何が一番怖くなくなったのか
おはようございます!
今週は肌寒い日が続いた大阪です
まだ、油断大敵ですね
今日は怖い話ですが怪談ではございませんのでご安心を!
春よ来い♬
来週もよろしくお願いいたします!
それは昭和中期、高度経済成長の真っただ中のこの国でした
戦後の貧しさから国民が立ち上がって復興の旗印のもとにがむしゃらに働いた時期です
住居では世の中に団地が出てくるのはもう少し後のことでした
堺で生まれて、岸和田へ引っ越して、さらに大阪市内の府営住宅へ引っ越してきた私ですが、幼少過ぎてほぼ記憶もありません
ただ、引っ越すたびに持ち家から借家へと変わり、どんどん小さくなる家
小市民なのにさらに斜陽族でした
府営住宅は耐火住宅というコンクリートブロックを積み上げてできた平屋が長屋のようになっていました
間取りは4畳半2間と1畳半ほどの長い押し入れ、細長い廊下と台所と和式便所(トイレと言う表現は似合わない 笑)でした
当然当時の便所は汲み取り式でしたので、便器に大きな穴が開いていて、下の空間に排泄物が落下して溜まる仕組みになっていました
当時は、近所の田んぼには肥壺がありましたので、排泄物は肥料になっていたのです
そんな住環境でした
照明は裸電球、扇風機が辛うじてあった時代です
テレビは白黒の16型くらい、冷蔵庫はワンドアで製氷はできますが、アイスクリームの保存はできなかった
そう言えば当時は冷凍食品なんて見たこと無かったですね
洗濯機は1.2キロ洗いぐらいで二層式のもの、これは横に洗濯絞りみたいな手で回すローラーが付いていてこれでけっこう遊びました
そんな家で子供心に唯一怖かったのが・・・もちろん夜の便所です
便所はセメント塗りむき出しの上、裸電球のみで薄暗く、便器の大きな穴の下は真っ暗でねぇ
何かが出てきそうで・・・出て来ないのですけどね(笑)
当時の子供はみんなそうだったのじゃないやろかねぇ
なので、付いてきてと親を起こしてね・・・
そして実はこの便所には現実的にもっと怖いことが起こるのですよ
窓は跳ね上げ式なのですが、網戸なんて付いてなかったのです
すると、夏場はそこから虫が入って来る
それがね蚊ぐらいなら退治するのですが・・・
たまに・・・
足を広げたら15センチは超えるような大きな蜘蛛が入って来て壁に貼り付いていることがあるのですよ
そりゃ私が入室したら蜘蛛も驚いたでしょうけど、こちらも恐怖でおののくのです
これはあかんわ・・・
ゴキブリの天敵の蜘蛛だと分っていても、夜の薄暗い便所の壁に貼り付かれたら
恐怖は倍増以上でした
さて、私が19歳の時に中層団地への建て替えがあり
DK6畳、和室6畳が2間、洋室4畳半が1間、脱衣場に家風呂、洋式の水洗トイレ(もうトイレです 笑)となりました
当然全ての窓には網戸が付いています
さらに最上階の5階だったので、蚊に悩まされることが少なくなりました
当然のようにあの巨大な蜘蛛の姿を見ることも無くなりました
同世代の友達と話をすると、子供の頃の汲み取り式和式便所の恐怖には、ほぼみんなが共感するようで、共感しない人は俗に言う金持ちなんやと思っています(笑)
今、街に出かけると和式便所はたまに見かけますが、汲み取り式なんてありませんよね?
郊外の農家なんかでは未だに残っている家もあるようですね
それも家の中ではなくて、家から外に一旦でないといけないとかね・・・
当時の普通の家の恐怖はまだ続いているのですねぇ・・・




