残す想い
「最近あの方、随分と静かよね。やっぱり輿入れが決まったからかしら」
「そりゃあそうよ。この村で一番の特別なお祭りだもの。誕生日や成人式なんかとは比べものにならない唯一無二の特別なんだから、得意満面でしょうとも」
「毎日召し上がってる花嫁御膳も華やかで見事なこと」
女中たちが、のんびりと話しながら廊下を歩き去って行く。
嫁入りの話が出てからというもの、何だか空気が浮ついている気がする。いままでいつ妹のかんしゃく玉が爆発するかと緊張に満ちていたのに。
まさか本当に、妹に嫁入りの話も譲るつもりなのだろうか。
気にはなるけれど、わたしがいま妹に会いに行くわけには行かない。妹もたぶん、何らかの言い訳を添えてわたしのいる部屋には近付かないよう言われているはず。
「お嬢様。ご朝食で御座います」
「入って頂戴」
「失礼致します」
食事を持ってきたのは女中の中でも年若い、というか子供の女中だ。おかっぱ頭に真っ赤な無地の着物を着た幼い女中もまた、花嫁に仕える者の特徴の一つ。
話に聞くところによると、妹のところには女中頭が毎食届けているらしい。神様に嫁ぐ尊いお方には使用人の中でも一番偉い人がつくと告げたら満足そうだった、とは通りすがりの女中の言だ。
確かにあの子が喜びそうな言い方ではある。伝統的に正しいかは別として。
女中頭は確か四人の子供がいたはずだから、お清め期間は花嫁と同じ部屋にいてはならないはず。顔を合わせて食事を運ばせるなんてとんでもないことだ。
だからわたしのところへ来る女中は、基本的に十歳前後の見習い上がりばかり。
いま食事の支度を調えてくれているこの子も、先日年齢から『つ』がなくなったと喜んでいたのを覚えている。
「ありがとう。下がっていいわよ」
「はい。失礼致します」
丁寧に手をついて頭を下げ、退室していくわたしよりずっと年下の女中。
座敷童が実際にいたらあんな姿をしているのだろうかと思うような、稚く愛らしい姿をしている。
「あんな可愛い子が妹についたら、殴られるだけじゃ済まないだろうな……」
いつだったか妹が、見目の良い妙齢の女中を見咎めて顔に熱いお茶をかけたことがあった。妹の言い分は「下女の分際で身綺麗にしてるなんて、父の妾でも狙ってるに違いない」というもので、根拠もなにもないひどい言いがかりだった。
あれから、妹につくのは年嵩の女中や、生まれつき顔に痣や傷がある女中ばかりとなった。
そのせいで、使用人のあいだでは妹つきは醜女の証だとかひどい風評被害が流れるようになり、更に若い女中の幾人かは男の使用人たちから心ない中傷を受けて辞めてしまう者もいたほどだ。そうでなくとも癇癪持ちのご機嫌取りが主な仕事なのだから精神的な理由で辞める者はあとを絶たなかった。残ったのは、わたしのように諦念を根付かせた者や、多少のことでは動じない者、それから帰る場所がない者だけだ。
最悪なことに妹は、女の美形は許さないが男の不細工も許さなかった。だから妹の側仕えは美男ばかりが集められている。そのことが女中への中傷を加速させた。
おまけに噂では、妹は顔がいい使用人の男を夜な夜な寝所に招いては夜遊びをしているのだとか。最初こそ妹や態度の悪い男性使用人に反感を抱いている女中がわざと流している噂だろうと思っていた。でも暫く観察してみると、どうもただの風説とも言い切れない空気を彼らのあいだに感じた。使用人のあいだに、目に見えない序列のような、選ばれたものと選ばれなかったものの格差を感じたのだ。
なにより噂が流れて少し経った頃にわたしのところへ来た使用人が、こう零した。
『女中を嗤ったバチが当たったんです。俺は、鏡を見て嗤ってただけだった。なにが醜女だ。醜いのは俺じゃねえか』
きっと彼は、選ばれなかったほうの使用人だった。
妹付きの女中は醜女だと嗤っていたら、自分以外の男は皆、妹に呼ばれたお手つきばかりだった。そのことに気付いて恥じ入り、わたしの元へきたというのだ。
もし使用人たちの噂が本当なら龍神様の花嫁なんて務まらないと思うのだけれど、妹にとって大事なのはわたしからなにかを奪うこと。お役目だとか神事だからとか、そういう難しいことは頭の片隅にもないのだろう。
もしかしたら、お清め期間であるいまも好き放題遊んでいるかも知れない。神様の元に嫁入りしたらさすがに男遊びは出来なくなるだろうし。
「そういえば、わたしがいなくなったら、誰を生け贄にするつもりなんだろう」
あの子は人のものを奪うことで、相手より上に立ちたがる傾向がある。その対象がいまはわたしに集中しているからいいけれど、嫁入りしたらお手頃なサンドバッグがなくなってしまうのではないか。
去りゆく予定のわたしが心配することではないのかもしれないけれど。それでも、何の罪もない幼い女中が犠牲になるのは、さすがに少し胸が痛むから。




