第一章
朝の薄明るい空を窓から眺めながら、瑞穂は物思いにふけっていた。
いつからこんな風に、朝起きてすぐ、考え事をするようになったのだろうか。
昔から、黙って物事を考え込むのは嫌いな方だった。
比較的、誰かと話し合ったり、少なくとも声に出して(独り言でも)考えたりする方だった。
だが、最近は一人で思いつめるのが当たり前のようになってきている。毎朝、毎朝。
≪私は、やっぱり変なヤツなのかもしれない≫
いや、物思いなんて誰でもするだろう。
しかも、常識的に考えると、自分の悩みをベラベラ喋っているヤツは嫌われやすい。
…というより、悩みをベラベラ喋れるのなら、そこまで深く悩んではいないはずだろう。
そうなると、私は、しっかりと悩んでいるのかもしれない。
≪いや、そんなことは分からない≫
まず、しっかりと悩むって何だ?…でも、私の悩みは一般人よりは筋が通っていると思う。
私の悩みを聞いて「なんだ、そんな下らないことか」と思う人は、かなりの幸せ者だ。
そういうヤツには聞いてみたい。「お前はいじめられたことがあるか」。
≪私がそんなこと聞く権利はない≫
…いつの間にこんなに時間がたったのか。
五時に起きてしまったはずだが、すでに七時近くを回っている。
どれだけ考え事をしたんだろうな…。私は。
「おはよう」
瑞穂は階段を降り、すでにリビングで仕事へ行く支度をしている母親に挨拶をした。
「んー」
適当にあしらう答え方。まあ、いつものことだ。
「今日は何時ごろ帰ってくるの」
政代がちらりと瑞穂を見る。
「なんで聞くの?」
別に他意はなかった。ただ、ちょっと気になっただけだ。
「いや、昨日も遅かったなあって、思ってさ…」
「仕方が無いでしょう。仕事なんだから。あの人がしっかりしないからよ」
政代は仕事でイライラしているのか。なんだか、言葉の一つ一つにトゲを感じる。
「父さんの話はやめようよ。それこそ仕方が無いじゃん」
「…朝から逆らって面白い?ほら、さっさと顔洗いなさい。遅れるわよ」
政代はカバンを持ち、上着の袖を直して、玄関の方へ向かった。
「行ってらっしゃい…」
「んー。行ってきます」
ほんの少しこちらを振り返っただけで、政代はさっさと仕事に行ってしまった。
瑞穂はふうと、ため息をつき、ソファに座りこんだ。
母の政代は介護福祉士だ。我が家の唯一の稼ぎであった父は、今は一緒に暮らしていない。
仕事をしなくなってきたので母が愛想を尽かし、離婚した。だから、今は政代が仕事に行っている。
家族は、他に自分と祖母だけで、祖母は癌を患っている。今は入院中だ。
瑞穂は自分の家族のことを考えると、必ず悲しくなってくる。
どうして、こんなに家庭がバラバラなのだろうか。でも、それを聞ける家族もいない。
瑞穂は、これ以上考え込むと遅刻すると思ったので、顔を洗うことにした。