姉
場面は戻り、ハーベスト家嫡男でネリネ=ハーベストの弟である僕は今、執務室でコーリア様の仕事の手伝いをしている。
叔父は新しく工場ができる場所の現地確認に行っているようでコーリア様と二人きりだ。
右から書類を手に取り一瞥して左の決裁印待ち書類の束に重ねる。目を通しているのかいないのか、いやコーリア様のことだからきちんと目を通しているんだろうけど処理速度が桁違いだ。そのすごさに見とれてコーリア様を眺めていたら声を掛けられた。
「貴方は優秀ですね。この書類の計算式も決して単純ではないはずなのですが。」
「いえ、コーリア様の教え方がとてもわかりやすいおかげです。それに将来官僚になるのが夢ですから。そのための努力は惜しんでいないつもりです。」
「素晴らしい。貴方が王都に来る日がとても楽しみですね。」
片手に持った書類に目を通しながら、もう片方は違う書類に何か書き込んでいる。かと言って僕との会話を蔑ろにすることなどなく、時折計算が難しくてつい手が止まってしまうと、それに気づいて丁寧に教えてくれる。ふと見せる笑顔はクールかつ上品で、男の僕でもどきりとしてしまいそうなほど美しい。
「それにしても、姉は大丈夫なのでしょうか。王子殿下と同じ馬車に乗せていただいたりして。姉は少々抜けているところがありますので、粗相をしていないのか心配です。」
「…弟にまで心配されているですかあの娘は。」
「え?」
「いえ。なんでもありません。」
「あぁ心配だなぁ。怪我したり虐められたり浚われたり何か大きなものに巻き込まれたりしていないといいのですが。」
「一通り経験していますね。」
「え?」
「いえ、お気になさらず。さ、ハーベスト男爵閣下もそろそろ帰って来られますし、それまでにこの書類を終わらせましょう。」
「はいっ!コーリア様!」
コーリア様の表情が曇って見えたけれど、それも一瞬のことで、すぐに仕事に真摯に取り組む姿に戻っていた。
姉のことは心配だ。
王子殿下に浚われるように王都へ行ってしまったあの日。王子殿下に声を掛けられたこと、王子殿下に手を引かれたこと、王子殿下と同じ馬車に乗って行ったこと。
ただでさえ領内に鉱山が開発されることで、緊張とやる気と不安で神経を張り巡らせていた叔父のキャパシティは限界を迎えた。丸一日寝込むくらいに。
妹は姉が急に帰ったことの寂しさからか泣き止まないし、母は王子殿下と姉と身分差ロマンスに胸を躍らせていた。なんでも王都では今身分差の恋の演劇が大ブームで、地方公演もそろそろ始まるんだとか。
それにしても、王子殿下と姉が去った後の叔父とコーリア様のやりとりは見物だった。
「ネリネは、ネリネは何か王子殿下の気に障ることをしたのでしょうか。連行されて何か罰則を受けたりするのでしょうか。」
「大丈夫です。大丈夫ですから。単に同じ方向に帰るのに同乗させただけです。連行しているわけでもありませんし王都に着いてからも罰則等はありませんから。安心してください。あぁ、いえいえ。こちらこそ王子の軽率な行動に謝罪しなければならない立場でして…。」
すがりつく叔父と弁解するコーリア様の奇妙な様子なんて二度と見ることなどないのだろう。とにもかくにも心の広い王子殿下の配慮により姉は王都への馬車に同乗させてもらえたということで折り合いがついたみたいだ。
通常、王子殿下と一介の男爵令嬢が同乗するなんて考えられそうもないが、コーリア様の有無を言わせないような様子に僕ら家族はただ納得するしかなかった。
僕としては、何か理由がありそうな気がするけれど。
姉さん、どうかご無事で。




