接触
ごくりと鳴る喉。
わずかに開いた隙間から入り込んだ水で潤され、乾きは十二分に癒えたと言える。
かさついた唇にも潤いが戻り、そして遅れて気づく柔い感触。
顎を伝う水の冷たさ。
頬を掴む、骨ばった指。
それから、それから整った顏のドアップ。
いや、ちょっと待って。
「んむっっっ!?」
き、きっきききききききききキスされてる!?!?
唇が離れるとき鳴った音が生々しく恥ずかしさを煽り、少し遅れて怒りがこみ上げてくる。ヴァンさんに迫られたときにはなんとか回避したことを、こうもあっさりやられるなんて。
身体を起こして離れた青年に目をやると、口元に垂れた水を手で拭っているところであった。塗れた唇と仕草がどうにも色っぽい。
水を飲むために手の拘束を解いてほしいと言っただけなのに(目で訴えただけで実際言ってはいないけど)、気づいたら見ず知らずの、会ったばかりの男にキス(というか水の口移し?いまどきそんなことする人いるわけ?)をされてしまっていた。
「わわわわわ・・・・キキキッッ・・・」
わたしの・・・ふふふふぁファーストキスが・・・!!?
恥ずかしさと怒りとが混ざり合い、何を言っているのか自分でもわからない言葉を発してしまう。青年はというとぴくりとも表情を変えず、瓶に口をつけ自分も水を飲んでいる。その様子をじっと睨んでいたら「どうした、まだいるのか。」とまた顏近づけてくるもんだから、ローキックをお見舞いしてやった。軽々と足首を掴まれて当たらなかったけど。
「ちょっと、離して下さい!!」
「離したらまた蹴ろうとするんじゃないのか。」
「そのつもりですっ!!」
「俺は蹴られたくない。」
問答を繰り返し、足を掴まれたままジタバタと暴れる。足を掴む手は強くはないのに、外れることも無い。引いても押してもひねっても振り回しても。
「誘拐犯のうえ痴漢のくせに何を言ってるんですかっ!!」
「痴漢?」
「だって突然キキキキスしたじゃないですか!」
「キス?」
「水!飲ませたとき!」
「・・・あぁ。」
「あぁ、じゃないでしょう!?」
別に今まで必死に貞操を守ってきたわけではないけれど、けれど初めては好きな人とって夢見ていたのに。どうしてこんなにもあっさり、知らない男にキスをされなければならないのか。しかも、こんなカビ臭い、暗い部屋で、縛られた状態で。シチュエーションも台無しじゃないのよ。
「初めては満天の星空の下『綺麗な星空ね』『いや君の方が綺麗だよ。』って見詰め合って愛を囁かれながら徐々に顏が近づいていってキスをしてそのまま抱き合って・・・というのが理想だったのにぃ・・・」
「・・・・。」
「うぅぅ。」
この男と話をしているとついペースが乱されてしまう。相手が誘拐犯の仲間だというのも忘れて肩で息をするほど取り乱してしまった。足首をまだ掴まれたままだから体勢的にきついのもあるけれど。青年は私が何に怒っているのかも、自分が何をしたのかも全く分かっていない様子だ。
「せっかく水飲ませてやったのに何を怒っているんだこの女は」としか思っていなさそうだ。誘拐犯にしてはわりとまともで(いや、まともじゃないからこんなことしているんだろうけど)、私をモノ扱いしてないと思っていたのに。女として扱われていないなんて。
て、ちょっと私を無視して余所見なんかしないでくださいよ。注意を反らすならせめて足を離してほしい。あ、なんか涙出てきそう。




