難題
「なんです王子。まったく。久しぶりの講義の時間を中断させるなんて。これ以上この娘の頭が悪くなったらどうするのです。ついこの間教えたはずのことを片っ端に忘れていくんですから。だいたい今、貴方には山積みの未決済書類があるはずでしょう。私たちと話す暇があるのならサインをしてください。」
「・・・なぜ呼び出しただけでそんなに機嫌が悪いんだ。」
執務室に入るなり弾丸のごとく詰め寄るコーリア様に殿下は若干引き気味だ。殿下が事情を話せとばかりにこちらに目線を向けてくるけれど私に聞かないでいただきたい。あれはそう、何かの間違いだったに違いない。コーリア様が私にキ、キ、キッ・・・・うきゃ~~っ。思い出すだけでも顔から火が出てしまいそう。
「で?なんです?私だけではなく二人とも呼び出すなんて。」
腕を組み苛立っているのを隠しもしないで自分を見下ろすコーリア様の態度に、殿下は負に落ちない様子だ。まぁ殿下は何も悪いことしていないから当然のことだ。
ただタイミングが悪かっただけで。いやいやいや、良かったとも言える。実にいいタイミングだった。あそこで止めてくれて、本当に良かった。
気を取り直し、殿下は言葉を続けようと口を開くが「あー。」とか「えー。」とか唸るだけで珍しく煮え切らない様子ですぐに口を閉じてしまう。コーリア様が焦れて執務机を小突くと殿下の肩がぴくりと動いた。
「あ…と、その。母上、がだな・・・。」
「王妃殿下が?」
「会いたいと・・・。」
「は?」
「だから、婚約者・・・ダリアに会いたいと。」
実は、婚約者ダリア嬢を演じることになって早4ヶ月を過ぎたが、国王陛下と王妃殿下には数度しかお会いしたことが無いのだ。パーティーでの挨拶や、反対側の人の顔が小さくしか見えないほど長いテーブルの端と端でのお食事。だからまだ近くで長い時間お話したことが無いのだ。
だけど今回、王妃殿下は婚約者であるダリアと二人きりで茶会をして話したいと言っているらしい。無理だ。無理に決まっている。近くでお会いしたらさすがに別人だとばれるに決まっている。間に合わせで身に着けた作法なんて王妃殿下相手に通用するとはとても思えないもの。
誤解しないように言っておくが王妃殿下は決して怖いとか、恐ろしいとか、よく童話に出てくるような意地の悪い継母の類ではない。むしろおっとりしていていつも微笑んでいるような人だ。
国王陛下とは政略結婚だったものの、顔合わせのときにお互いに一目ぼれし、実に仲睦まじく婚姻生活を送っているらしい。現宰相閣下に仕事を押し付けて二人お忍びで旅行に行くのもしばしばあるのだとか。
「なぜ断らなかったのです。」
「断った。断ったのだ何度も。しかしさすがに・・・・もう。」
王妃殿下とお茶の席を設けるなど不安しか無いけれど肩を落とす殿下をさすがに責めるわけにもいかず慰めようとするも「ではさっそく今から特訓をいたしましょう」と不気味な笑顔で私の腕を掴んだコーリア様を前に、殿下を恨みたくなった。
その後、コーリア様との特訓は、殿下に呼び出される前の気まずい雰囲気になると思いきやいつも以上に厳しいマナーレッスンが再開されたのだった。




