誘因
事件は急速に収束に向かった。
捕らえられた誘拐犯の男たちはあっさりと雇い主を暴露したのだ。その忠誠心たるや実にお粗末なもので、長年仕えていたとしても所詮金だけのつながりだったようだ。
誘拐犯たちと潜入操作をしていたノワールの証言で明らかになった、隠れ家のような街外れの屋敷でのんびりと部下の報告を待っていた雇い主は、屋敷の周りをぐるりと騎士に囲まれ勝ち目はないと悟ったのかあっさりと投降した。
フローリア王国王太子の婚約者であるダリア嬢の誘拐を企て、モンド王国第三王子の失脚を狙った犯行。第三王子と同じく継承権を持つ、モンド王国の・・・・第一王子。温和な表情の下に隠されていたのは、醜い嫉妬心と王位への執着だった。
長兄であり、正室の子である第一王子は、一般的に考えれば次期国王は間違いない。しかし生まれつき身体が丈夫ではなく武道においてはさっぱりで、しかも政治方面にも明るくなかった。
王としてのこれ以上無いくらいの血を受け継いでいるのに、能力が無かった。もとより王位を目指して折らず、兄のおこぼれ的立場を目指していた第二王子は豪遊三昧であったが、第一王子はそういうわけにはいかなかった。
長兄として、正室である母と高位官吏たちからのとてつもなく大きなプレッシャー。そして、兄弟の中でもっとも王としての素質を持って生まれた第三王子への劣等感。国王である父と同じ髪色は持っているのに、第一王子は風貌も能力も持っていない。
第三王子は、髪色も容姿も性格も似ていないのに、威厳だって王には到底及びはしないのに。その絹のように滑らかな銀髪が夕日に照らされ朱に染まったとき、一瞬国王の姿が重なるのだ。
国民からも、王城の使用人たちからも慕われ、少なくない者たちが第三王子を国王にとの声を上げている。数十年後の堂々たる王の姿を易々と想像させられたとき、正攻法では勝てないと悟ったのだ。
ずっと昔。まだ子どもで、王位など意識していなかったころ。幼い末の弟を可愛がった。街へ出かけたり、剣の稽古をしたり、勉強を教えてやったり。
いつしか政権争いに巻き込まれだしてから母親の違う自分たちの間にはよそよそしい空気が流れ始め、関係も変わった。周りの、自分たちを見る目も変わった。
第三王子が成長していくに連れ自分に向けられる目が諦めや侮蔑のものが増え、心の黒い靄が増えていくような気がした。
まだ嫉妬で留まっているうちはよかった。正室の子で長兄である自分が王太子は間違いないと思っていたし、自分が立太子することを周りの人間も望んでいたからだ。しかし王はいつまで経ってもその宣言をしなかった。
第三王子の、王への熱意と、素質が囁かれだして、いつの間にか妬む気持ちが憎しみに変わった。相手のせいにすることでしか自分を保てなくなった。誇れるものが正室である母親と長兄であることだけで、個人として誇れるものなど何も無かった。
いつから、どこで間違えたのか。どうすればよかったのか。周りの期待に応えようとしていたことがそんなに悪かったのだろうか。どちらにせよ、継承権も、周りの期待も、安寧な生活も、何もかも失った。
代償は大きかった。




