来訪
遅くなりましたが。
ふと何か騒がしい気配がして目が覚める。温かい布団のぬくもりを惜しみながらも身体を起こし窓に目をやると日はまだそれほど高く昇ってはいない。けれど窓から差し込む陽を見るに今日は晴天のようだ。雲ひとつない空にどこへ出かけようかと思いながら、もぞりと動いた真横を見ると妹は幸せそうな微笑み浮かべすやすやと眠っていた。
天使のような妹の寝顔にしばらく癒された後、未だ騒がしい扉の外に気を戻し、朝早くから何事だろうかと部屋から顔を出す。するとちょうど弟がこちらに向かって走ってきているところだった。廊下を走るなと怒るのはいつも弟の方なのに珍しい。
「こら。廊下は走っちゃいけないのよ。」
「それどころじゃないよ!今すぐお客様をお迎えできる格好に着替えて!」
「え?そんなに慌ててどうしたっていうの。」
「今、ここに王宮の馬車が向かって来てるっ。」
そうとだけ残すと弟はそのまま走り去って行った。寝起きのぼんやりとした頭ではすぐに理解ができずしばらく立ち尽くす。廊下の角を曲がるのを見届けてからようやく頭が弟の言葉に追いついた。
ちょっと待って。お、王宮の馬車!?こんな辺境の地にどうゆうこと!?
私が帰省する際に使ったキャラバンと違い、立派な四頭立てのキャリッジは北端の静かな田舎町の風景にそぐわずとにかく目立っている。季節の行事以外にこれといった楽しみのない田舎町にとって格好のネタになるのか、キャリッジの周りを囲っている仰々しい騎兵に、領主が何かやらかしたのか、戦でも始まるのか、はたまた花嫁を探しに来たのか等々好き勝手に噂して回っている。
ハーベスト男爵家屋敷の前でようやく停まったキャリッジからは煌びやかでやんごとなき人物が降りてきて、側近と近衛兵を数人引き連れ残りは家の前に綺麗に整列した。
降りてきた人物を見るまではもしかしたら違うかもと願っていたものの、玄関を見下ろせる部屋の窓のカーテンの陰から覗き見たその人は見間違えるはずがない。
黒い詰襟に映える金の柔らかな髪、背筋の伸びたすらりとした立ち姿。一日の大半皺が寄っている眉間はこちら側からは見えないが、きっと今もしかめ面をしているに違いない。その隣には当然のごとく付き従っている人物がいて周りに指示を出していた。そのとき突然こちらを見上げるものだから慌てて隠れた。
「急な訪問にもかかわらず対応していただきありがとうございます。」
「いえ、大したもてなしもできず誠に申し訳ございません。」
最低限の調度品しか揃っていない応接室では異様な光景が広がっているのだろう。弟と、弟が成人するまで領主代理を務めてくれている叔父がお客様の対応をし、城勤めで慣れているだろうという理由で私がお茶の準備を・・・命じられたけれど結局は母がしている。
いや、別にお茶を出すことになんの異論もないのですけれど。しかし予想外の客人に動揺しない自信がなかった。お湯をこぼしたりカチャカチャと音を立てしまったりとか。いや、自意識過剰と言われればそれまでかもしれないけれど、私の一挙一動に視線が注がれていると思ったらすごく居心地が悪いじゃないの。
「逃げましたね。」「逃げたな。」
余所行きの笑顔で茶を出す母を前に二人が呟いた言葉なんてもちろん私に知る由はないけれどなぜか背筋がぞくりと何かを感じ取った気がした。
頑なに応接室へ入ることを拒否する私に呆れる弟を尻目に、家から王宮のキャリッジが遠のくのを見送るまで私は自室に引きこもっていた。偵察に行って聞いてきてもらった妹の話では叔父と一緒に視察に出かけたらしい。
「そんなに気になるなら自分でお茶を出せばよかったじゃないか。腹痛とか言っていたけど嘘でしょ。」
「おねぇちゃんは病気じゃないの?」
「いや病気だよ。ねぇさんは仮病っていう持病を患っているんだ。」
「けびょー?じびょう?」
妹は情報を仕入れてくれたものの弟と共に戻ってきた。いつもは可愛いけれどこんなときは子憎たらしく感じる。それでも「褒めて」とねだる妹をなで繰り回しながら、
「・・・殿下たちは何をしにこちらに?」
「国境線と領内の繊維工場、それから丘陵地の視察だって。4~5日は滞在するらしいよ。この間にコネつくっとかないとね。僕、将来は官僚になって姉さんたちに楽な生活を送らせてあげるから。まぁ領地は代理人を立てて治めていけばいいし、そこそこお金を稼いだらまた戻ってくるよ。」
13歳とは思えないしっかりとした将来像を抱く弟を頼もしくも末恐ろしく思う。それにしても北国との国境線が重要なのはわかるし、国の産物が綿や織物製品だから繊維工場を視察するものわかる。工場の経営状況は芳しくないけれど。
それよりも男爵家屋敷から北国側にだだっ広く横たわっている何にも無いただの丘を視察って何故?狩りでもするのかしら。大型の獣なんていないはずだけど。「領主様んちの裏山」と呼ばれ、昔から町のこどもたちの遊び場と化している。
「ま、私には関係ないか。」
弟の話では殿下たちの帰りは遅く夕食も外で食べてくるそうだから私は思う存分気を抜いた。




