誤解
殿下視点です。
「あ、やっと開けてくれたね。ダリ・・・あ・・・れ・・・レンギョウ君?」
扉に張り付いて立っていたのは第2王子だった。
寝巻きにガウンを羽織っただけの男は、顏は赤らんだままで酒瓶を抱いている。扉を開けた瞬間は満面の笑みだったものの、俺が出てきて目を見開いて驚いていた。パーティーも終えた夜更けに、俺の婚約者(仮)に一体なんのようだったのか。まぁ、聞くまでもないが。友人と紹介したものの、通常隣国の王子である俺が連れて来た女性だ。夜這いに来ていい相手ではない。
彼女は本当の婚約者ではないし、恋仲でもないのだからとやかく言う筋合いはないのかもしれないが、気に喰わない。モンド王国の王子に気に入られているのならば仮初の婚約期間が終わったあとにも働く先どころか嫁ぎ先として良いかもしれない。だが、こんな評判の悪いところに何もやる必要は無い。
リヒト・・・はまだマシかもしれないが・・・・・・いや、何も他国に嫁ぐことはない。国内で、フルール城でこれまでと同じくメイドとして働けばいい。“ダリア“を勤める前の仕事ぶりにも問題は無かったようだし、コーリアに言えば前よりは良い職場に付けることもできるだろう。
一人黙ったまま考えを巡らせているとつい、目の前の男の存在を忘れてしまっていた。いつの間にか赤い顏が青白く変わり、寒いのかその肩が小刻みに震えているようにみえる。
「ダリアに何か用ですか?ならば呼んで来ますが・・・。」
扉に片手を付いたままで、つい単調になってしまった言葉にそういえば目の前の男も一応王子であるし礼儀には気をつけねば、と反省する。すると男の目線は俺の胸元に落ちているのに気がついた。自分の胸元に目線を落とすと、シャツのボタンがいくつか外れはだけていた。
「あぁ、すまない。」
謝りながらだらしの無い服装を戻す。寝る前であったし気を抜いたままであった。コーリアに見られたら怒られそうだ。
「な、なななぜ、レンギョウ・・・王子が部屋に・・・?」
「婚約しているのだから当然なのでは?」
とりあえず当たり障りのない返答をしてみるが誤魔化せたであろうか。内心どきどきと焦ってしまうが、この男を追い返すまではなんとか平然としていなければ。
――くしゅん。
部屋の奥からくしゃみが聞こえてきた。あぁ、薄着のままテラスに出ていたから身体が冷えたのだろう。せっかく湯につかっただろうに。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
「あー・・・、用が無いのならもう戻ってもよいでしょうか。彼女はまだ薄着のままだから風邪を引いて・・・」
言い終わらないうちに第2王子は顏を赤く染め直し、無言まま走り去ってしまった。まだ酔いが覚めていないのだろうか。まぁ何はともあれ面倒事が去ってこれ幸いと、扉を閉めた。
寝室に戻ると、ガウンを着ても寒いのか鼻をすする彼女がいた。
「あ、殿下。」
ベッドに腰をかけていた彼女がぱたぱたとこちらにかけてくる。心細そうにこちらを見上げる表情は、どこか怯える小動物のようだ。
「第2王子だった。一応、気をつけておくといい。」
「あ・・・はい・・・。」
歯切れの悪い返事に疑問を持ったが、隣の自分の部屋の部屋に戻ろうとテラスの扉に手をかけると、シャツのすそがついと引かれるのがわかった。
「?」
振り向くと彼女がシャツの端を掴んでいた。無意識だったのだろうか、俺のシャツを掴む自分の手を見て慌てて手を離していた。
「どうした。」
顏色から不安の消えない彼女の顏を覗き込むと、潤み、月の明かりで輝いて見える瞳と目があった。喉がごくりと鳴り、彼女の様子に少しばかり反応してしまったのは仕方がないと言える。
「もう、誰も来たりしません…よね?」
「怖いのか。」
「え?」
「震えている。」
指先が白くなるほど握り締めていた手をそっと解いてやる。寒さと緊張からか手は冷たくなっており、包んで体温を移そうとさすってみる。手にすっぽりと隠れる彼女の手はやはり女性のもので小さく細く、そしてやわらかい。
「一緒に寝てやろうか。」
「はい・・・・えぇっっ!?」
月の光に照らされていっそう青白かった顏が赤に染まる。恥ずかしいのか何なのか、口をぱくぱくと開閉させて目を泳がせて困る姿が、なんとも言えず・・・
「プッッ。」
思わず噴出してしまった。これ以上大笑いしそうになるのを、口をこぶしで押さえて必死に耐える。
「なななっ・・・・で、ででんか~!?」
からかわれただけと気づいたのか、途端に頬を膨らませて、目には涙を浮かべている。本当に、小動物みたいだ。
「冗談だ。もう寝ろ。」
いくらか元気になって怒りで暴れる彼女を抱え上げてベッドの上におろし、来たときと同じ道をたどり自分の部屋に戻った。




