非日常
元来た道を戻る。お互い話もしないし、廊下には他に人影などないため実に静かだ。天井まで伸びる大きな窓の向こうから鳥の鳴き声が聞こえてくる。時は夕暮れ。鳥も家に帰るのだろうか。
いつもなら仕事仲間と「今日も疲れたね」と笑いながら夕食の準備を始める頃だというのに。私は綺麗な格好で豪華な廊下を歩いている。婚約者のダリア嬢に会い(手刀を浴びたけども)、人間ブリザード側近のコーリア様に会い、無関心仕事一筋っぽいレンギョウ王子殿下に謁見し、いきなり国のトップ(いや、本当のトップは王様だけれども)と話をするなんて現実感がない。
はぁと小さくため息を零せば、先を歩いていたコーリア様が振り向く。
「何をババくさい。ため息など淑女がするものではありません。」
この、小姑が。と思ったのは内緒だ。
「安心なさい。息つく間もないほどしごいてさしあげますから。」
「え。」
安心できないんですけど。
「もちろん、今日からですよ。2週間などあっという間です。一分一秒も惜しいですからね。」
コーリア様の顔が不敵に歪む。美形なのにこんなにもこちらが不愉快になる笑顔ができるんだと逆に感心する。今日見た中で一番の笑顔だ。
「頑張りましょうね、ダリア嬢?」
「そこっ!背筋を伸ばす!」
「あごを引きなさい!見苦しい。」
「手と足が同時に出てます、馬鹿ですか貴女は。」
「もっと華麗に!優雅に!」
「・・・・・・はぁ」
こっちがため息つきたいですよ!ただ歩き方を習うだけで3時間みっちりしごかれ、暴言を吐かれ、私の心はズタボロです。
最後のコーリア様のため息をついたときの目といったら・・・思いっきり蔑んだ感じだった。
「まぁ、今日のウォーキングレッスンはこれまでにしましょう。私も忙しい身です。復習しておくように。それから・・・」
ドスンと私が宛がわれた部屋(と言っても最初にダリア嬢と出会った不吉な部屋だ)にあるテーブルに置かれたのは辞書のごとく分厚い本、数冊。
「これを確認しておいてください。明日の授業で使いますので。」
「えっと・・・これは?」
「この国の歴史です。まぁ序章ですが。」
この量で!?
「・・・全部・・・でしょうか。」
一冊持ってみるがものすごく重い。重いですよこれ!
「当たり前でしょう?」
至極不思議そうな顔をしたあと、明日の起床時間を告げるとさっさと部屋から出て行った。
とてもじゃないけど、一晩じゃ間に合わないような量の本。でも、読んでいないとあの美形の顔が恐ろしい般若の顔に変わる姿が容易に想像できる。
私付きになったベテラン風メイドのマルガリータさんに夕食代わりの軽食を頼んで、さっそく本の処理に取り掛かることにした。