、アスムは震えだした。
アスムはどちらかというと負の感情を外には出さない方だ。
何があったのかはわからないが、余程怖いことがあったらしい。
それを見て放っておけるほどフーシェは鬼ではなかった。
「わかった。協力してやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ぐへっ」
返事をするや否や大喜びで勢い良く飛び付いてきたアスムにフーシェは驚いた。
あまりの体当たりっぷりに承諾したことを少し悔やんだフーシェだった。
「って言うかそんなに普通を求めなくても…」
「不細工でも綺麗でも何かしら印象に残ってしまいます。しかしそれが普通だったらどうでしょう?あまりの空気のような印象の薄さに頭に残りません。おまけに男。嫁になどしないでしょう。年齢もたった三歳違いですし、これでばっちりです」
「へいへい」
かくしてフーシェは不本意ながら恋人候補としてお城に参上することになったのだった。
◇◆◇◆◇
そして運命の招集日。
名目は舞踏会ということになっている。
城で働いている者が一人ずつ連れてくるのだからかなりの人数が集まった。
フーシェはこれなら絶対目に留まることもないだろうと安心した。
しかしそう悠長にしていられなくなる。
「うぇっ…」
わらわらと洒落た格好をした人々でできた人混みの中で色々な香水が混ざり、何とも気持ち悪い臭いを作り上げていた。
そのせいでフーシェは気分が悪くなった。
そして会場では致命的な問題が発生していた。
主役…いや、ある意味ターゲットである第四王子の姿が見当たらないと騒ぎになっていたのだ。
「アスム、向こうに行くぞ」
「は、はい…?」
いきなりのことで上擦ったアスムの返答も気にならないぐらいフーシェは充満する臭いに我慢ができず、会場から離れることにした。
第四王子がいないのだ、そこにいなくても良いと判断したのだ。
実際は第四王子がすぐにこの場に現れる可能性もあるわけで、待たなくては失礼なことになるかもしれない。
だが、クラクラする頭でそんな簡単な考えに辿り着く余裕のないフーシェは足早に人混みの中を無理矢理横断した。
混乱しながら人混みに揉まれるアスムに気付くことなく、フーシェはそのまま会場から出て行ってしまった。
そのことに気付くのは数分間がむしゃらに歩いた後であった。
「アスム…?」
見回しても人っ子一人いない。
「アスム。おい、アスムってば!!」
フーシェは迷子になってしまっていた。
フーシェがいる場所はどうやら中庭のようではあるがそれ以外は全くわからない。
フーシェは焦っていた。
そのため庭と舗装された通路の間に小さな段があることに気付かずにそこに足を引っ掛け、受け身がとれず素直に顔から転んだ。
身体を打ちつけたのは舗装された通路の方だったことだけが幸いだったかもしれない。
「痛…。くそっ、立派に固い床の馬鹿野郎。でもこうなったのはアスムのせいだ。後で覚えてろよ…!」
誰も周りにいないからとぶつぶつ文句を零しながら近くにあった柱に八つ当たりをしようとしたが、その柱の陰で少年が口元を押さえてうずくまっていることに気付く。
かなり恥ずかしいところを見聞きされてしまったかもしれない。
「どどどどうしたんだ、気分が悪いのか?」
フーシェはもしそうだったらと恥ずかしさで動揺しながらも少年に近付き、様子を見た。
「ぷっ…ははははっ!」
すると少年は突然笑い出した。
先程は単にそれを堪えていたようだ。
やはり一部始終を見られていたらしい。
ばつが悪くなったフーシェは少年を恨めしそうに見た。
すると少年はしゅんとして上目遣いでフーシェを見つめ返す。
「ごっ、ごめんなさい…その、悪気はなくって…」
「わわわ、勝手に馬鹿やってた俺が悪いんだ。お前が悪いなんて思ってないって」
少年のとてつもなくいじらしく泣きそうな声にフーシェは慌てて少年の両肩を掴んで必死に訴えた。
「ホント?」
「ああ、マジマジ」
「そっか、良かった。僕はキルクだよ。よろしくね。君の名前、知りたいな?」
「う…お、俺はフーシェだ。こっちこそよろ…しく?」
先程までは恥ずかしさで気付かなかったが、キルクはふわふわな髪に真っ白な肌でまるで作り物のように完璧な可愛らしさを持っていた。
そのためフーシェは知らず知らずのうちに先程とは違う理由で顔を赤らめた。
目の前に理想がいれば無理もない。
弟がいたら目の前の少年のような可愛らしい子が良いと思っていたのだ。
ここでそのまま別れてサヨナラしようと考えていたのだが、前もって名乗られた上に高揚感でつい返事をしてしまった。
「ねぇねぇ、フーシェは迷子?」
「ぐはっ」
しかもいきなり知られたくない核心を突かれた。
限界まで羞恥で埋め尽くされたフーシェの頭の中はオーバーヒートしており、わたわたと不可思議な動作をしている。
その傍らでキルクはふっと笑った。
フーシェはそれどころではなく気付かなかったが。
「ねぇ、フーシェ」
「あっああ、どうかしたか?」
名前を呼ばれたことでフーシェの意識がやっとまともになり、キルクに向く。
キルクはそんなフーシェに柔らかく微笑んだ。
しかし口から出たのはとんでもない言葉だった。
「チューしようよ、チュー」
「は?」
聞き間違えかとフーシェは耳を疑った。
「だから、チューだよ」
「だ、駄目だ」
何を脈絡にそんなことを。
フーシェが両手と首を振って否定すると、キルクは一瞬驚いた後少し不満げな顔をした。
「どうして?」
「そ、それはな…好きな人同士しかしちゃいけないんだって」
「僕はフーシェのこと好きだよ。もしかしてフーシェが僕のこと嫌いなの?」
「そ、そっちの好きじゃなくて…」
気付けばフーシェは柱に追い詰められ、ぐっと押さえつけられていた。
見た目と違って押さえる力が強く、フーシェではびくともしない。
どうしたものかと困り果てるフーシェだったが、そこで助けが現れる。
慌てたような足音が近付いてきたのだ。
「よ、良かったね。誰か来たみたいだからもしかしたら元いた場所に帰れるかも。ほら、離してほしいな?」
その声で拘束が解かれる。
フーシェはほっとしながらキルクを見た。
キルクはじっと足音がする方を見つめていた。
キスからそちらに関心が移ったことにフーシェは心底安心した。
「フーシェ、こんなと……キっキルク様!?」
足音の主はアスムだった。
フーシェを捜していたらしく、息が乱れている。
しかし仰け反るほどフーシェとキルクの組み合わせに驚いているようだ。
「え、お前ら知り合い?」
フーシェにすれば至極普通の質問のつもりだった。
しかしアスムは呆れながらも肩を落とし、答えた。
「知り合いでもありますが、キルク様は我が国の第四王子ですよ。フーシェでもご存知だと思っていたのですが…」
「おおおおお王子?こいつが!?」
「あーあ、バレちゃった」
悪戯がバレた子供のように舌をペロッと出すキルク。
とても二十三歳には見えない。
「フーシェってば僕の名前を聞いても気付かないんだもん。ビックリしたよ」
「わ…悪かったな」
いじけながらもキルクを見返すフーシェ。
キルクにとってそれは好ましいものであったがアスムには違ったようだ。
「フーシェ、何ですかその失礼な態度は。キルク様に対する言葉遣いも改めてください」
「そうだな…」
「うっせぇな、アスム。僕はありのままのフーシェの方が良いんだよ。余計なことを言うんじゃねぇよ」
アスムは低くそう言われ、声にならない悲鳴を上げた。
幸い、いや不幸にもフーシェはキルクに対するこれからの自分の在り方について考えていため、それに気付くことができなかった。
「やっぱさ、王子だろうが年上だろうが急によそよそしい態度に変えられたら寂しくなると思うんだよな。そりゃ親しい方に変えるんだったら良いけどさ。てわけでこのままで良いか?駄目だって言うなら変えるけど」
「ありがとう、フーシェ!勿論、ううん、僕の方がお願いしたいことだよ!!」
感極まったと言わんばかりにキルクはフーシェに飛び付いた。
フーシェはいきなりの衝撃に身体がぐらつきはしたが、何とか踏ん張った。
そんなフーシェを偉い偉いと言うように背伸びをしながらキルクはフーシェの頭を撫で、未だにぎこちないアスムに視線を向けた。
「僕のお嫁さんはフーシェにするよ。素敵な人を連れてきてくれてありがとね、アスム」
「そ、そんな…」
「は?」
フーシェは第四王子の恋人候補としてお城に参上していたことをすっかり忘れていた。
勿論そんなことだから恋人から嫁に飛躍していることにも気付かない。
嘆くアスムを放ってキルクは間抜けな言葉を返したフーシェを上目遣いで見つめた。
「フーシェは僕のこと、嫌い?」
「きっ嫌いではないけど、それとこれとは違…」
「本当!?よろしくね、僕のお嫁さん♪」
うきうきしながらもがっしりと腕を絡ませるキルクにフーシェは一瞬固まる。
「い、嫌だ!俺は可愛い女の子と結婚するんだ!!」
「可愛い男の子だけどあまり変わらないし良いでしょ?それに恐がらなくても大丈夫だよ。僕が優しくシテあげるから」
「いやいや、滅茶苦茶変わるし。しかも何をするつもりだー!?」
こうして第四王子の恋人候補探し―――本人は嫁にする気満々だが―――は幕を閉じたのだった。