第一章:伝説のレシピと、しょっぱい旅立ち
宝箱の隠し底から現れたのは、長い年月を経て飴色に焼けた一枚の羊皮紙だった。カロンがそれを広げると、そこには驚くべきことが記されていた。
『世界が湿気に呑まれ、甘き絆が溶けゆく時、究極の硬度を持つ“琥珀の盾”を捧げよ。それは、一度固まれば二度と離れぬ、守護のフロランタンなり。』
「守護の……フロランタン?」
カロンは目を丸くした。フロランタンといえば、彼女が一番大好きなお菓子だ。サクサクのクッキー生地に、キャラメルでコーティングされたアーモンド。そのお菓子が世界を救う盾になるなんて、夢にも思わなかった。
しかし、レシピの肝心な部分は、長い年月と湿気のせいか、黒く煤けて読み取れなくなっている。
「おい、カロン。まさか本気でこれを信じるわけじゃないだろうな」
ソルが横から覗き込み、眉をひそめる。
「お菓子一つでこの霧を晴らすだと? 馬鹿馬鹿しい。そんな暇があるなら、工房の屋根の雨漏りを直す方が先だ」
「ソル、これはおじいちゃんからのメッセージなんだよ! それに見て、ここ。『共に歩む者との熱量を、最高の隠し味にせよ』って書いてある。これって、私とソルのことじゃない?」
「勝手に俺を巻き込むな。俺はただ、お前のじいさんに『このガキが成人するまで見守れ』と契約させられただけだ。お前のくだらない冒険に付き合う義理はない」
ソルは冷たく言い放つと、プイと横を向いた。しかし、その瞳はカロンが握りしめているレシピの、わずかに残った「欠落した材料」の記述をじっと見つめていた。カロンはソルのそんな態度には慣れっこだった。彼女はソルの無愛想なマントの裾をぎゅっと掴み、潤んだ瞳で彼を見上げた。
「ソル……お願い。一人じゃ、キャラメルも焦がしちゃうし、道も間違えちゃう。ソルがいないと、私、ふにゃふにゃになっちゃうよ……」
「……っ」
ソルは目に見えて動揺した。彼はこういう「無邪気な直球」に弱い。カロン至上主義である彼は、本心ではカロンをどこにも行かせたくないし、同時に彼女の願いをすべて叶えてやりたいという矛盾を抱えていた。
「……チッ。勝手にしろ。ただし、お前が泣き言を言った瞬間に、俺が力ずくでこの工房に連れ戻すからな。いいか、一歩も俺の側を離れるな。泥人形になりたくなければな」
「やったぁ! 大好き、ソル!」
「ベタベタするなと言っているだろ!」
カロンが勢いよく抱きつくと、ソルは怒鳴りながらも、カロンが転ばないようにその細い肩をしっかりと支えた。こうして、琥珀の修復師と不機嫌な使い魔の旅が始まった。二人が工房の扉を開けると、そこには視界を遮るほどに濃い、湿った灰色の霧が渦巻いていた。
「さあ、行こう! まずは、このレシピの続きを知ってる人を探さなきゃ」
カロンは祖父から譲り受けた修復用の大きなエプロンを引きずりながら、霧の中へと一歩を踏み出した。 ソルはその背後を、自分のマントを広げて霧を払うようにして続く。
「ねえ、ソル。世界が元通りになったら、一番最初に何が食べたい?」
「……そんなこと考えている余裕があるなら、ちゃんと前を見ろ」
「私はね、思いっきりサクサクの、大きなクロッカンが食べたいな!」
カロンの無邪気な笑い声が、沈黙に支配された霧の世界に、小さな小さな、けれど確かな「音」を刻み始めた。




