表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪しいバイト、行ってみた  作者: 濃霧
謎の男と不思議な縁があるようで
6/17

第6話

「こわいニュースばっかりでいやになっちゃう」


 雪が神妙な面持ちで言う。つられたように亮太も声を落とした。


「それ俺も知ってる。殺人事件だろ。どこだっけ」


「〇〇県の△△市だよ」


 雪が名前を挙げた地名は、透もよく知っていた。兄のことで引っ越す前、暮らしていたあたりだ。

 数年のうちに、そこまで治安が悪化しているのかと、複雑な気持ちになる。


「犯人はまだ捕まってないらしいよ。こわいなあ」


「ふざけるなって話だよな。ここまでは来ないことを願いたいぜ」


「そうだねえ」


 雪は呑気な声でそう言ったが、表情は曇ったままだった。知り合って間もないが、彼女はこういうところはよく目についた。

 表情と声音、または表情と言葉が、ボタンの掛け違いのようにずれている。



     *



 課題に使う本を借りるため、自宅の最寄り駅にある図書館に向かった。大学図書館では、目的の本はすでに貸し出されてしまっていたのだ。


 自動ドアを通り抜けると、本の独特な匂いに包まれた。この図書館の存在は把握していたが、訪れるのは初めてだった。

 こういう機会でもなければ、訪れることはなかっただろう。


 探し物が苦手な透は、かなりの時間、書架の間を彷徨さまよい歩いた。図書館員に尋ねてみることは、端から選択肢になかった。


 探していた本は、フロアの奥まったところにある棚の、1番上段にあった。


 手を伸ばす前から結果はわかっているので、大人しく近くにあった踏み台を借りた。


 目的の本を手に取ったところで、人の気配を感じた。通り過ぎるわけでもなく、透の真後ろで止まっている。


 不思議に思い振り向くと、驚いたことにそこにいたのは、この前バス停にいた男だった。


「やはり君か」


 男も言葉には、どこか深い響きがあった。何か壮大な言葉が続きそうだった。

 透は《《こそばゆい》》予感と、そんな予感をした自分に戸惑って、突き出すように頭を下げた。


「どうも」


「偶然だな。また会うとは思っていなかった」


「ですね」


 踏み台に乗っているため、目線が近い。透は気まずくなり、踏み台から下りた。


「それ、借りるのか」


「はい。借ります」


「そうか」


 会話が途切れ、誰かの咳払いや椅子を引く音が、にわかに大きくなった気がした。

 俯くと、つむじに男の視線を感じる。煙が出そうなほどだった。


「じゃあこれ、借りてくるので」


「ああ」


 透が逃げるようにカウンターに向かうと、なぜか男もついてきた。


 どうしてついてくるんですか、と囁き声で尋ねても、男は無言で透を見下ろしている。何を考えているのかさっぱりわからない。


 カードを作り、手続きを済ませ、図書館を出ると、ようやく男が口を開いた。


「悪夢を見なくなったんだ」


 透は驚いて男を見上げた。


「本当ですか?」


 言われてみればこの前より心なしか、顔の血色がいい。髪も整えられているし、髭も剃ってあった。

 こうしてみると、思いのほか若い。20代後半から30代前半、といったところだろうか。強面だが二枚目だ。


「すがすがしい目覚めだった。驚くほど体が軽かった。ひさしぶりに朝飯を作ろうと思って、ご飯を炊いて、みそ汁も作った。目玉焼きは焦げてしまったが、美味かった」


 男は余程嬉しかったのか、ここ数日間のことを事細かに話した。


 溜めていた洗濯や掃除をしたこと。片付いた部屋は気持ちよかったこと。もともと綺麗好きだったのを思い出したこと。


 男の生活事情を延々と聞かされるのは、不思議と退屈ではなかった。話を聞くにつれて、見かけによらず繊細な内面に、親しみを感じた。


 一方で、透は自分の生活を振り返らざるを得なかった。


 部屋は畳んでいない服や皺の寄ったプリント、食べ終わったカップラーメンのゴミなどで散らかっている。

 もちろん足の踏み場などない。


 最後に朝ごはんを食べたのはいつだろうか。

 思い返しても、1人暮らしを始めてから、食べた記憶が一切ない。だとするともう2か月近く、食べていないことになる。


 それ以前は実家暮らしだったため、母が用意していたものを食べていた。残すと叱られるので、食欲がなくとも口に詰め込んだ。

 食事は一種の作業だった。美味しいと感じたのは、遡れないほど昔のことになる。


「君は変わらずか」


「変わらずです。夜中に必ず目が覚めます。そうするとなかなか眠れなくて」


 眠れずに体を横たえていると、時間の流れが遅く感じる。

 水を飲み、ベランダで夜風にあたっても、1度失われた眠気はなかなか戻ってこない。


 せめて体だけでも休ませておこうと再び横になるが、夜の静けさは言いようのない不安を掻き立てる。

 気を紛らわすために、スマホから適当な音楽を垂れ流しつつ天井を見つめていると、やがて空が明るくなる。


「そうか」


 男は短く相槌を打ち、用意していたような間で、こう切り出した。


「急な話だが、バイトをしないか。金はいくらでも出す」


 透は揶揄からかわれているのではないかと疑った。あまりにも現実味のない台詞だったからだ。だがこの男、少しも笑わない。


 透はとりあえず、もう少し話を聞いてみることにした。


「何をするバイトですか?」


「簡単に説明するのは難しい。やるというなら詳しく話す」


「いつからですか? 今から、とか言われるとさすがに厳しいです」


「まだ決まっていない。急に決まるかもしれない。単発かもしれないし、長期になるかも知れない」


 そんなデタラメな求人、聞いたことがない。しかも金をいくらでも出す仕事など、絶対にまともではない。


 透は不安になった。

 少し前の俺の判断は、果たして正解だろうか。この男は見た目通りの人間ではないというのは、本当だろうか。

 生活事情のくだりは、透を油断させるために作った嘘ではないだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ