王子
「まずは王子にご挨拶に参りましょう。」
コーリア様に連れられ、城の上層部の廊下を歩く。高い天井にはきらきらと輝くシャンデリア、両壁面には所々に絵画が掛けられている。もちろん、床はふかふかの絨毯だ。赤ではなく、黒だけど。
「余所見をせずに付いてきてください。」
ぎろりと睨まれ思わず身を縮こませる。
「も、申し訳ありません。コーリア様。」
そう謝るとコーリア様は「そうでした」と言ってふと立ち止まる。
「人前では私に敬称は不要です。コーリアとお呼び下さい。あくまでも、貴女は今、婚約者のダリア嬢なのですから。」
それだけ言うとまた前を向いて歩みを進める。そのままでぼそりと「実に不本意ですがね。」と聞こえてきたのは、気のせいという事にしよう。
コーリア様(せめて心の中では“様”をつけようと思う)が突き当たりにある部屋の扉を数回ノックし開く。
「レンギョウ王子、連れて参りました。」
「入れ。」という短い返事の後コーリア様が扉を開く。私がなかなか入らずにいると無理やり手を引き部屋に入らせた。
「全く、私の手を煩わせないで下さい。」
そう言うときのコーリア様の目は本当に嫌なものを見る目で私を見下ろす。美形の、背の高い青年に睨まれたらメチャクチャ怖いです。
中に入ると、部屋は本棚と執務机、応接セットのみというシンプルな部屋だった。廊下や、ダリア嬢の部屋は豪華であったため、なんというか一言で言うと地味だ。この地味な部屋の中央奥にある執務机にレンギョウ王子殿下はいた。
金髪のさらりとした髪は机の後方にある大きな窓からの光に照らされてきらきらと輝きを放つ。たらりと下がった前髪で顔は拝めないが、きっと彼も美形なのだろう。うん、雰囲気めちゃめちゃカッコイイもの。髪と対照的な真っ黒の詰襟の服もとっても似合っている。
ひたすら書類をさばいていく殿下を前に、コーリア様に挨拶を促され気を取り直して挨拶をする。淑女の礼くらいは私でもなんとかできる。
「お、お初にお目にかかります。こ、この度、ダリア嬢の代わりを勤めさせていただきます。名を・・・」
「よい。」
名乗ろうとしたところで遮られる。
「興味ない。婚約者としてもそんなに頑張らなくていい。必要以上に俺の元に来なくてもよいしな。」
こちらにはちらりとも目もくれず、殿下はひたすらに書類に目を落としている。
「半年後まで帰って来ないとは、こちらにとっても好都合だ。コーリア、全てお前に任せる。」
婚約者様に逃亡されたというのに、実にあっさりしたものだ。
あっさりというか、冷たいというか。ダリア嬢にも、その代わりを務める私にも全く興味がないことが伺える。
「それでは、好きにさせていただきます。最低限のマナーは身につけさせます。ひとまず、2週間後のパーティーにはお二人で出席していただきますのでお忘れなく。」
コーリア様は殿下の「興味ない」発言にもさほど驚くことなく、淡々とこれからの予定を説明すると、私を連れて執務室を後にした。