脅威
殿下とコーリア様が敵を次々と地に沈め、ようやく立っているのが頭の男一人となったとき。
「調子に乗りやがって!!おいノワール!!てめぇいい加減に働きやがれっ!」
唾を吹き飛ばしながら怒鳴り散らす声に、ふと目を向けると、全身が漆黒の“ノワール”と呼ばれた青年がまだ無傷でいた。青年はこの最中、壁に寄りかかって私たちを見ているだけであった。
一人涼しい顏で手にある殿下が投げたナイフを弄んでいる。ずっと傍観しているつもりだったのか、しかしあまりにも怒鳴る男が煩かっただろうか。緩慢な動きで壁から背を離し、ゆっくりとした歩みでこちらに近づいてくる。
丹精だが無表情な彼からは何も読み取れないが、先ほどまで煩かった敵の頭がぞわりとするような笑みを浮かべているから、それなりに実力のある男なのかもしれない。それに反応するように殿下とコーリア様は警戒を強めながら武器をかまえなおし、間合いを測っていく。
さっきまでの、どこか安心していた空気がいっきに重くなるのを感じる。殿下も、コーリア様の表情も真剣そのものだ。そして。
「うそっ・・・」
どさりと目の前で沈みこむ身体。綺麗だった蜂蜜色の髪もいまや埃にまみれ薄暗くにごった色になっている。腹を押さえてうずくまり、駆け寄ろうとするも目だけでこちらにむけて静止させられる。助けを呼ぼうと顏を横にそらせば、壁にもたれたまま動かないコーリア様の姿が目に入る。
「殿下!!コーリア様!!」
ノワールという男は強すぎた。
武器などなしに、素手だけで複数人もの敵を翻弄したはずの二人を意図も簡単に無力化させた。他の男たちとはレベルが違いすぎる。もちろん、武術が専門ではない、殿下とコーリア様は全く歯が立たなかった。
勝利を確信した途端、また私たちは窮地に立たされた。コーリア様の短銃の狙いは全て急所を狙っていたというのにひとつもかすりもしなかった。殿下の細い剣は真っ二つに折れて転がっている。
それでもナイフで戦って相手の二の腕を掠めた殿下だけれど、ノワールの方が接近戦は得意だったのか、傷をもろともせず、あっさりとナイフを弾き飛ばして殿下の懐を殴打した。かなり深く入ったのか、殿下は苦しそうな呼吸をして立ち上がることができない。
私は戦うこともできず、かといって助けを呼びにこの場を立ち去ることすら不可能な状況。手足は震え、何かを支えにしていないと立っていることさえ難しい。呼吸は安定せず、先ほどから浅い呼吸しかできていない。
水分補給したはずの口はからからに渇き、歯はカチカチと音を立てている。汗はかいていない。顔も、胸も、背中、指も、足先も、すごく冷たい。全身が凍りついてしまったかのように。




