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世界の綻び

01:昨日の私

作者: コトリ
掲載日:2026/10/12

駅のホームで、昨日の私を見た。

最初は、よく似た人だと思った。

黒いコートに白いスニーカー。

右肩から下げている鞄まで同じだった。

雨が降っていたので、そいつは黒い折り畳み傘を持っていた。

顔を見ようとして、私は立ち止まった。

その人が電車を待ちながら、右足のつま先を三回だけ動かしたからだ。

私の癖だった。


「……私?」


向こうが顔を上げた。

少しだけ困ったように笑った。

「やっぱりいたんだ」

「何?」

「明日、母さんから電話が来る」

意味がわからなかった。

「なんで?」

「出ないほうがいい」

「どういうこと?」

そいつは時計を見た。

「もう時間ないから」

「ちょっと待ってよ」

電車が入ってきた。

強い風が吹いて、傘が少し揺れた。

私は一瞬、目を閉じた。

風が止んで、目を開ける。

向かいのホームには、誰もいなかった。


夜、母から電話が来た。

出ようか迷ったけれど、結局出た。

「もしもし?」

母は何も言わなかった。

「もしもし?」

しばらくして、母が小さな声で言った。

「……駅で誰かに会った?」

私は黙った。

「会ったのね」

「なんで知ってるの?」

母は答えなかった。

そして、

「明日はもう、その人に話しかけないで」

と言った。

「明日?」

母が電話の向こうで息を呑んだ。

「……そう。明日」

私は窓の外を見た。

外は雨が降っていた。

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