オラは
懐かしき昭和の頃の話。
〈オラは死んじまっただぁ~ オラは死んじまっただぁ~〉
こういう歌が流行った。
うちの父はこの歌が大嫌いだった。
当時まだ三十代前半だった若かりし頃の父は、観光バスの運転手をしていた。
仕事上、遠足や修学旅行の生徒を乗せる事がよくあった。沢山の命をあずかる父としてはめいいっぱいの安全運転をといつも思っていた。
それなのに
〈オラは死んじまっただぁ~ オラは死んじまっただぁ~〉
どの学校の生徒たちも、当時大流行したこの歌謡曲をバスの中でずっとがなりたてた。他にも流行りの歌はあるだろうに、どうしてどこの生徒もこの歌ばかりを音飛びレコードの様に延々歌うのか。
〈死んじまった〉
だなんて縁起でもない。
全く近ごろの…
生徒たちとしては当時の流行の歌を楽しく皆で歌って騒いでいるだけだったのだろうが、生徒たちがその歌を歌いだすたび、父は嫌で仕方なかったという。
そしてその日も某学校の生徒たちが、バスが発車してしばらくもすると
〈死んじまっただぁ~〉
と熱唱しだした。
父はげんなりした。だから歌ならもっと他の歌もあるだろうに。
ハンドルを取りながら、父は後方確認のために右のサイドミラーを見た。
そこには。
こちらに手のひら側を向け、人さし指と親指を立てて残り三本を折り曲げた、手首が映っていた。
四角いミラーの中に男らしき右手首が映り、生徒たちの歌声の音頭をとる様に、ひょいひょいと動いていた。
父はそれに、生徒の誰かの手が映っているのだろうと思った。
しかし、後ろを見てもサイドミラーに映る様な窓の外に手を出している者はいなかった。
父は今一度、ミラーの中を確認した。
手首は変わらず、生徒たちの歌声にあわせてひょいひょいと動いていた。
いや。手首は。
父に向って人さし指をくいくいと動かし、おいでおいでをした……様に思えた。
〈死んじまっただぁ~〉
父はぞっとした。そして
「ううう、うるせぇっ!死んじまった死んじまった言うなぁぁ~っ!!」
と、大声でわめいてしまった。
その父に生徒たちは驚き、シン、となった。
父も自分の大声にはっとなった。
ミラーの中には、もう踊る手首の姿は無かった。
その日、生徒たちが〈死んじまった〉の歌を歌う事はもう無かった。
後日会社に苦情がきたかどうかは知らない。
他の学校の生徒たちがまたもその歌を合唱する事はあったが、音頭をとる手首が現れる事はもう無かった。




