身代り
で、手刀を下ろされ気絶させられた私は、この、今、目の前にいる男、第一王子の側近様に床で転がっているところを発見されたらしい。部屋の真ん中うつぶせた状態であったという。絨毯の上で転がっていたのが幸いしたのか、倒れた衝撃でケガはしていない。大理石の上だと大変だった。
それよりも着ていたメイド服は少女に持ち去られたらしく、代わりに部屋にあったテキトーなワンピースを着せられていた。あの服、そんなにきれいなもんじゃなかったんだけど、どうして持ってったのかしら。
そもそも私が迷いこんだ階は、一般人は立ち入り禁止だったらしい。もちろんメイドも。私がこの階に迷い込んだときには見張りなんていなかった・・・と訴えはしたものの、通じたであろうか。
そして、私がこの部屋から逃がした少女というのは・・・
「重要な方だったんですよ。もちろん、犯罪者などではなく、高貴という意味で。」
人を気絶させておいて逃げるなんて犯罪なんじゃ・・・とも思ったけど口になんて出せない。
「逃げ癖のある女性でしたので扉が開かないようにして、更にこの階を立ち入り禁止にしていたのですが・・・無駄だったようですね。」
はぁ、とため息をついて男はゆっくりと近づいてくる。先ほどから床に跪き、顔を上げられず俯いている私には足元しか見えない。目の前でぴたりと足を止めた。
「あなたの命ひとつくらいじゃあ、賄えないほどの損失なのですけどねぇ・・・。覚悟、できてます?」
側近様はそう言いながら、紙の束でぱしぱしと私の頭を叩く。
もうダメかも。私。お母様、可愛い妹と弟たちよ。姉さまの分まで幸せに生きて・・・
涙で視界がかすみ、雫が零れ落ちそうになる。
「・・・と散々脅しましたが、この部屋から逃げた姫君からの手紙が残されていましてね。彼女、どうやら貴女を身代りにと置いていったようです。半年後には戻るからそれまではよろしくと書かれていますが・・・やっと顔を上げましたね。」
気づくと私は顔を上げて側近様を見つめていた。冷たい印象はあるが、噂通りずいぶん綺麗な顔の青年だ。
側近様の「身代り」という言葉の意味がわからず若干呆けながら見つめていると、不躾に側近様の手が私の顎を掴んだ。右、左と少々乱暴に顔を捻ったあと再び正面に向けさせる。
「なるほど、確かに似ていますね。化粧と服装次第でなんとか誤魔化せるでしょう。」
えっ?なんですって?
「早速あなたには身なりを整えていただきます。」
男がパチンと手を叩くとどこからかメイドが現れた。私よりも20歳ほど年上だろうか。そしてメイドの服と言っても私たち別館のメイドが着ているのと比べ物にならないくらい上等なものだと見て取れる。ベテランの本館のメイド長という感じだ。
「コレをなんとか整えなさい。終わったら私の元に連れて来るように。」
そう言い放つと側近様は部屋から颯爽と出て行った。
「えっ、ちょっ、あの!」
その後を追いかけようとするが、後ろからがしりと腕を取られる。
「お待ちください。貴女はこちらに。」
そのままベテランメイドさんに風呂場に引きずられ、私は悲鳴を上げることになった。