変身
「・・・死ぬかと思った。」
風呂場ではべテランメイドさん(名前はマルガリータさんというらしい)に服を引っ剥がされ、これでもかというほど肌をこすられた。
マッサージと称して無茶苦茶痛いほど全身をもみしだかれ、仕上げにはなんだか良い匂いのオイルまですり込まれた。オレンジ系の香りだろうか。マルガリータさんは「ネロリです。」と答えていた。なんでもリラックス作用があるらしい。さわやかでそしてどこか懐かしい感じもする香りだ。こんなの初めてつけましたよ。ええ。
それからコルセットで弛んだ腹をぎゅうぎゅうに締め付け、無い胸を寄せて上げてドレスアップする。
メイクも今まで見たこともないような道具が次々に出されて、塗りたぐられて顔が作られていく。
完成された顔は別人・・・いえ、基本は私なのですが、なんというか目の大きさとか、肌の輝き具合が違う。頬もほんのりピンクに色づいていて・・・うん、可愛く見える。
さきほど私を身代りにして逃げたお嬢様とも似ている・・・と思う。
全てのもはや変身というか改造と言える準備を終えた後マルガリータさんに連れてこられた部屋に入ると、あのブリザードを纏ったがごとく冷たい目をした青年、第一王子の側近様がいた。
「遅い。」
第一声がこれだ。私は縮こまることしかできない。
「さて、これからについてですが、あなたには半年間、第一王子の婚約者ダリア嬢を装っていただきます。」
「え?」
「あなたが逃がした御方は第一王子の婚約者殿だったのです。」
え、本当ですか。やんごとなき方だとは思っていましたが、第一王子の婚約者様だったとは。
第一王子――名をレンギョウというが――といえば、ここフローリア国の国王嫡子の血統書付きで、能力は非常に高く、執務にも武芸にも長けるという方だ。自分にも人にも厳しいとされる王子はにこりと笑ったところを見たことがないという。
ま、私はその姿を遠目でしか拝んだことがないけれども。
目の前にいる側近様と同じくらい無表情で、しかも女関係の噂が全く無い。まぁ女に限らず愛想がなくて他人は寄せ付けないオーラを放っている。なのにこの目の前の側近様とはよく二人でいるから、一部のメイドの間では側近様とデキてるんじゃ・・・という噂まであるほどだ。
それが、実は婚約者殿がいたとらしい。ま、王子様ですもの。婚約者の一人や二人いて当たり前だし、親が決めたような政略結婚かもしれないけど。
そして半年後には婚約披露パーティーがあるという。
国内の有力貴族やら隣国の王族やら集めての盛大なものらしい。
第一王子は国王の継承権も第一位だから、将来国を背負っていく存在だ。この国では王子が最初に結婚する人は正室と決まっているから、その王子の最初の婚約者は王妃となるかもしれない人である。婚約といえど、婚姻が決まったようなものだから婚約パーティもさぞ盛大に行うのであろう。あぁ、半年後は忙しくなりそうだ。
「そこの女、聞いてます?」
「あ、はい。」
いけない。今は側近様・・・もといコーリア様がこれからについて説明なさっているんだった。
「本物の婚約者ダリア嬢が戻られる半年の間、パーティーや茶会がいくつかあります。1つ2つは体調不良などで断れるかもしれませんが、全てそういうわけにはいきません。直近では2週間後に一つあります。それまでに礼儀作法、言葉遣い、立ち振る舞い、王国の歴史、ダンス等々、きっちり身につけていただきます。」
見下すように嘲笑され、「どうせそういう教育は受けていないのでしょう?」と暗に言われているようなものだった。
もちろん、そんな教育受けているわけがない。
10歳の頃に父が死に、家の仕事が立ち回らなくなり、それでも必死で家庭を支えようと家の手伝いを始めた。叔父の伝手で城に召し仕えに出ることが決まったのが13歳のとき。下に小さな妹や弟がいて家計も上手く回らなくなってきていたから住み込みで働くことになった。
それから5年。家に仕送りばかりで贅沢することもなく今まで必死に働いてきたのだ。勉強も父が健在であった頃までだったし、おしゃれをしたことも社交界の場に出ることなんてなかった。そんな世間知らずな私にお嬢様の代わりなんて勤まるはずがない。そう思い、なんとか断ろうとする。
「あの、私・・・」
「もちろん、給金ははずみますよ。」
「頑張ります。」
こう答えてしまったことを、私はその日の内に後悔することになる。