酔夜
ヴァンさんと殿下の友人として出席したモンド王国ランディ王家主催のパーティーは想像以上に豪華なもので、夜が更けても一向に終わる気配がしなかった。
はじめは珍しい食べ物や、飲み物、異国の踊りや、出席者たちのドレスを見ながら楽しめたものであるが、殿下にヴァンさん、ついでに第1王子と第2王子と、足元がふらつくほど踊らされた。それにご馳走を食べる暇なんてなかったし。いつなんどきも微笑を絶やすなとの命を受け、必死に口角を上げて笑顔を貼り付けていたけれど、今にも痙攣してしまいそうなほどだ。
眩いシャンデリアの光に目がくらみ、私を取り囲む大勢の人から強く香ってくる香の匂いで酔いそうになる。だから、仕方なかったんだと思う。
「あはははははははっ。」
「楽しそうだね、ダリアちゃん。」
第1王子がくれた甘いジュースはとても美味しくて、喉が渇いていたし、おなかもすいていたから勧められるまま沢山いただいた。果実の甘くてさわやかな酸味と、炭酸のシュワっとした舌触りが心地よい。
「とっても楽しいですよ?あ、お二人ともグラス空いてますよ?」
先ほどからお相手をしてもらっていた第1王子と第2王子に飲み物を勧める。今私たちの近くにあるテーブルには飲み物が豊富にそろえてあり、選びたい放題なのだ。オレンジ、ピンク、イエロー、ブルー。目で見ても楽しめる甘いジュースを片っ端から飲み干した。
顏が異様に火照り、胸の鼓動が周りに聞こえそうなほどドクドクと鳴っている。更年期にはまだ早いし、季節的にも暑いわけではないのに不思議だ。そして、もうひとつ。なぜか、異様に楽しくて仕方がないのだ。箸が転がるだけで笑える年頃は過ぎたと思っていたけれど、まだまだだったのかしら。
第1王子の眉の下がり具合とか、第2王子のベルトにのる腹肉とか、殿下の眉間の皺とか、コーリア様のまるで生ごみ見るかのような視線とか、ヴァンさんのにこにこした嘘っぽい笑顔とか。
「ダリアちゃん、そろそろ部屋に戻ったほうがいいんじゃないの。」
先ほどまでジュースを勧めていた第1王子が私のグラスを取り上げる。あ、まだ飲んでないのに。
「まだここにいますよぉ。だって楽しいんですもの。」
「でも眠くなってきたんじゃないの。」
「いーえ。まったく!」
心なしか、第1王子が引き気味に笑っているような。右口角の具合が不自然だ。
「じゃ、じゃあ僕が部屋まで送るよ。」
第2王子は、兄をさえぎる様に私の手を取ろうとし、そしてそれは、第1王子ではない違う誰かの手に阻まれた。手を取られかけて、違う誰かに阻まれる。うーん。なんとなく既視感のある光景だなぁと他人事のように見ていると、いつの間にかそのまま手を引かれ歩き出していた。
徐々に喧騒から遠のく様子からパーティー会場から連れ出されたことがわかる。無言で私の手を引く黒く大きな背中は、迷うことなく静かな方へと導いていく。
「コーリアさまぁ?わたしまだかえりたくないですけど。」
私の手を引く背中はコーリア様のものだった。手を離そうと引いてみても、問いかけてみても、背中をぽかぽかと叩いてみても、コーリア様は歩みを止めることはない。そのまま、とうとう部屋に到着してしまった。
部屋に入りたくなくてじっと見上げてみるけれど、「早く入りなさい」とため息をつかれてしまった。肩を押されてソファに強引に座らせられる。文句を言ってみても、頬をふくらませてみてもだめらしい。パーティー、美味しいものまだ食べてない。疲れたけど、もっかいくらいは踊りたかった。
「はいはい。パーティーなど、近いうちにまたありますよ。さぁ水を飲んでください。」
「水なんてやですぅー。さっきの甘いジュースがいーですぅー。」
コーリア様の服のすそを掴んで引っ張り駄々を捏ねる。水で我慢しなさい、と半ば呆れた様子でグラスを渡されるが、その時私はなぜか頑なで、それを受け取るのが嫌で仕方なくて、べぇと舌を出して拒否をした。冷静になって考えると恐ろしいことをしたもんだと思う。
「いらない」ととにかくグラスを突き返すと、眉間に皺を寄せたコーリア様の片方の手がこちらに伸びてきて、私のあごに手を添えた。
「では、私が飲ませてさしあげます。」




