輝夜
スラリとした長身に、真闇の衣装に包まれた引き締まった体躯。短めの、蜂蜜色のとろけそうな艶やかな髪は後ろに軽く流し、エメラルドのごとく輝くは瞳。
今回で2度目のご対面でございます。
その仏頂面さえどうにかすればイケメン王子殿下を目の前にして夢心地の気分なのに、そう簡単には夢の世界へと連れて行ってくれないようだ。
私がダリア嬢になって、早2週間経った。コーリア様の毎日鬼のような特訓を経て、今生きているのが不思議なくらい。
今日も夜が明けぬうちにコーリア様に叩き起こされ「せいぜいその身を磨きなさい。」と言って、いつもより長い時間をかけて磨き上げられた。
マッサージ?エステ?いや、アレは拷問だ。顔の形とか変わるかと思ったもん。腹の肉だって内臓ごと握りつぶされるんじゃないかって。
化粧もいつもより入念にされ、一週間ほど前に来た仕立て屋が用意した夜会用のドレスに身を包む。濃紺でボディラインに沿ったそれは、光に反射するとキラキラと煌く。胸元は補正下着によって作られた谷間が見える程度に開いており、きらりとシンプルだがセンスの良いネックレスが輝いている。
「胸囲と腹囲、逆のほうが良かったのでは?笑」とコーリア様に言われて殺意がわいたのは否めない。
どうも本物のダリア嬢よりも若干胸が小さくそして腹周りが太かったよう。
これでもダンス特訓のお陰で引き締まったのに!
胃が飛び出るんじゃないかというほど、今日もコルセットで体型補正してるから、今にも吐きそう。ご飯なんかとてもじゃないけど食べれない。足だって、最近ずっと高いヒールでダンスレッスンしてたから豆だらけ。もう靴脱ぎたい。
馬車の中ならいいかなとも思ったけれど、正面には2週間ぶりに顔を合わせる殿下が至極不機嫌なご様子で黙りこくっているため、勇気が出ません。ちなみにコーリア様は私の隣に座っている。こちらもこちらで手元の書類に目を落としながら黙々と仕事をしている。
会場の侯爵邸に馬車が着くと、さすがにエスコートしてくれる。乗るときは手伝ってくれなかったのに。それでも有難いから手を取り馬車を降りる。腕を差し出した殿下に恐る恐る手を添え、気持ちにこりと微笑んでみた。
殿下はそれに何の反応も示さず前に目を向けると会場の扉へと足を進める。コーリア様は会場には入らないのか、馬車で待っているらしい。私たちを、というか殿下を見送る顔が晴れやかなのはなぜだろう。
はぁ。
というか、こんなにも時間かけて着飾ったというのに、殿下は一言も無しですか。コーリア様でさえ「最近の補正器具と化粧品の進歩には驚かされますね。」という褒めてるんだか貶してるんだかわからない一言をくれたというのに。ちなみにマルガリータさんだけは「ダリア様、お綺麗です。」と言ってくれた。
会場には綺麗に着飾ったお嬢様方が「ほほほ」とにこやかに談笑している。色鮮やかなドレスとシャンデリアの光に反射して輝く宝石たちできらめいている。男性を伴い、お互いの目に火花が散って見えるのは気のせいだろうか。できればあそこには混ざりたくない。
殿下が会場に足を踏み入れた途端、ざわめきが一旦止み、それからわっと色めき立つ。ちょっと、今、自分のパートナーを押しのけたでしょ。突き刺さるお嬢様方の視線に耐え、ゆっくりとした足取りで本日のホストの侯爵様の下へと行く。一応私の事は隣国からお忍びで着ている令嬢ということで名を伏せたまま挨拶をした。正式な婚約発表までは名を明かすつもりはないらしい。ま、ダリア嬢は実際、隣国の令嬢らしいし、間違ってはないのだ。連れて来ていた付き人諸共逃亡したところが凄いと思う。仮にも第一継承権をもつ殿下の婚約者なのに。
とこんなことを考えながら笑みを作っていたところ、ようやく侯爵様との挨拶が終わる。まぁでもさすが殿下です。次から次へと挨拶をしてくる人がやってくる。そのたびに笑み貼り付けておかなければいけないのがキツイ。ようやく開放されたのが、ダンスの始まりを知らせる音楽が流れてきたときだ。ちらりと隣を見上げればコメカミに青筋が浮かんで見える。いくら挨拶が長かったからといってテンションが下がりすぎですよ、殿下。
取り合えずバルコニーの近くまで移動し、風の当たるところに殿下を連れていく。ウェイターにシャンパンを頼んで殿下に渡すといっきに飲み干した。って、どうして私が殿下のお守りをしているんだろう。こういう場って殿下のほうが慣れているはずなのに、先ほどから私がお世話してばかりだ。
そういえばダンスは踊らないのだろうか。そんなには上達しなかったからしなくてもいいのだけれど。殿下は見るからにダンスが好きそうではない。挨拶はして使命は果たしたし、今日は壁の花と化しますか。
殿下がまた客の一人に捕まったところで、私はそっと距離をとり、壁際のソファに腰をかけようとしたところで声を掛けられた。