終焉
「おいおい、おーじさま相手に容赦ねぇなぁ。」
「手加減はした。」
手についた埃をはたくとノワールと呼ばれる青年はこちらを振り返った。切れ長のこちらを見据えている黒い瞳と目が合う。吸い込まれたら二度と戻ってこられないと思わせる闇のような。
「自分が連れてきた客人が、街で襲われたとなると、こりゃもう国際問題だな。第3王子は責任とって継承権を放棄するくらいやらねぇと収まらないだろうよ。」
耳をふさぎたくなる言葉と、目をそらしたくなる現実。意識の戻らないコーリア様と立ち上がることができない殿下。眼前には漆黒無表情の青年と、勝利を確信し笑いが止まらない誘拐犯の頭。狭くて暗い路地裏。助けは、来ない。
「さぁ、こっちに来てもらおうか、嬢ちゃん。来ねぇとおーじさまの頭ぶっつぶすぞ。」
重たそうな両手剣を軽々と持ち上げ、殿下の頭の上でゆらゆらと揺する。その危うい行為に慌てて立ち上がろうとするがひざがおかしなほど震えている。舌打ちしてこちらに近づいてくる男に震え上がれば、青年に腰を支えられ立ち上がることができた。
「ノワールちょうどいい、そのまま女をこっちに・・・。」
そう男が伸ばした手がこちらに近づくと同時に、青年の手のひらで視界が遮られた。
ザシュッ
鋭く風を切る音と、何かが「ゴトリ」と落ちる音、そして、
「うががぁぁあぁ・・・手が・・・俺の手があぁ・・・」
耳を塞ぎたくなるような男の悲痛な叫び声。
「ぎりぎり間に合ったな。」
「間に合っていない。遅いぞ・・・リヒト。」
暗闇で交わされる会話。未だ苦しそうではあるものの、殿下の声色から、張り詰めていた空気が和らいだように感じる。
「ははっ。ずいぶんとこっぴどくやられたなぁ。コーリアなんか伸びてんじゃんか。手加減しなかったのかよ。・・・ノワール?」
「したつもりだ。」
その言葉とともに開かれる視界。目の前には突然現れた声の主、ヴァンさんが笑っていて、殿下も疲れた顔をしながらも落ち着いている。ヒイラギさんは倒れているコーリア様を介抱し、その他数人の衛兵たちが誘拐犯の頭である男を拘束している。後ろに縛っている手を異様に痛がり暴れていたが、一人の兵士に殴られて気絶させられ黙らされている。
そして、なぜか、誘拐犯の仲間であるはずのノワールという青年が、平然と、ごく普通に、当たり前かのようにヴァンさんと会話している。
え、なんで?どうして?二人は知り合いなの?
そんな私の疑問を感じ取るようにヴァンさんは「ノワールは俺の部下だよ。」と苦笑する。振り返って青年を見上げるとこくりと頷いた。
ただの悪いだけの人ではないと思っていたが、味方だったとは!いや、ちょっと待って。味方ならもうちょっと丁重に扱ってくれても良かったのに。敵にバレないためとはいえ、袋詰めにして運んだりするのはどうよ。それに、それに水を・・・。うわ。思い出したくない。色々とここ何時間の記憶を辿りながら青年を凝視していると手を後ろに引かれた。殿下だ。
「おい、大丈夫だったか。」
「え、えぇ私は。その、殿下は?それに、コーリア様も。」
ノワールに痛めつけられた殿下はいつにないくらいぼろぼろで、その丹精な顔にもあちこちに傷がついている。蜂蜜色の髪も今は砂埃まみれで灰色になっているし、口の端は切れて血がにじみ、痛々しく青く変色している。私よりも殿下の方がよっぽど大丈夫ではないのに、私なんかの心配をして。
ちらりと見たコーリア様は、抱えあげられているがまだ意識が戻る様子は無い。大丈夫だよね?死んでないよね。視線の先に気づいたのか、殿下は私の頭を乱暴に撫で目線を合わせながら大丈夫だと言ってくれる。澄み切った青い目はようやく私を安心させる。
「大丈夫。もう、全部終わった。さ、帰ろう。」




